「アイディアというもの」 僕は絵を描くのが苦手だ。 そのくせ何かを描きたいという欲はある。 例えば漫画家なんて大変だなと思う。 よくあんなに細かい書き込みできるよな、とか思う。 あんなデッサン思いもつかないよ、とか。 では僕に漫画を描くのは無理か?という問題にぶつかる。 たぶん今の段階ではぐうの音もでないだろう。 そこで僕は考えた。 顔だけの漫画というのはどうだろう? 何だか電波少年みたいだ。 顔だけで漫画を描ききる。 かなりツライだろう。 だいたい意味がわからない。 僕は顔だけならノートの隅などにちょくちょく落書きのように載せている。 手塚漫画のように表情豊かなものには全く歯が立たないが、自分なりのものはあるように思う。 はたして、顔だけの登場人物の漫画というのはありえるのか? こうご期待・・・なんかしないで下さい。 大体実践しない確率の方がおおきいっつーの!! 万が一大学ノートにそれを書いてみたところで、それをどうにかすることもないだろう。
「文化の創造」 寒いと体を動かしたくないと思う人もいる。 すると彼らはみるみると体が鈍り、思考さえも定かでなくなる。 しかし、その寒さが極寒地におけるもので、そこにはストーブという機能的なものがなかったとしよう。 その家には暖炉が一つ。 それがある一部屋に、家中の人達が身をよせるようにしている。 もし、今の時代であるならばそんな家にも各部屋に暖房器具が整える事は可能である。 そうすると、個々は自分達の部屋に向かうようになる。 自然と、以前のように身を寄せ合うこともなくなり、コミュニケーションも薄くなりがちになった。 人は文明を築くことによって何をしようとしているのか? 人とのコミュニケーションを求めないことか? それとも身体能力の低下を狙っているのか? そんなことを思う僕は、ますますの文明の発達を祈るばかりだ。
「非生産主義」 芸術が非生産的なものだとしても、僕はそれを愛する。 何かを生み出すのだから、そうとも言えなくもないが、田んぼで米をつくるのとはわけが違う。 一体芸術とはなんでしょう? そんな風に意味を問うことはナンセンスだろう。 では意味の無いものとは一体何だろう? これは自分に対する問いかけだ。
―あー、山陽道が閉まるぅ―
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