『東京タワー』(江國)を読んだ。
読み終わるまでに、フラバが3回起きた。
こんなに起きたのは随分久しぶりであるからして、この小説の凄さと筆者の凄さを思い知ると同時に、本当にくらくらきた。
本当に本当に好きだったことと、本当に本当に辛かったことを思い出した。
具体的にあの時と同じようなフラバではなかったし、ぐあっと涙が出てきただけのフラバだったけど、苦しい。
3年経つ。別れてから、3年も経つのに。
その度に、同時に、今の旦那の温かさを思い出すから、それはいいのかも知れないけれど。
だけどこの間も、洗い物をしながら思った。
最初は、もう少し結婚するまでに間があったら、私はもう少し遊べていたかな? という罰当たりな空想で、だけどすぐにいや、どうなっても今の旦那と結婚していただろうな、と結論が出た。 だから、付き合って何年後に結婚したとしても、一緒にいることはきっと一緒だったろうと。
何故なら、あの別れのあと私は、軽く男性不信になっていて、旦那以外の人とだったら多分付き合えなかっただろうからだ。
先日パートの懇親会があったときに、心底部長さんや所長さんの隣に行きたくない自分も発見した(絶対に肩に手を置かれ抱き寄せられると思った)。これは働いていた頃に受けたセクハラのトラウマだろうけれど、ものすごく奥底で、「男性は怖い」という意識が働いているような気がした。
怖い。怖い。怖い。
頭の中で響く。繰り返す。
今回本を読んでいたときにも起きて、だからといってどういう訳ではないんだけど、精神的なものの重さとしつこさを実感した。
今の私があるのは、旦那のお陰だ。
安心して、この人なら多分大丈夫、99%信頼できる(前回で100%というものは無いのだと学習)という感情を持てるのは、きっと旦那だけなのだろう。
それをも実感した日だった。
※介護問題の次の日にこんなテンションの日記で、読んでくださってる皆様には大変ご迷惑をおかけします…。しかしこれからもこんな奴なので(←おい)、どうぞ呆れつつ、よろしければ少しだけ温かく見てやってくださると幸いです。にしても精神って根深いものですな〜。(他人事かよ) しかし、あの日から考えて、こんなにも思い出さずにいられる自分にも信じられないとか思うのです。楽になる日はきます。それは、可能なんです。
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