| 2002年10月19日(土) |
WEARING DEAD,NO WEARING DEAD |
「2/3」 死のイメージを身にまとう人間はなぜか信用できる。 死のイメージを持たない人間にはなぜか憧れる。 どぢらの人にも共通することは、いつ死ぬんだかわからないということ。 今日死んでも十年後死んでも、不思議でないような人。 どっちにしろ、彼らには普遍のイメージさえもつきまとう。 浮世ばなれしているとでも言うべきか。 そんな人間、今ではTVを通してでしか見かけられない。 昔は近所に一人はいただろう、そういう人。
「Wたけし」 今日NHKでやっていた<たけし>の番組、あれは何というか凄いね。 手品のマジックの種明かしを紹介していたようなもんだからね。 でも救いなのはNHKでやっていたって事。 NHK=たけしの公式がイメージにない分、あの番組を見た人には限りがある。 ふだんたけしのバラエティーを見ている人でも見ていない場合があるし、その逆で見た人もいるだろう。 どっちも知っている・・・というか見ている私が言えるのは、要はその番組は興味のある者にとってはギリギリな代物でも、世間的には珍味的ニュアンスの多いものであるって事。 それにギリギリと言っても、全てを見せているわけではないし・・・どこか安全なギリギリさというかヒリヒリするようなものを漂わせていた・・・のか? しかしこの番組を見て早とちりする人もいるだろう。 が、それははっきり言って早とちりだバカヤロウ!!! 虚のイメージに虚を被せたって虚虚になるだけ・・・ってなもんで。 面倒臭いので一つ一つの、ワンシーンワンシーンの彼の、たけしの姿が実像なんだろうと私は解釈する。 大衆を信用していない頭の切れる男のやりそうな事だとも言えるが、そんな余裕があるんだか無いんだか、この先のことを考えてるんだかそうでないんだかわからないような、はたまたTVで複数の自分の表情を見せることに対して計算をしているのかしていないんだか・・・ほんとによくわからん。 そんな基本的に死のイメージを身にまとい、時にじっと眺めていたくなるようなそうでないような人間に変わる男には興味が尽きない。 やっぱり色んな虚像をちらちらとさせて、楽しんでいるのか? 私は思う。 彼をスターにしたのは大衆で、その事をちゃんと彼は知っているのだろう・・・か?と。 何とも複雑だ。 お前は螺旋構造か?
「おばあちゃんの話。」 これはわけのわからない話。 おばあちゃんは私を信用してない。 私は信用されなくても仕方の無い人間。 彼女は私に玄関の鍵をしめてくれと言い、二階へ上がっていった。 「分かった。」 そう愛想無く返事をした私。 ガウンを着ていた私はパジャマに着替えようとして二階へ上がった。 また下へ降りるつもりで。 おばあちゃんは私に聞いた。 「玄関しめてきた?」 「まだ。また下行くから。」 そう言うと、おばあちゃんはまだ鍵をしめていないことを気に留めた。 そして執拗に「どうせまた一家を滅ぼそうとしているんだろう」というような、強ちこんな世の中では的を得ているようなことを言う。 確かに100%私が鍵をしめる保証はない。 「だからしめるって後で」 「どうせまた忘れるんだろ」 「知らないよ!」 「早く殺したいんだろ私らを」 「アホか・・・」 「しめてこようかな」 「だからうるさいな!」 「427右ーw96「うやw−4右W−唖8やeBA00^3−−¥−・・・」 「んーじゃあ知らんて。」 「しめてくるぞ!」 「しめてきて!!」 まったく情けないんだかなんだか・・・ そんなら私に最初から頼むな!!
―死を怖れる者より―
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