| 2007年08月10日(金) |
やっと終わるよイタリア旅行記�� |
こんばんは、ぼむでございます。
前回の検査結果の話なのですが(←イタリアは!?)、今回は血液検査に異常なし、でした。
が。しかし。
私もう、ネットで調べまくりまして、親にも「子宮内膜症かもしれないって言われた」と報告とかしたりして、その結果「血液検査の結果で白だったとしても、子宮内膜症であることもある」という事まで調べちゃったりしてて、何ていうか不安はそこまで取り除かれず…。
んでまあ、母親に一応結果を伝えたら、母親も新聞の特集記事で子宮内膜症のことを読んでいたらしくって、
「その新聞のデータがあるやつを印刷してもらったから、送るから!」
と私よりも行動が早い。さすが母。
っていうか、最近私、母親に似てきました…。
この「気になることはすぐ調べる」っぷりが、絶対そっくりです(涙)
それはともかく、そんな訳でしばらく「経過観察」となりました。
やっぱり、色々考えますねえ…。
まあそんな考えたこととかは後日。 ともかくもイタリア旅行記最終日でございます。
イタリア・ミラノ。最終日のこの日は朝から自由行動でした。
郊外のホテルだったので、電車で地下鉄の駅まで行き、そこから地下鉄に乗り換えです。ちなみに、1ユーロで75分間乗り放題(?)で、電車から地下鉄にも乗り換え可能な、カードのような切符です。
ガイドさんと丁度一緒の電車になって、「ダ・ヴィンチ博物館に行くんです」と言うと、「地下鉄を降りてからの道が分かりにくいかも」と、地図にマーカーで線を引いてくれました。
そして、地下鉄。
乗換えがさっぱり分からなかったので、ひたすら駅員さんに駅の名前連呼(笑) ただ、通じていたかは分かりません。思い切り地図を出してますし…(遠い目)
とりあえず言われたとおりの所で待って、電車の行き先も確認していたら…。
何か、目つきの悪い男性二人組がいる…。
なんというか…色黒の、彫りの深いアラブ系(?)の男性です。
んで、その二人が明らかに私達の事ガン見しているわけですよ。
すんげー見てるんですよ、マジで。
そもそも地下鉄はかなり治安が悪く、帰りは乗らないほうがいい、と言われていたのですが、行きで既にこの状態です。
怖かったので、旦那を引っ張って行って車両を変えました。
勿論、バッグなんか片時も手を離しませんでした。って言うか両手で持ってました。
そして、駅に到着し、迷いつつも何とか無事に博物館へ。
結構大きい博物館で、数多くの展示物があります。が。
説明が イタリア語なんですよね。ほとんど…。
英語の説明も少なくて、さっぱり分からず。
ただ、この人本当に万能なんだなーという事だけ分かりました。
何でも出来すぎですよ本当。
因みに、レオナルドが名前で、ダヴィンチっていうのは「ヴィンチ村の」ってことらしいです。なので「ダヴィンチさん」ではなく「レオナルドさん」らしいのですけどねえ。初めて知りました。
ぐるーりと回り、堪能して(←さっぱり分からなかったくせに)出ました。その後また地下鉄に乗り、スフォルツェスコ城のミケランジェロの未完のピエタ像を見てからまた地下鉄に乗り、ドゥオモへ。
ここでタクシーに乗って、集合場所のホテルへ帰ろうという計画です。
とりあえず、ドゥオモをバックに写真を…!!
と思っていたのですが。
実は、事前に「いきなりマメを差し出して来る人がいて、それを手に受けると広場にいるハトがバーっと寄ってきて訳が分からないでいるとお金を要求されるから気をつけて」と言われていたのですが、いきなり遭遇。
またもやアラブ系(?違ったらごめんなさい)の男性です。怖いよ!! 本当に怖い!!(涙)
必死で「ノー! ノー!」と言って断りましたが、受け取ってしまって写真とか撮ってもらっている人もいました…いくらぐらい請求されるのか…くわばらくわばらです。
命からがら、白人の夫婦に写真を撮ってもらうとドゥオモあんまり写ってない(しゃれか)し、でももう怖くて諦めました。(でもいきなり頼んできた怪しい私達に、写真を快く撮ってくれてありがとうございました)←ここで言っても。
んで、そばのバールでエスプレッソとカプチーノ、パニーノ(パニーニは複数形だそうで)を頼んで食べました。
本当にこの国は、エスプレッソに外れが無いですね…(しみじみ)。
私は旦那のを貰っただけなのですが、美味しかったです。 そのままじゃ苦くて飲めませんが、砂糖を入れると本当に美味しい!!
