世の中は色に満ちあふれている。どこもかしこも何らかの色に彩られている。 それとは別に、僕らの目には映らないものは透明であると言える。透明というのは果たして色の一種なのか? そんな色に囲まれた世界に身を置く僕らは、果たしてどんな影響をそれらから受けているのか?聞くところによれば、人間は目をつむっていても、体は色を感じているそうである。目隠しをし、一面真っ赤な部屋と真っ青な部屋に入ったのでは体温にいくらかの差が生じるそうであるネクストコナンズヒーント!・・・失敬、「名探偵コナン」のサントラを聴きながらこの文章を打っているので急に「ネクストコナンズヒーント!」と言いたく(打ちたく)なったのです。 まあそれはともかく、そう、人は視覚的に、そして五感以外の感覚をもってして色の情報を脳に受け、それが人体に及ぼす影響は計り知れないのである。
ふと考える事がある。 色との関わりが多い生活の中で暮らしている僕らは、もしこの世から色がなくなってしまったらどうなるのであろう? 色がなくなる・・・それはこの世に光が届かなくなる事をしめす。 そう、光がなくなった世界とは、暗闇の世界である事をしめす。 もしそんな状態になったのなら、地球上の生物は生き残れるのか? 地下に住まなくてはいけなくなるのか? 人工的な光だけで生物は育っていけるのか? いくら考えても分からないが、一つ言えるのはそんな世界を想像するのは難しいということだ。 逆に光が届いてるのに、モノクロームの世界であるという状態はありえないのか? 色の事を詳しく知らないが、一体色とは何なのか? なんでこんなにも地球上のものは色づいているのか? この色はどこからきたのか? 色が光によってもたらされるものならば、光の中に色に関わる要素があるのか? 光の成分には色を、様々な色を作り出す何かがあるのか? そう考えると、光というものの中に色を作り出す、つまりこの世に彩りをもたらせる要素がなかったらどうなるのか? そんなことはありえないのか? 何かの拍子に地球上のあらゆる光から色を映し出す要素がなくなったら? 明るいのに、昔のTVみたいな世界になったら? 想像がつきにくい。 今とどう変わるのか?
僕は昔の白黒だった頃のTV映像をみると、その頃の時代に、今のような彩りに包まれた世界があったなんて信じられなくなる事がある。 いまでは特に都会などではけばけばしい程の色に囲まれた状態になり、時代によってこの世を包む、僕らの生活を包む彩りは変わってきている。 確かに昭和の初期の頃と今では町並みが形も色も変わっている。 しかし、それでも<色>に包まれてはいた。 しかし、TVの中の昭和の初期しか知らない僕は、色に囲まれたそれを知らないし、理解もできない。 そんな昔の世界観を持っているので、その頃の事を思うとなぜかさびしいイメージをよく持ってしまう。 あの白黒の世界には独特の寂しさを喚起させるものがある。 あの色に、映る人達がsの色に染まっているかのように思えるのである。 だから余計に、白黒映画などで活気あるシーンがあると、なんだかその活気が異様に目立つのだと思う。 たまに白黒映画を見ていて、「もしカラーだったらどうなんだろう?」と想像する。 ここでふと思うのは、白黒な世界というのは、ストレートだという事だ。 余分なものがないような気がする。 もちろん内容にもよるが、色というものに邪魔されない分、表現がストレートになるのだと思う。 逆にカラーであると、表面をすべて映す事になるので、それだけ<虚>な面も含まれているような気がする。
話を現実に戻すと、現実は実にカラーな世界だ。 <虚>なものも含まれている。 しかし、虚のないものというのでは真実味がないような気がする。 この世は現実だ。 現実はカラーだ。 一度、1日でもいいからモノクロな世界に住んでみたい気もする。 一体、モノクロな世界に住んでみたらどうなるのか、実験する方法もありそうな気がするので、どっかの大学でやってみてほしい。 この世がモノクロでないのだとしたら、人はモノクロの世界に放り込まれたらどうなるのか? 人はモノクロに生きていけるのか?
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