読み終わった直後に意識を失ったので、今書きます。
本日の一作: ・『六の宮の姫君』(北村薫/創玄推理文庫)
ようやく手もちの《円紫さんと私》シリーズ終了。 (次の『朝霧』はいまだ文庫化を待って、未読・・・切ない) 北村薫氏の作品で最も衝撃的かつやはり大切な1冊である。 ある程度のやる気をもって日文の道を選んだ人間であるならば、 この本を読んで「嗚呼、面白かった」などと単純には済ませられない。 「あんな大学生いるわけないよ」と言ってしまえばそれまでであるが、 そんなに簡単に割り切ってしまう自分の4年間が空しいじゃないか。
現在、私は修論をひぃひぃ言いながら作成しているわけであるが、 二年前の卒論時期もひぃひぃ言いつつ、何度もこの本を繰り返し読んだ。 そのたびに論文ってこう書くもんなんだと実感させられていた。 我が教授曰く、「文学部は卒論(修論)が全てだ」と。 日頃の演習も講義も個人的な読書も全てこの一本の論文のためにある。 つまり、最後に全力を出して書きあげるべき論文がお粗末ならば、 学業という点では大学生活そのものが否定される恐れもあるのである。 今、私はおそらく生涯最後の論文で6年間を試されているとも言える。
この本を読むとどうしても我が身を振り返ってしまうので参る。 社会に出る直前のあの心持まで、まさに今の私と同様である。 とりあえず今から図書館にでも行こう(苦笑) そして、今同じく論文制作中のすべての人にエールを。
嗚呼、でも今回参ったことは他にもあった。 川端康成の作風を一言で説明する場面がある(本題はそこにはないが)
「一目見て美しく、分かる人には奥があるという作風の方」
先日読んだ『雪国』を理解できない私は《分からない人》ですか・・・
|