矛盾スルニモ程ガアル
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2013年02月17日(日) 我が道を、

行け、と言ってくれたのはあの人。




人に何て言われても、(結果として)間違いだったとしても、自分の信念を貫け、と。


俺が支えてやるから、と言ってくれたことは、きっと私の中で一生に近いぐらい、胸の中に残り続ける。





2年前の私が見たら、軽蔑するだろう私がここにいる。




私の周りの人にこの状態を話したら、軽蔑されて終わるだろう、と思う人も何人もいる。(そういう人に、わざわざ話したりはしないけれども)

そしてそれは、私の胸に返ってくるだろうということも。



だけど別に、それはその人の今の状態では理解が出来ないということだ、という風に思えるようになった。

そのまま一生理解出来ない人もいるだろうし、いつか理解するきっかけになるかも知れない何かがあるかも知れない。


2年前の私が、そうだったように。



相手のことが分からないからって、それは悪いことじゃない。


私はそう思えるように、なった。



だって自分の常識と照らし合わせて、合わないものは誰だって排除したいと思うだろう。

自分の暮らしをおびやかす価値観ならば、尚更だ。


例えば「気に入らなければ、人を殺していい」っていう価値観の人を側に置いておくのは、普通は怖い。それは間違ってるって言いたくなる。

ましてや昔の私のように、「それはいけないこと」って刷り込まれて、自分は本当はそれをしたいのに、自分がしたいと思っていることにすら気付けない状態でなら、「それ」をしている人に対して、重ねて攻撃的になると思う。



きっと2年前の私は、こういう文章を見て「詭弁だ」って思っていた。




分かることも、分からないこともある。




結局は、自分自身の価値観でしかないから。




私は、


私の、


道を行こうと思う。



その結果を、自分で味わうんだ。




どんな結果になっても。




それを意識してやってきたあの人に、生き方を習っているような気にさえなる。


きっと、皆は当たり前に出来ていることが、私は当たり前じゃなかったから。

私があの人にこんなに惹かれるのを、「危ない」と周りの人は受け取るだろうし、実際そうなんだと思う。


でもいい。あの人のそばにいると、息が出来るんだ。

私には、必要な人だと思うから、選んだ。


そばにいたいんだ。




一度は考え直したものの、結局、私は旦那と別れるつもりで、いる。



きっと、あの人に話した時から、自分の気持ちは決まっていた。


別れたくないなら、話さなかった。

話したってことは、そういうことだ。



あの人を選びたいと言った私に、カウンセラーの先生が。


どんな結果になっても自分自身の行動の結果だと、その責任を負うこと、と。


彼を助けようとかではなくて、自分が彼のそばにいて幸せかどうかを基準にしろ、と言ってくれた。




私は何度も間違えそうになる。

私が彼の救いになりたいのと、思いそうになる。



その度に、この言葉を思い出す。自分に言い聞かせる。


自分がどうしたいか、どうなりたいか。


それが基準だ。



私は彼のそばにいると、幸せを感じる。


それが全てだから、それをきっと、ずっと彼に伝え続けていればいい。



彼が私をどう思おうと、私はずっと、幸せで、感謝していけばいい。




あなたのそばにいると幸せなのと。



ただ、伝え続けたい。



それしかきっと、出来ない。



でも、きっと、それでいい。


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