矛盾スルニモ程ガアル
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2015年01月20日(火) 友達と大喧嘩した、冬。①

しゃれにならない、ここ数年で、もしかしたら10年規模で一番大きい喧嘩でした。





でした、じゃないのですが……。




頭がまとまらないので箇条書きで失礼いたします。


・友人宅で友人の息子と遊んでいた

・プラレール(おもちゃの線路を組み合わせて線路を作り、その上をおもちゃの電車が走る)を息子さんが作っており、最後のパーツがどうしても合わないと泣きべそ

・「手を出さないで、自分で考えさせて」と友人に言われたので見守っていたが、出来ないようで癇癪を起しだす

・「甘えてるんだよ、いつもは自分でやってるんだから。ほっておいていいよ」と友人は言って夕飯の支度をしに台所へ

・息子さんは「ほっとかないー!」「できないー!」と叫ぶ

・私、鍵になるところだけ変更して、あとは息子さんに作ってもらう

・息子さん、最後のパーツをはめて「出来たー!」と満足そう

・電車もくるくる周回するようになった

・私が手伝ったのを見て、友人が「普段は自分で出来るんだから。自分で達成感を感じるのが大切なんだから、手を出さないで」と

・「私には息子さんが自分では出来ないように見えたし、一度は見守ったし、甘えてるっていうけど甘えちゃダメなの? 私は私の判断でそれをやったんだ」というと、

・「それはぼむちゃんの決めつけでしょ。私は24時間365日この子のことを見てるの。どういう風に思ってどういう行動を取るのか分かってる。本当に息子と遊びたいって思って遊んでくれてる、本当にそれをやりたいと思ってやってくれるならいいけど、何か別な思惑があるならやめて」と友人。

・確かに、自分の中には息子さんが一人っ子で寂しい思いをしてるんじゃないか、せめて自分が遊んであげないとと思っていたのは事実

・「私の言ってることが正しいとは限らないよ。でも私は今までこの子を見てきて、8割は私が合ってると思ってる。もしそれでも私の方が間違ってると思うことがあれば、それは私の方に言って欲しい」と言われ、この点は納得


このやり取りで、今反芻するに、「私はこう思ったんだよ」と私はただ伝えて、それに対して彼女がどう思うかを聞きたかったのだけど、彼女には私が「私はこう思った、だからそれが真実だ」と聞こえてしまったのかなあと。

とにかく言葉を遮られて、「決めつけだ」と言われた印象が強くて、悲しかったし、私の気持ちは依然「でもあれだけ出来ない、出来ないって喚いていて、ヒントになる行動をして何が悪いの。私は線路が完成して電車が回るようになって、二人でわーいっていうことの方が、この場合は達成感より大事だと感じたからそうしたんだ。それの何が悪いの」って思ってました。そして何より、そういう風に考えて私は行動したんだよってことを、彼女に知って欲しかったんです。

でもそれを説明する前に「それはぼむちゃんの押しつけだ」って言われてしまって。何か言おうとしても「まず私の話を最後まで聞いて」と遮られてしまって。


それでも教育とかの面は、その家庭その家庭で違うから、基本的には尊重するつもりなんです、私も。


けどこんな言われ方をしてしまうと、「じゃあ全部自分で見てろよ」って思ってしまわなくもないです。
えっていうか、私の間違った考え方かも知れませんが、私子供はどっちかって言えば好きなんですが、それよりも大人と話をする方が好きです。子供と遊ぶのは、子供のいるご家庭に遊びに伺う以上仕方のないことだと思ってますが、ぶっちゃけそんなに楽しいことではありません。私にとって。

でもその友達の子供は、私にしては珍しく楽しく遊べる子供だし、私もその子が好きだから遊んでる訳です。

私には子供がいませんから、子供を持つ親の気持ちとかは分からないし、でもそれって当たり前のことじゃないですか。
それでも何とか自分としては手を出したくなる気持ちを抑えて、辛抱強く出来るのを見守ったりとか、私なりにはしてたんですよ。


それを全否定された気持ち、というか。


やり方が間違っていた、うちの教育方針はこうだ、というならそれになるべく従うのですが、私が結局言いたいのは「私はこう思ってこうしたんだ」というのを分かって欲しい、ということなんですよね、きっと。



私はこう思ってこうしたよ→そうだったの。それはありがたいんだけど、うちではこうしてるの。これに合わせてくれたら嬉しい→分かった、そうするね




こういうやり取りがしたかったんです。けど、最初の「私はこう思って」の部分でいきなり「それは決めつけ! 押しつけ! ぼむちゃんの考えが全てじゃないから!」と言われてしまったというか。

いやそのね、私はね→「決めつけてる!」→「いやだから私は」→エンドレス


何かやっとこの件に関して自分の言いたいことが分かってすっきり。


過干渉と言われてしまえばそうなのかも知れないし、その辺自分の母親とだぶって、自分が嫌っている行為を自分がしていると指摘されて、いや違う、って否定したい気持ちがあったことも事実なのですが。

あー、何か書きながら分かってきました。友人の言いたいのは、「それは私の息子のことを本当に考えてした行為なの? そうでないならあなたのエゴだからやめて」ってことですよね。

まあ確かに、達成感とか見守りの面では、私の「完成させて、息子さんの喜ぶ顔が見たい」っていう都合を優先させたことは否めません。

でもあそこで放っておくっていうのが、私には出来なかったんですよね……。
この辺は子供を持てば分かるのでしょうか。

っていうか身も蓋もない言い方すれば、普段の生活ではそうやって彼女がちゃんと育ててるんだから、数か月に一度ちょっと遊ぶぐらいの私がちょっと甘やかした(?)ぐらいいいじゃないのかって思ってしまうのですが。子育てしてる人には「そのちょっとの甘やかしがこの子をダメにする!」みたいな感覚なんですかね。



私の中では「息子さんはそれを完成させることが出来ないと(私は)思った」っていうのが前提としてあって、

彼女の中では「息子はそれを完成させることが出来るし、私はそれを知っている」ってのがあったんでしょうね。


確かにそれは、私の思いこみであり決めつけなんですけどもね……。でもそこの判断を誤ったからって、そこをそんなに責められるというのはちょっと、というのが本音なのかも。




(続く)


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