2日間大学に行っていなかったので久々に研究室に立ち寄ると、 なんだかとーっても嫌な予感がする雑誌が置いてあった。 おそるおそる手に取ってみると、ズバリ! 『曽我物語の作品宇宙』・・・うそぉぉぉん(涙) まるまる1冊『曽我物語』論文が掲載されている特集号。 そりゃ修論書き始めの頃だったら嬉しかったが、 もう締め切りまで20日しか残っていない時期にこれはないよ。 しかもそれをわざわざ研究室に入れてくれる教授がニクイ。 参考文献に載っていなかったら何を言われるか分からない。 とりあえず今日はガシガシ読んで一日が終わった。 どうも内容でかぶったりするようなことはないみたいなので、 ひとまず安心。でも、心臓に悪いってば、ホント。
本日の一作: ・『神様のボート』(江國香織/新潮文庫)
久しぶりにまともな本を読んだ。 必ず探し出すという恋人の約束だけを頼りに、 ふらふらと街から街へ引越しつづける葉子と娘の草子の物語。 江國女史の書く登場人物はいつも輪郭がぼんやりしているのだが、 葉子は際立ってつかみ所のない水のような女性。 一方で、草子は成長するにしたがってリアリストに変化していく。 (リアリスト? いや、一般人というべきかな) 仲の良かった親子が娘の自立とともに離れてしまい、 唯一、恋人と自分とつなぐ支えであった娘を失った葉子は ますますその輪郭を失って、空気に溶けていく。 はっきり言って、怖い。作者当人が言うのだから間違いない。
思い出すのは「井筒」や「松風」・・・要は狂女物なのだ。 もう逢う事はできないであろう恋人、現に傍にはいない恋人を 恋い慕うあまり、現実と空想の境界線がなくなっていく女性達。 でも、空想に浸っている彼女達は誰が何を言おうと幸福なのだ。 だから、「井筒」も「松風」もシテは成仏しない。 成仏する必要がないのだ、と我が教授はおっしゃった。 すると、葉子も幸福だったのだろう、夢の世界にいる限りは。
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