時の流れや、間違いを、すべて含めた今を肯定できれば、その時僕は初めて自由になれるのかもしれない。毎日、何が怖いのかもわからないまま怖がるのを、やめられるかもしれない。暗闇の階段。そこで僕は考える。楽になる方法を考える。誰かがくれたのだろうか、降りて来た考え。握りしめようかどうしようか。間違いの末に、願った場所に着くこともあるかもしれない。懐にしまって、しばらく様子をみることにする。自由な日々を。こころが自由になれる日々を。