フィクションの醍醐味を知るにはノンフクションの世界を知らねばならない。 それは裏を知ってこその表の輝きを見ると言う事である。 その輝きは永遠の輝きだ!(うそ臭い口調で)
「直感勝負!」 ○○パレード ・・・ パレードパレード ・・・ありがち。 パレード勝負 ・・・安い。 パレード男爵 ・・・見えない。 パレード? ・・・ありかも(SF色な感じで) (今度はパレードを後に持っていこう) ナチュラルパレード ・・・<ナチュラル>っていう響きが善人ぶっててやだけど、中身がそれを覆す感じであればいいか。 一人でパレード ・・・パレードじゃないじゃん!さみしいじゃん! モノクロパレード ・・・ただ古そうなだけ?いや、何かエネルギーが強そうでいいかも。 褐色パレード ・・・わけわからん。 池の辺(ほとり)でパレード ・・・・・・。 ミラクルパレード ・・・ごめん。 裏返しパレード ・・・バイタリティーに溢れた行事です。一体何を裏返すのでしょうか? 今日のパレード ・・・日によって内容が変わります。 地球追放者を哀れむパレード ・・・その名の通り。 皮パレード ・・・皆が各々好きな動物の皮を頭に被る。一枚の皮に穴が二つ空けてあり、そこに眼をあてる。 若パレード ・・・幼少の頃から「若、若!」と呼ばれてきた金持ちの息子を丸裸にする。 日の入りパレード ・・・日の入りを悲しむ。中には「入っていくなーっ!!」と叫ぶ者もいる。
「フェイク」 僕はフェイクなものが好きだ。 そしてフェイクはフェイクでも、相手にフェイクだと分からせておいてフェイクな事をする人が好きだ。 だから、「次に起る出来事はフィクションです」と言う事を分からせておいてくれないと、こっちも困る。 ドキュメンタリーでない映画はフィクションだ。 それを知っていてこそ映画は見ていて面白い。 そう、基本的に面白いものなんて全部フィクションだ。 フィクションを作り上げる過程は皆ノンフィクションだ。 よって、フィクションを作り上げる力には大変なものがある。 逆にノンフィクションの魅力とは何か? それはただ一つ現実的であると言う事である。 本当の事と言うのは強い。 何物にも代え難い威力がある。 なので、現実にフィクションを作り上げるという事は凄いのである。 そしてフィクションは時に現実を超える瞬間がある。
「タモリの番組」 いいともで、「クイズ!モノマネ★ショー」というコーナーを見た。 そのコーナーは、ある芸能人が憧れの人を真似て、それを解答者に見せて誰がその憧れの人を演じているかを当てさせるものである。 例えば今日の事を例にする。 一番最初に、司会者が「今日はリチャード・ギアに憧れている人が出てきます」と解答者に言ってしまう。 リチャード・ギアに憧れている石井(アリtoキリギリス)が解答者の前で自分のリチャード・ギアぶりを披露する。 顔には特殊メイクが施されているので、解答者は初め石井がそれを演じているとは分からない。 そして、司会者のタモリが次々にヒントを与えていき、解答者に「石井」と答えさせるというものが、このコーナーの趣旨である。 このコーナーの凄い所は、最初から石井がリチャード・ギアでない事を皆が知っているのに(見た目も似てないし)、石井がリチャード・ギアのふりして演じているという、その大嘘にある。 この明らかな嘘が、かなり面白いのいだ。(生理的に)
「太田技」 太田技は凄い。 またいいともの話になる。 今日のいいともでは、100人のお客さんにアンケートを取って、YESと答える人が1人になる質問を解答者が考えるコーナーがあった。 太田は質問するとき、散々ボケたあげくまともな質問をあげず、結局司会の東野に質問を考えさせてしまうというイリュージョンを披露したのだ。 最近、太田はこのコーナーではこのパターンを繰り返している。 もちろんこのコーナーでは、太田の突飛なボケ質問と、タモリの意を突いた質問が見所だ。 他にどこに司会者に答えを考えさせる解答者がいるだろう?
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