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2003年02月24日(月)
思考

どうやら疲れているらしい。

馴染めないことも仕事だからやっている。
前向きにやろうと努力もしている。
努力している間は別に苦でもないが、
一段落付いてしまうと、ぽっかりと空いた時間ができて
猛烈な勢いでその時間を空虚さが埋めていく。

思考とは、自分の歴史を経験という彫刻刀で削りだした版画のようなもの。
改めて新しい線を刻み込もうとしても、古い線に邪魔されてうまくいかない。

一日ですべて変わるわけない。
ゆっくりと変えていけばいい。
わかってはいるけれど、それは難しい。

過去は死者の手に委ねよう。
未来は運命のままにまかせよう。
その二つに身を引き裂かれないように。



2002年12月17日(火)
区切り

年の終わりに向けて時間が流れていく。

不安や虚無感がなくなったわけではないけど
つらくて立っていられないほどでもない。
もう元に戻ることはないだろうけど
もうそれを求めることもないだろう。

笑うことも怒ることも悲しむことも,
すべての感情の色は薄れてしまった。
けれどぼやけた輪郭だけは残っている。
いつか再び形を織りなす日がくるかもしれない。
もちろん来ないかもしれない。

それが自分にとっての現実なのだと言い聞かせて
不確かな境界線の上を歩いていこう,と思う。



2002年12月02日(月)
からっぽ

意思が希薄な人生は空虚と同義だ。

人に伝えたいと思うことがなくなって,
それが単なる仕事という流れの中に埋没したとき,
私は記者を降りるべきだったのかもしれない。



2002年11月05日(火)
ダブル・スタンダード

かさかさと,音を立てそうなくらいに乾いた風。
ふと身をすくめて,通り過ぎるのを待つ。

いつもより,寒くなるのが2週間ほど早い。
青みを強く増した遠い空と山々。
透明なのに橙の色をうっすらとつけた日差し。
寂しさが身体の奥底から蒸発して立ち上ってくるいつもの時期。

世間で言われている常識や正義や礼儀やらは,
人を動かすための都合良い道具として使われてるに過ぎないらしい。
自分の中でも時と場合でそれを使い分けるようになって。

でも,そんなこと知らない。
知らなくても生きていけるし困らないし。
考えすぎ。疑いすぎ。斜に構えすぎ。

平均がもたらす均質化の業罪。
異端を排除する現実社会の実際と矛盾してその狭間は存在し得ない。
統計処理されていない都合のいい事実だけが踊るなら,
意味を持たない情報だけが事実としての意味を持つ。

伝達する目的を排除した言葉の羅列は,つづられた瞬間から矛盾を内包する。
それがわかっていても,それを書かずにいられない時がある。
自分に対して,それがいっそう不安をあおり立てるものだとしてもだ。
分裂しそうな自我を,むちゃくちゃな論理と言葉で一つに束ねる。
その行為自体に,違和感を感じている間はまだ大丈夫だろう。



2002年10月23日(水)
いらないもの

何もかもがうっとおしい。

ここしばらく,何かを楽しんだという記憶がない。
楽しいってどんな気分だったんだろう。

身の回りを見渡せば,
いらないものばかりが増えてって
手足をぐるぐると絡め取っていく。

最も「いらないもの」は,自分自身かもしれない。

自分以外の存在は変化していないのだから,
相対的に見れば,そういう結論になる。



2002年10月17日(木)
再び

腹が食い破られるような激痛で再び病院送り。
今度は腸閉塞だという。

幸いにも痛みは1日で治まった。
手術もせずにすんだ。

ただはっきりした原因がわからない。
だから再発するかもしれないという。
もういいかげんうんざりだ。



2002年10月03日(木)
ブランク

「身を切る思い」という思いを本当に体験した。

おさまらない腹痛を抱えて医者に見てもらったら
急性虫垂炎でそのまま手術室へ直行だ。

動くのさえままならない思い,というのが
身を切る思いの本当の意味だろう。
切るのなんて簡単だ。
切った後の痛みのほうが何倍も大きい。

ようやくまともに回り始めた日常も,
入院で一時中断で,さらに今もまともに動くのは困難という有様。
どうやら神様は,私に仕事をさせたくないらしい。

ブランクが空きすぎて,意欲も気力もないから
一人でいたいと思う時間が増えた。
気にしなければ何も見ずに済む。