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…えっと、前にも書いたかもしれないけれど、自分が、これがきっかけで、エレカシをすきになった、って曲があって。 あまりにすきで、それをメールアドレスにもしてるんだけども、こないだ友達と久しぶりにカラオケに行った時に、その曲を見つけてしまって。 自分には歌えないなあ(宮本さんが最高すぎるし)って思ったんだけど、それでも歌いつつ、歌詞を再確認したら、なんつか、ものすごく沁みてきて。
…なんつか、やっぱり、エレカシはいいなあ、って、あらためて思ったりして。 たぶん、今の自分には必要なのかもしれない。 それも、だいぶ前のエレカシが。
「過ぎゆく日々」(“エレファントカシマシ5”より)
笑顔もてやさしげにこの俺は言葉をかけた。 ひからびた情熱は、ただ過ぎるくらしの中へ 消えた。 涙もて目を上げた。この俺は高きを見つめ、 うちふりし情熱は、ただ過ぎるくらしの中へ 消えた。
人の世にありて、過ぎ行く日々に身をおけば、 太陽俺に照りて日々ゆく暮らしがあった。
笑顔もてやさしげにこの俺に言葉をかけていた。 強き人のまなざしはただ、うちすぎる くらしのなかへ消えた。
うちすぎるくらしの中俺は日々過ごした。 過ぎる日々よ。教えてくれよ。 この俺にも生活をどうか。 教えてくれよ。俺には待ちのぞむ日々のありし ことを。さあ、待ちのぞむ人があると。 希望ありしことを。
過ぎゆく日々よ。いかり、喜び、死にゆくのか。 俺は。
笑顔もてやさしげにこの俺は言葉をかけた。 ひからびし情熱は、ただ過ぎるくらしの中へ 消えた。
うちすぎるくらしの中俺は日々過ごした。 過ぎる日々よ。教えてくれよ。この俺には待ち のぞむ日々のありしことを。 俺は働く。日々過ごすため、くらしゆくため。 過ぎる日々よ。享楽のときを。苦しきときを 飲み込んでゆく。
過ぎる日々よ。やさしき日々よ。
酒を飲んだ。本を読み散らした。 過ぎゆく日々を俺はすごしゆくために。 過ぎゆく日々に君は何をしてるだろうか。
…この曲を、始めて生の演奏で聴いた野音は、満月で。 宮本さんは「俺の部屋に来たと思ってくつろいで聴いて」と、確か、言った。 その時は、エレカシが、またもやレコード会社との契約を打ち切られて、大変な時だったらしくて。 それで、たぶん人気も落ちていたのだろう、毎回出ている大きな邦楽ロックフェスのステージも小さい方になってしまっていたという。 でも、そのせいか、その場に集まったファンに、本当に感謝している気持ちがひしひしと伝わってきて。 ものすごく温かい、というか、愛おしい気持ちになったのだった。
この日記の過去をたどれば、その時のことも書いているはずなんだけど。 …たぶん、自分にとっての最高の野音は、あの時だったんだろうな。
…エレカシを初めて聴いたのって、20歳かな…21歳だったかな…。 そんくらいの頃だった。 うん、もしかすると、一番不安定な頃だったかもしれないね…。 そん時は、30歳のエレカシが、ものすごく上の年齢に感じたけど、越えてみると、なんてことないっていうか、まだまだわからないことばっかりの、迷ってる年齢だったんだな。 むしろ、そろそろ世間的には、しっかりしなければ許されない歳に差し掛かってきてて、でも、自分はまだまだわからないことだらけで、やり残してきたから、まだ無茶したい、こどもでいたい、って思うこともあって…外の視線と中身が違う、不安定には変わりない、というか…。 …まあ、もちろん、人によるとは思うよ。若くたって、大人な人は大人だもの。
…っつか、自分の場合は、50歳になったらなったで、やっぱりまだまだ不安定だ、って思うのかもしれないけど…。 …あ、そういや、カーネーションの直枝さんは、こないだその歳になったはずだ…。 それでも、なんていうか…。直枝さんは、きっと変わらないんじゃないかなあ、って思うんだけど…。 どうなんだろうな…。 あともう少しで、初めてカーネーションを聴いた頃の直枝さんの年齢になってしまうな…。 そん時の自分は10代終わり頃で、30代半ばの直枝さんに、ものすごい憧れたっけな…。 いい歳になった今でも、ああいう大人になりたい、って思っているけど…。
…俺は、どうなるんだろうか…。
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