それからタクシーでホテルに帰りました。
ちょっと時間が余ったので、近くのスーパーへ。
すると、シャッターガン閉まりで。
そこにいたおばさんが、「何とか〜」とイタリア語で教えてくれますが、私達さっぱり分からない。
すると時計を指して、3時30分だよと身振りで教えてくれました。
ありがとうおばさん!! と、あと10分ぐらいだったので待ちました。
が。時間になっても開かない。
するとおばさん、「アレ クアットロ クアットロ」と言いながら去っていきました。
クアットロって…? っていうかおばさん、英語使ってくれ(涙)
と思いつつ、私の持っていたガイドに乗っていた数字、「クアトロ」は「4」だと。「40分ってことなのかな?」とか言いながら待っても開かない。
仕方ないので、その辺にいる人に聞きました。
すると、何か「今日はもう開かないよ」というジェスチャー。
更に、「ドマーニ ドマーニ マティーナ、ドマーニ」と。
そこで、旦那がイタリアの新聞で天気予報をよんでいたため、
旦那「ドマーニって明日のことじゃない? マティーナって確か、午前中だった」
と。
ちなみに、英語で聞いたのですが回答はイタリア語です。
私、正直に言えば、イタリア人は皆英語が話せるもんだとばかり…!!
っていうか、イタリアに限らずヨーロッパの人は皆英語が話せるものだと思ってました!! 違うんですね!!(←超バカ)
そうかーとがっかりしながら、そして、同じツアーの人がスーパーに来いていたので、それを伝えました。
だけど残念だなーせめてエスプレッソでも飲むかと思って、スーパーの隣のバール(タバッキだったかしら)へ。
そこでもう一度旦那が聞いてみたら、今度はジェスチャーで時計を指差し、「4時」だと…!!
なぬ!? と思いましたが、ふと地下鉄で帰る方法をガイドさんが話しているときに、「地下鉄の行き先は最低3人の人に聞いてください。皆それぞれ違う事言いますから(笑) 電光掲示板の表示も間違っていることがあるんで、気をつけて」と言っていたことを思い出しました。
そうか、こういうことか…!!
しかも、確か昨日イタリア語で「ore」は「時」ってことだと習ったのに!!
私はあれを「オレ」と読んだんだけど、あのおばさんは、「アレ」って言ってたってことは「アレ」って読むのが正しいのかも!? っていうことは、「4時よ」って教えてくれてたんだーと。衝撃でした。
そして、とりあえず同じようにバールに入っていたツアーの人には教えて、時間まで待ってみることに。
4時過ぎに、従業員の人がやってきて。
4時8分ぐらいに、スーパーが開きました。
イタリア時間ですよ…。
ちなみに、確か3時間ぐらいの昼休憩時間だったと思います。(←店内に看板があった。っていうかそれ店外に出してくれ)
素晴らしい…。残業も全然ないらしいですしねえ、こっちは。
そんで昼休憩もたっぷり…。バカンスは4〜6週間…。
旦那がひたすら「日本もそうするべきだ」と言っていました。
私も、ダラダラ働くよりきりっと働いてしっかり休む、そっちがいいなあと思います。(イタリア人は午前中は日本人と比べて1.3倍の集中力だとか。っていうか1.3倍って…そしてその数字は何処から…)
まあ、そもそもこちらの人は「休むために働く」という意識で、「仕事は生活の糧でそれ以上でも以下でもない。休みが人生」みたいに思っているらしいので、「仕事=生きがい」みたいな価値観が多い(のかな?)日本とは全然違うなあというのが私の感想でした。
そんなこんなで、やっぱり得るものや思い出って沢山あって、いろんなことがありながらもイタリア旅行は終わりました。
ちなみに、帰りの便の12時間、私、食事の時間以外寝てました。
旦那は3時間ぐらいしか寝られなかったらしいです。ごめんよ旦那…。
次回は旅の総括です〜。
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