本日、口頭試問。院生は午後から。 とはいえ、落ち着いていられるはずもなく、 結局11時前には院生室のいつもの椅子に座っていた。 こうして、ココで珈琲を飲みながら調べ物をするのもあと少し。 そう思うと、さまざまな感慨がこみ上げるが、 それ以上に緊張で心臓が飛び出しそうである・・・
主査であるN村教授と副査である二人の教官がつく。 (U田教授は用事で席を外していたのである)。 真っ先に口火を切ったのはK越教授である。
古典はなぜ面白いのか、なぜ学ぶだけの価値があるのか。 それはその作品が作られた時代の常識や感動などが、 凝縮され、残され、伝えられているからである。 それらはたとえ現在では悪とされていても、悪ではない。 現在の常識で考え、判断できるような問題ではない。 だから、現在の常識をベースに古典を読むと、 古典の真の魅力が損なわれ、真の情報が見えなくなる。
といった内容のことを訥々と諭してくれた。 これはかなり高度なことを要求してくれるものである。 でも、国語教師としての道を歩むうえで忘れてはならないこと。 私の修論はまだまだ現在の常識に縛られがちだったのだ。 最後の最後に、また一つ教えられた。
全体としては、飴と鞭を使い分けられた30分間。 きついことも言われたが、すべて自分で分かっていたことだ。 分かっていて目を瞑った部分を明るみに出されただけだ。 だから、何を言われても、すっきりした。 むしろ、最終的には誉められたことが嬉しかった。 「これだけのものは久しぶりに拝んだよ」と、 少し自慢げに笑ってくださった教授の顔が嬉しかった。 決して出来のよい弟子ではなかったけれど、 少しはご恩返しができたのではないかと思う。
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