ヤグネットの毎日
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2002年03月29日(金) 了見の狭さか、それとも政治手法?

昨日で、来年度予算を審議することなどを目的にひらかれていた、城陽市議会の3月議会が終わった。

 日本共産党議員団は、来年度予算が介護保険料の軽減を盛り込むなど、市民の粘り強い運動に押されて実現している施策があるものの、全体としては、市民の健康を守ることが自治体の役割なのに、市民健診に1000円の有料化を導入したり、乳幼児医療無料化の拡大に背をむけるていること、さらには、何の見通しもないスタジアム公園整備関連事業など、大型プロジェクトを本格的にすすめる第一歩となる予算となっていることなどから、一般会計には反対の態度をとった。それ以外の国保会計、下水道会計などの特別会計には賛成した。

 知事選挙が終わってから詳しい議員団ニュースを発行する予定なので、ホームページにもその内容をアップすることにしたい。

 市議会最終日の出来事を書いておこう。
 橋本市長の了見の狭さか、それとも政治手法なのか、私にはまったく理解できない出来事があったので、私自身の記憶にしっかりととどめておくためにも書いておきたい。

 その出来事とは、人事案件にかかわることだ。
 
 昨日は、人権擁護委員など加えて教育委員選任の同意を求める人事案件が提案された。
 提案された教育委員二人のうち一人は、昨年12月に前の教育長が退任され、空席となっている教育長ポストである。
 提案された方は、昨年12月まで教育現場はもちろん、教育行政に一度も携わったことがない方だが、与党議員の賛成で選任することに同意をうけた。日本共産党議員団7人と中立会派3人、会派を構成しない議員1人の計11人が反対に回った。後日開かれる教育委員会で正式に教育長に選出される見通しだ。
 
 問題は、選考過程である。

 地元紙の新聞報道によれば、「橋本市長は、3月上旬から市議会与党及び中立会派に根回しを開始」(「洛南タイムス」3月28日付)した、とのことである。
 しかし、反応はまちまちで、最終的には与党5会派(議長をのぞいて14人)の賛同を得られる見通しがついたので、今回提案にふみきった模様だ。

 大西市長の時代は、議会野党(現与党)の強い抵抗で助役を置くことができなかった。一度だけ大西前市長は助役人事を提案をしたが、否決。その理由は、「根回しが不十分で真剣さに欠ける」というものだった。
 今回も多数を握る与党に「根回しが不十分」と指摘されないように、3月上旬から念入りに根回しをはじめたのだろうが、日本共産党議員団(7人)と会派を構成しない議員(1人)のところへは、一度も打診がなく、排除された格好だ。

 私は、「事前の根回しが不十分だからけしからん」といっているのではない。21世紀は教育の時代ともいわれている。大切な問題だけに、どういう人物が教育長という任にふさわしいのか、もっと真剣に、かつオープンに議論されて然るべではないのか。それを、提案するかどうかも不明なまま、最終日を迎えるというのは、本当に残念なことだと思うのだ。

 以下、議会運営委員会で指摘させていただいた私の発言の要旨を記しておきたい。

●歴代教育長は、いずれも教育者が選任されてきた。奈良県などの公立高校の校長に民間会社の元幹部だった方が就任するケースもあるように、私は、学校長や教育長などトップを司る者が、必ずしも教育経験者でなければいけない、という立場にたつものではない。
 しかし、なぜこれまで教育現場から登用されてきたのに、今回は教育にほとんどタッチしてこなかった人物を登用するのか、そのことを城陽市の教育がおかれている現状や教育に対する考えなどに照らして、説明をする必要がある。その点の提案説明は、今回はいっさいなかったことは、きわめて残念なことである。
 教育行政は、子ども育てる地道で困難さを伴う仕事である。だから、その他の行政課題とは区別されてきた。教育については、いろんな考え方がある。それだけに、それらをまとめる教育長の人事は、もっとオープンに様々な議論を聞いていく、という方法があってもよかったのではないか。
●いま一つは、結果として事前の相談の過程のなかで、わが党議員団は排除されたことになる。これは、教育長という教育にかかわる重要な問題が政治的に利用された、ということだ。これも、きわめて重大な問題である、と言わざる得ない。
 
 議会が終わると、市長はじめ助役など三役が各会派をまわるのが、通例である。新しい人事が決まった時などは、なおさらのことだ。
 ところが、昨日は、わが党議員団の部屋には何の音沙汰もなし。

「意見の違うものとはそもそも話をする気もない」というのが、市長の政治姿勢だとしたら、何という了見の狭い御仁か、と嘆かざるを得ない。

「何を細かいことで…」と思われるかもしれない。
だが、社交辞令や日常の常識も踏まえない対応をうけると、了見の狭さだけにとどまらず、「自分に反対するもの、意見の異なるものとは接触を持たない」というのが橋本市長の政治手法だとしたら、何という時代遅れか、とさらに嘆かざるを得ない。情報公開と市民参加は、橋本市長自身も掲げていることではないのか。
 84000人城陽市民の代表なのだから、「器の大きい人だ」と市民みんなが胸をはれるようにしていただきたいと思うのだが…。



 

 


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