| 2002年11月21日(木) |
パーソナリティーの喪失 |
明治時代のある年。 大手書籍店の丸善の創業者、早矢仕さんは思う。 「ごはんとおかずが一皿で済む手軽でおいしい料理はないものか?」 店内では忙しく働く奉公人達の姿があった。
そこで考えられたのがハヤシライスだという。 悩みはアイディアを生むのだろう。 そう、人はいつもパーソナリティーを求めて日夜工夫をするのである。 自分とはなんだろう?
丸善の奉公人達にとって、忙しく働く中で食べるハヤシライスはひとつの習慣となり、それはやがてパーソナリティーとなっただろう。
芸人で言えばタモリ。 彼なんかは今ではサングラスがトレードマークとなっている。 もうサングラスなしの彼なんて想像も出来ないし、本人にとっても同じ事だろう。
他に例えるなら、コンビだってそうだ。 爆笑問題の太田、田中。 彼らはもはや相方からは逃れられない。 個のパーソナリティーのために相方がいるのだとも言える。
パーソナリティーとは簡単に言えば自分にとって、気が付けばそこにあったもので あろう。 そしていつのまにか自分のものになっていたものの総称であろう。 だから人は愛用のものをなくしたり、誰か知っている人が死ぬと悲しむのだろう。 僕は小さい頃、おそらく気に入っていただろう帽子を列車の中で無くし、当分の間それを思い出しては夜中、一人で布団の中で泣いていた。
―おすぎ、はしゃぎすぎ、グッド―
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