ヤグネットの毎日
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| 2002年05月04日(土) |
「有事法制」への反応 |
3日の午前中、地元の党支部のみなさんと、「有事法制反対」の署名を集めに、地域を歩いた。やはり支部のみなさんとワイワイ話しながら活動するのは、楽しい。マイクを握る手にも力がこもる。 署名と対話では、考えさせられることが多かった。 「自分は有事法制は賛成です。早く通ってほしい。あなたたちは大袈裟に考え過ぎだ」と、あっさり署名を断った初老の男性。 「わたしゃね、毎日会社でいつクビになるかわからないほど、苦しい思いをしているんだ。これは、社会の中での戦争なんだ。」「反対か賛成か自分は割り切っては考えられない」と訴えるサラリーマン。 「私は軍隊を経験したので、うんと年が若ければ徴兵を受ける覚悟はある。」そう訥々と話す老人。それでも、最後には「戦争はイヤだが。」と付け加えたのが印象的だった。
小泉首相は、連休あけからの本格審議でこの国会会期中に成立を企んでいる。その一方で、国民の「有事」への受け止めは、まだ漠然としたものなのだ。「備えあれば憂いなし」の宣伝が相当入っていることを実感した。一緒に署名を訴えた戦争体験者の方は、「あのような経験は二度としたくないんです」と切々と訴えられていた。ところが、いま日本社会の中心をになっているのは、どの分野でも戦後生まれだ。(もちろん、僕もそうだ)それだけに、「戦争はあかん」という当たり前のことさえも、それを共有するにはいろんなプロセスを踏まなければ、「わがこと」として実感をもって受け止めることにはならないのではないか。 事実を伝えともに考えるディスカッション、自分が体験をしていないことでも体験者の話を聞くことによる「疑似体験」等々。そのためには、賛成や反対の意見があってもそれを突き合わせて「何が真実か」をみきわめていく努力、たとえ意見が違ってもそれを最大限保障する寛容さ、すぐに結論が出なくても系統的に考えていくねばりづよさ、などが求められる。 ところが、「そんな『寛容さ』をも奪い去るのがこの有事法制だ」ということを理解してもらうのに苦労するところに、今日の困難の深刻さがあるのかもしれない。
でも、僕は根本的には楽観主義だ。あきらめず、人間の本性とでもいうべきものへの根本的信頼を寄せて、引き続き働きかけをつよめていきたい。
夕方6時に、岐阜にむけて出発した。3連休の初日ということもあって高速道路は渋滞。結局、飛騨についたのは午後11時30分。5時間半もかかってしまった。本を10册以上も鞄につめこんだ。時間が許す限り、読破したい。
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