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2006年06月04日(日) 晴れ渡る空の下。曇る気持ちより。

ちょっと調べたいものがあり、ここの過去の日記を読み返していたのだが、自分の書きまくっている様にびっくり。
書いてたねー。俺。
私は結構、気も考えもコロコロ変わりやすく、しかも忘れやすいので、昔に書いたものを見ると、こういう気持ちによくなったり。
なんで、負けねえぞ、昔に!…ってわけでもないけれど。
載せようか迷っていたけど、さっき書いたものを載せようと思いました。
ちょっと気持ちの整理。


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エレカシのツアーがある。
5月28日からスタートで。
行けるか行けないかわからないまま、6月22日の仙台のチケットを取っていた。
しかし、悩んでいる。
やはり仙台を止めて、東京に行こうかと。渋谷AX公演に行こうかと。
なぜならば、昨日も書いたが、前日に同じ東京でスクービードゥーのライブがあるからだ。
一度の上京で2つ観れる。これはオイシイ。
そう思いながらも、1週間悩んで、答えが出ない。
理由は2つある。
まず、東京に行くと、確実に懐は相当に深いダメージを受ける。
それと、仙台のチケットが無駄になってしまう。
とうとう考えるのが面倒くさくなって、やけ酒をしてしまった。
(そのまま寝て、さっき、目が覚めたので、真夜中にこれを書いている)
…や、こんなことで馬鹿みたいだなあ、と思われるだろう。
でも俺にとってはでかい問題で。
だって、貧乏で小心物の俺が、3、4万円位も一気に消費するのは結構一大事なんだよ。

しかも、仙台のチケットは、目を疑うほど良い番号だった。
受け取った瞬間、
『これはきっと、宮本が「来い!」と俺を呼んでいるんだ!』
と元来の思い込みの強さから思ったりして。
そして、行かないつもりだった今回のツアーに、行こう、とひっそり決意した。
しかし、次の日には、同じ金を使うならスクービーも観てえんだ!
と、東京へ行く算段をする。
そして、仙台へ行った場合と、東京へ行った場合のメリットを比較する。
しかし、なんだかんだ考えても、なんでもそうだろうが、やってみないとわからないんだよ。
そういうことで、結論は出ないのだった。
そして、金が降ってくるわけもないのだった。

どうしようかと悩んだまま、「町を見下ろす丘」を聴く。
しかし、最近スクービーばかり聴いていた俺の耳は、その音を拒否した。
びっくりした。ショックだった。
宮本をものすごく好きなはずなのに、この音を、世界観を聴きたくないと思ったのだ。
いや、このアルバムはとてもよいアルバムだと思うのだ。
それは自分の中で感じているのだ。
しかし、まだ俺はそこの地点に立ちたくないらしく。
だからこの音と詩を自分の中に入れたくないらしく。
終わらせたくない。
悟りたくない。
諦めたくない。
なんだかそういう感情が。
このアルバムは遠い。
要するに、まだ何も始まっていない自分が、俺より10年程先に生まれ、俺より長く一生懸命生きて、やっと立った地点の感覚をわかる訳がない。
まだ、自分は未熟なのだ。
ああ、やはり、最初聴いた時のさみしい感覚は、これだ。まだ変わっていないのだ。
宮本は、エレカシは何かを見つけ、または何かを捨てて、遠くへ行ってしまった。
と。そんな感情が湧いてきた。

今のエレカシを観るということでは、ライブに行きたい。
次の地点に立っている宮本を観てみたい。
しかし。
なんだかそれだけで満足しなさそうな自分がいる。
音楽的には、スクービーの方がなんだかすごく近い気がするというか。
要するに今の自分が共感できる。
だから思ったのだ。
年齢なんじゃないかと。
俺はずっと、年上の人が作るものばかり聴いて、憧れて、育ってきた。
けれども、スクービーはタメだ。同じ歳がいる。
だからなんとなく、理窟ではなく、その感覚がわかるような気がするのは、自然なのかもしれない。
30歳という歳が持つ、焦燥感とか。または甘い期待とか。
今は、前も後ろも見ず、ここを、見るべき時なのかもしれない。
30歳が見るべきものを、30歳が見ているものを、見て、俺も自分の位置に立ち向かうべき時なのかもしれない。

もしかすると、今の自分はものすごく視野が狭くなっているのかもしれない。
やっとふさわしい余裕を持ったエレカシを歓迎するべきはずなのに、
俺は今、近く思えないなんて。
よいのに、わからない。この感覚。

何度も言うが、「町を見下ろす丘」はよいアルバムだと思う。
しかし、今の自分にはまだわからない。
やはり、宮本は次の地点へ行ってしまったんだと思う。
このアルバムこそ、本当に青春の終わりなんだろう。
本当に、終わってしまったんだろう。
俺は、まだ終わらせたくない。
そういう、たぶん位置の違いが、たぶんこのアルバムに入り込んで行けない理由だ。
エレカシのライブより、スクービーを観たくてしかたない自分がいる。
やはり宮本が自分の中で、王で特別なのはわかっているけど、
こういうのもなんだが、やはり10歳の年の差が、今、顕著に出たというか。
そしてそれで当然だろうとも思う。
でもたぶん、あと何年かすれば「町を見下ろす丘」はしっくり入ってくるはずなのだ。
でも、今ではないんだ。

30歳も過渡期だが、きっと40歳もそうなのだろうな。
そういえば、カーネーションの直枝さんもそうだったな。
ソロを作ったり。
その歳になれば、俺にもわかるのかな。
でも、そこに行く前に、やらなければいけないことがきっとあるはずで。
俺はまだそれを全然やっていないんだ。

30歳のでかい壁は、きっと自分が作っている感覚だ。
しかし俺。
何をするべきなんだろう。
いつ、死ぬんだろう。
そこに向かって、何をすればいいんだろう。



その後。
今、聴いている。
「町を見下ろす丘」。
聴ける。
そりゃそうだろう。さっきの拒否は思い詰めていたからで。
やはり、いいアルバムだと思う。
でも、遠い感じがするのはあいかわらずで。
遠い所できれいな音楽が鳴っているような。
それを聞きながらだと、安心して眠れるような。
宮本は本当にすごいと思う。
きっと、本当に等身大で。きっと今のそのままが音楽に鳴っているんだろうな。
やっぱり、観てみたいな。
とにかく、観ていたいな。
すごいな。もがいてもがいてもがき続ける。しかも、それをすべて見せてくれるんだ。
一生懸命生きれば、そこに行けるのだろうか。
そして、歌詞カードをじっくり読み返してみた。
そこにあるのは、まるで日記のような言葉。普通の体温で考えたような。飾らない、自然な。
静かに沁み入る。
宮本は、ありのままの自分に向き合った。
そして、宮本は、エレカシは、確実に、何かを突き抜けたんだ。


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