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2005年07月11日(月) 吉永小百合さんの原爆詩朗読

癒しの森701                                 

 今日は名刺「人間性向上アドバイザー・癒し研究家」との肩書きを持っているM氏と懇談する。同氏は長く福祉関係の仕事に携わってきて数ヶ月前に現役を退いている。M氏は「癒し研究家」私は「癒しの森」のエッセイを書いている。説明するまでも無く共通の話題が多くあるのだ。今日は他に用があり、小1時間の懇談で終わりとしたが、追って時間をかけて懇談することにした。
 
 私がM氏に話をした一つは「社会の傍観者に対する批判」であった。少々の財産を持ち、十分な年金を貰っている年金生活者の中で、社会に対して何の働きかけもしない傍観者の存在がある。大学教授を退官して家に閉じこもっている人、行政の高官で退官後地域に溶け込まず孤立している人・・・大半が社会のために何もしない傍観者である。この様な生き方の人の未来には、「ボケ老人の道標」が立っているように思う。勝手に閉じこもっているが良い。 
 
 スポニチに女優の吉永小百合(60)が、被爆者約100人を前に原爆詩10編を朗読し、涙を浮かべ聞き入るお年寄りの姿のことが報道されていた。ポイントは吉永さんのコメントである。「もっと日本人全員が原爆の恐ろしさを声に出し、あきらめずに訴えていかなければいけない」と挨拶している。日本人全員に原爆の恐ろしさを理解するよう「働きかけている」のだ。社会が少しでも良くなるよう「働きかける」ことのない傍観者の未来は、頭脳を使うことが無いのでボケ老人コースが残っているのみだ。

  ・人として 働きかけて 生きること これが無ければ 脳がボケ行く
     


     


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石田ふたみ [MAIL]

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