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2005年03月18日(金)
ああもう

やってらんねえ。


2004年11月19日(金)
急転

休みを終えて出社したら、いきなり異動の内内示があった。
2部署あって、そのどちらかを選べという。
しかも返事は当日中だと。

異動は前々から希望していたのでラッキー、というところだが
その日のうちに(実質2時間もない)選択しろと言われて焦った。
希望とはやや異なるものの、考え抜いて先行きを決めた。

実は異動については、先日訪れたペンションの方のタロット占いで、
「おそらく年明けには異動、希望とは合わないかもしれないけれど
進めば道は開ける」と言われていた。
占いはあまり信じない方だけれど、当たっていたので驚いた。
また、この言葉に後押ししてもらう形で、行き先を決断できた。

少々心苦しいのは、今の取材先と話していて、
これからの話をされるときだ。
自分がいなくなることはまだ話せない。
これからの関係を切り捨てるような、嘘をついているような、
そんな後ろめたい気分になる。



2004年11月16日(火)
休暇を消化

比較的暖かな日が続いていただけに、
今日のような冷え込む日はその寒さが身にしみる。
寒いのは嫌いじゃなかったはずだけれど
暖かいのに慣れてしまうと精神までぬるま湯になってしまうようだ。

10日間の休暇をもらったので、10日間きっちりと休んでいた。
土日と合わせると2週間だ。社会人としてはずいぶん長い。
予定を立てず、だらだらと過ごしていたら、もう最終日になった。

特に何をするわけでもなく、のんべんだらりと過ごして、
何を得るわけでもなく休日は終わろうとしている。
そういう過ごし方は、もったいないと言われそうだけれど
時間を湯水のように使えるのは何という贅沢か。
刺激を得ることも大事だが、心を弛緩させることも同じように大事だ。

まあ、それでも「締めくくり」みたいなものは欲しい気がする。
友人につきあってもらうか、何らかのアクションは起こしてもいいだろう。



2004年09月30日(木)
「働かない若者」の真実

日経ビジネス04年10月4日号、p.140の編集長インタビュー
「働かない若者」の真実、を読んだ。

「ニート」と呼ばれる、働きもせず学びもしない、
フリーターとも異なる若者に初めてスポットを当てた
玄田有史氏(東大社会科学研究所助教授)のインタビューだ。

「良い会社はフリーターでも正社員でも、若者でも年配でも、
男でも女でも、一人前として扱うし、育てるんです」

「人間が人間の評価なんて完璧にできるはずないんですよ。
他人と完全に分かり合えるはずがないから、人が人を管理する
社会主義や共産主義は、どこかで破綻するんです。
他人のことは完全にはわからないということを前提にして初めて、
世の中にはマナーとかルールとか慣習とかいうものができる」

ひとことひとことが心に落ちた。

効率と規律と余裕のなさ。
そして成果だけが要求されること。
それは人ではなくてモノの扱い方だ。

フリーター=どうしようもない奴、怠け者、負け犬…
ほかにもいろいろ言い方はある。
けれどやはり、学ぶことも働くことも、その機会を失ったり、
奪われたりしている現状はやはりおかしい。

人生に勝ち負けなんて基準はない。
人は使い捨てのモノじゃない。
そんな当たり前の大切なことを、誰もが忘れてはいないか。



2004年09月29日(水)
休息

入稿日をクリアして、長かった9月も終わりを告げた。

本当に裏目裏目の毎日が続いて、
すべての余裕を使い切ってしまった。

だから今日は休みにした。
雨の降る一日を、何をするわけでもなく。

朝方に近くの川沿いまで出てみて、
振り返って景色を眺めてみたら、
知らない街がそこにあった。

つい先日まで、その川べりを何度も歩いていたのに、
まるで知らない風景がそこにあった。

締め付けられた精神から視野が狭窄して、
思考停止におちいって、
同じことばかりぐるぐるぐると考えて、
自分のたっている場所があまりにも無惨に思えていた。

すべてのしがらみとか、役割とか、そういったものを
すべて捨ててしまって、自分の殻にこもってしまって、
もうこれから先の時間を捨ててしまおうと思っていた。

けれど、あえて立ち止まってみれば、
まだ世界のすべてから拒絶されたわけではないと、
そう感じることができた。

見えた風景は、ただそこにあるいつもの川べり。
8月には、そこで花火をして過ごした場所。
その記憶はもう記号になってしまって、
思い出すこともできない。

時間を取りこぼす存在であっても、
変わらない景色に身をゆだねることはできる。
それが記号ではない記憶になる。おそらくは。



2004年09月09日(木)
裏目

先月からついてない。

何もかもが裏目に出る。
この時点でまだ決まってない取材が三つ。
それを来週の前半につっこまないと終わらない。
準備はそれほど遅くない時期からやってたのに、だ。

今日も結局仕事にならなかった。しなかった。したくない。

イヤでイヤでたまらない。



2004年07月26日(月)
さようなら、バイク

肌を焦がす日差しが痛い。
最高気温は40度とかわけのわからない数値を示す。
外にいるだけで生命活動の危機を感じる。
陽光の下の吸血鬼ってこんな感じだろうか。

昨日、バイクを処分しにいった。
15年乗り続けてきたけれど、
昔のような楽しさをその中に見いだせなくなった。

ひとりの時間が取れなくなって、
バイクと共にあることが自然でなくなり、
ただの義務感で乗っている自分がイヤになって、
降りることを決めた。

僕にとってのバイクは、かつては身体の一部だった。

大学のころ。
歩くよりもバイクに乗っている時間がはるかに長くて、
暑くても寒くても、雨の中でも雪の降る夜でも、
ごく当たり前のようにヘルメットをかぶっていた。

東京に戻ってきて。
交通事情の悪さもあって、
時間があっても乗りたいと思わなくなった。
遠くまで行ける開放感よりも、
狭い道の渋滞が乗ることを苦痛に思わせた。

そして毎日乗れないという生活が、
いつの間にか当たり前になってみると、
だんだんと乗ることが面倒になっていった。

それが僕の中での、一つの時代の終わりだと思った。