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2009年05月28日(木)
カウンセリング再開

1週間ほど前に再度カウンセリングを受けた。
いいたいことの半分も言えずじまい。
投薬量が増えて再度2週間後にお会いしましょう。
ごきげんようさようなら。

体調を崩して気がついたら38度線を軽く突破して
暑くて寒くて眠れずに翌日休む。
熱は平熱に戻っていたけど体力ゲージはゼロ。
その週末は眠り続けて稼働時間は1日3時間ほど。
眠りすぎても疲れが抜けきらない。
現実の1日を無為に消費しただけのような感覚が残っただけで。

表面的には落ち着いてきたように思えるけれど
内部の崩壊っぷりはこれまでの比ではないほどに思える。
感情が統合されていないような、理性と融和しないような、
分裂しかかっているような、そんな状態。

それをうまく誰にも表現できず、する気にもなれず、
ただできることは、感情を表に出さないようにして
せめて壊れていることを気づかれないように穴埋めするだけ。

だから誰も気づかないでいてください。



2009年05月18日(月)
無力感

何だろう、この無力感。
なんかもうどうでもよくて、一生懸命になって何かしようと思えない。
締め切りは近づいてきてるんだけど、やらなきゃなあという気持ちが
まったく湧き上がってこない。
いつもなら、不安もあって一気に作業に入ってる時期なんだけどな。

頑張ってやったって、どうせ評価は上がらないし、
急いで仕上げても、対して結果は変わらないし、
高評価を取ってみたところで何故か給与は毎年下がっていく仕組みだ。
本当にバカバカしい。

だからといって怠ければ、自分が追いつめられて苦しむだけだ。
怒りの矛先をどこに向ければいいのかわからない。

頭がクリアにまわらない。
いったん回り始めればとは思うけれど、意欲というガソリンが空っぽだ。




2009年04月24日(金)
大切にしてきたもの

今日の帰りは深夜0時を過ぎてから。
電車に乗ってる時間をいつもより長く感じた。
空回りした自分にシニカルな笑いを向けることすらできず
駅と駅の間の数分に自分の存在を抹消したくなって耐えられず。
こんな時間に群れている人たちの中に自分がいることに
どうしようもなく拒絶反応する。

大事なことは言葉にしなければ伝わらないよ。
でもその言葉が出てこないんだ。
だから君はいつまでも小さな子供のまま。
言葉は出ないわけじゃない。
先回りして取り上げられて封じられただけ。
泣くことさえ許されなかった君に何が言えただろう。

そして君は僕になって、泣けない子供のままに大人になった。
少しでも早く大人になろうとして、泣くことを心に封じた。
そして、いつの間にか泣き方も忘れた。

泣くかわりに眠ることを覚えた。
だから疲れたときには眠り続ける。
夢の中で、思い出したように、泣けることがある。



2009年04月09日(木)
再投入

3月17日から再びデプロメール1錠を投入している。
明らかに感情の波の振れ幅が、自分の枠を超え始めたからだ。

現実を正常に処理できていないとは理解しつつも、
それに適切に対応できなかった。
自分が想定した不安に振り回されて疲弊して沈む。

できれば薬には頼りたくなかったけれど、
我慢したところで救いは得られないと思い直した。
カウンセリングにはまだ行っていない。

再投入から2週間を待たずに効果が出てきたように思う。
それまでは理由もなくイライラしていて、話をすることが
面倒でたまらなかったが、多少は落ち着いている。

ただ、どうしても朝は憂うつになりやすく、
最近は毎日レキソタンを飲んでから出るようになった。
不安はこれである程度押さえ込めるのだが、
頭が回らなくなる、眠気が急に襲ってくるというデメリットもある。
人から話を聞き出すのが仕事なので、けっこう厳しい。

今日は午前中が取材。午後は結局仕事にならなかった。
GW進行でスケジュールが1週間繰り上がっているので、
こんなことをしてる場合じゃないのだが、向き合う気力がなかった。
明日に予定を持ち越して、今日は切り上げよう。



2009年03月16日(月)
戻し気味に

ここ1カ月ほど、気力ほぼゼロで過ごしてきて、
ようやく上昇の兆しが見えてきた。
まだまだゼロ地点よりははるか下にいるけれど、
うまくやれば上昇気流に乗れるかもしれない。

昨日は久しぶりに泳いでみて筋肉痛になっている。
身体を動かしたいという欲求は常にあるけれど、
なかなか時間が取れずじまいだ。

今日はあまりやる気がないままだったので、
最低限の業務をこなして今に至る。
月に1度はこういう気分になる。

情報の集約が必要。分散した記憶の断片を再構成せよ。

意欲ってのは泉のように水がわき出てくるイメージなのだが
どうも最近は枯れ果てて久しい印象しか持てない。

感情は脈動して不安を増幅したり軽減したり。
受け入れるべきは現実か感情か。難しい命題だ。



2009年03月06日(金)
ひとり

ひとりになって、半月ぶりぐらいに落ち着いた気持ちになった。

僕はどうやら、他人といることがひどくストレスになる人間らしい。
思い起こせば、バイクで人気のない山の中を意味もなく走っていた。
バイクを止めて景色を眺め、意味もなく空を仰ぐのが好きだった。

誰からも 何も要求されない時間。
誰にも 絶対に邪魔されない空間。

一人の時間があるから、他人といることを大事にできる。
そんな気がする。


こうしてじっと考えていると、昔の自分を構成していたカケラが
おぼろげによみがえってくる。

ほんと、まっ白だったなあ、自分。人を疑うことを本当にしらなかった。
自分や他人に言い訳をせずに生きていられたことが、素直に懐かしい。
きっとどこかに、そのカケラはまだあって、たまに存在を感じることがある。
いま思えば、あれが僕の中核だったんだろう。


やっぱり、僕の中身は、まだ壊れたままだ。



2008年12月02日(火)
波がある

月末の締め切りを乗り越えて、少し気分に緩みがある12月あたま。
ゴールを迎えて再スタートを切るこの時期は、
どうしても憂うつさが先に立つ。

以前はそれほど焦っていなかったように思うから、
今は余裕がないってことなんだろう。
いや、年齢を重ねて、閉塞感が増してきたことによるのか。
自分が理想とする姿に現実の自分が届いてない。

それでも努力はしてきた。
3年のブランクを9カ月でずいぶん縮めたと思う。
それはこれまでに蓄積した経験があってのことだ。
要は、預金を吐きだしたようなもので、
再び新たな知識を貯め込んでいく必要がある。

最も簡単に不幸になる方法は、
人と比べて足りないものを自覚することだという。
いまの自分はそれに近い状態か。

誰も言ってくれないから自分で言おう。
おまえさんは、本当によくやっているよと。