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2001年02月05日(月)
月曜日という憂鬱の始まり

夜中に目が覚めた。それまで夢を見ていたような気がする。
何時間か分からないけど,朝までうつらうつらしていた。
そういうときの時間は長いようで短い。
そして,やけに音が大きく聞こえる気がする。

7時半に起きた。目覚ましが鳴って,彼女が起きて30分後。
どうしても,自発的に起きるまでに時間がかかる。
どうせ楽しいことなんてないって思うから。
ただ,今起きれば,家族の顔が見られると思って起きた。
一人で起きて抜け殻のような家の中を歩くよりずっといい。
めずらしいねってびっくりされたけど。

でも,家を出たのは10時。CDを録音してたりしてだらだらとしていた。
会社に行ったって別にいいことない。そう思うとなかなか足が動かなかった。
家を出てからずっとヘッドホンを外さず,
何も見ないように聞かないようにしていった。

仕事。あいかわらずいっぱい。でも元気なときの半分以下。
どうしてそんなに働けたんだろう?今の自分にはしんじられない。

午後に薬をもらいにいった。「レキソタンがなくなりました」といったらすぐにくれた。いろいろ聞かれるかと思っていたので拍子抜けした。でも,よかった。これで来週までは持つと思う。今週のりきれば,何とかなる…かな。

いま,もうすぐ7時。今日はまだ薬飲んでない。先週は,平日は毎日飲んでた。今日は,我慢した。残り少ないし。ずっとヘッドホンで耳をふさいで何もきこえないようにして自分のココロにも何も届かないようにして完全に切りはなす。そうしなければココロがもたない。叫び出しそうになる。逃げ出しそうになる。

勝手に僕の役割を規定しないでくれ。

なんか思考と文章が稚拙だ。退行している?自分を形作っている輪郭がぼやけている気がする。身体の表面から自分がじわりじわりとしみ出していくような…。そんな感じがする。

薬を飲み始めた最初の頃は,デプロメール−−抗うつ剤は,なんとなく効いている感じがあった。ただ,ココロのどこかで叫んでる自分の声が小さくなるような…あるいは,ココロを水面にのったボートに例えると,その揺れ方が小さくなるような感じがあった。劇的な効果,というよりじんわり効く薬という感じ(抗うつ剤は,一般にそういうもんらしい)だった。最近はよくわからない。でも,薬をやめたらもっとひどくなるんだろう。

抗不安剤のレキソタン。今日はできれば飲みたくない。ここしばらく平日はずっと飲んでる気がする。電車に乗ったり,会社に来ると憂鬱感が強くなる。人と会うと疲れる。話するのも疲れる。やっぱりダメなのかもしれない。薬の変わりに,大嫌いなタバコを無性に吸いたくなるときがある。

終わりが見えない。今週が終わっても来週。今年が終わっても来年。いつまでも終わらない。それが自分を不安にさせる。自分で自分を終わらせることだけはしない。それだけは避けたい。



2001年02月04日(日)
久々に訪れた立川はもはや異境

日曜日は買い物に行くのが恒例行事になっている。
家にこもっているとつまらないし,かといってどこかに出かけるわけでもない,
という結論から導き出される消極的な結論である。

今日は買い物に行く前に,CDを借りにツタヤに寄った。
だいたい2時ごろに出たのだが,駐車場は満杯。
予想通り,借りたいCDはすべて貸し出し中。
ラブ・サイケデリコとコナンのサントラを借りたかったのだが…
まあしょうがないか。

その後,立川の「HARD OFF」に。
目的は特にないが,ジャンク品を見るのは結構好きだ。
久方ぶりに五日市街道を通ってみると,街道沿いの景色が変わっている。
そういや,1年近くこの道を使った記憶がない。
西国分寺に住んでいたときは,結構使ったんだけれども。

立川のHARD OFFをぶらりと見て,北上。
自分の頭の中では,北側に立川駅があるはずだったのだが,本当は南。
モノレール沿いに走って,新青梅街道まで出て気が付いた。
地理感覚が狂ってしまったようだ。

Uターンして立川へ戻る。ま,特に用があったわけではないのだが,
立川駅自体久しぶりなので,北口あたりに車を回してみる。
元伊勢丹のビルにビッグカメラができたとかいっていたので,寄ってみた。
まあ,使えないこともないけど,車でのアクセスには向かないな。
ざっと見て,西国分寺駅のLEGAに寄って帰ってきた。

帰ったらもう6時半くらいだった。
あっという間に一日が終わってしまった感じがする。
明日は月曜日。また仕事…。そういえば薬(レソキタン)が切れかかっていた。
月曜日についでにもらってこよう。



2001年02月03日(土)
走り続けることはできるのかな(バイクに乗って)

晴れて暖かい休日は久しぶりだ。
ここしばらく,休日は雪ばっかりだったような気がする。
起きて外に出たら久方ぶりにバイクに乗りたくなった。
年末から一回もエンジンに火を入れていないので,
ここらで乗らないと調子が悪くなりそうだ。

車を出してバイクと入れ替える。2台あるので,入れ替えはそれなりに疲れる。
だけど,バイクと触れたとき,自分の中に培われてきた闘争本能のようなものが再び動き出すカンジがした。

20時間バイクに乗りっぱなしで名古屋から長野を経由して東京に帰ってきたこと,
クリスマスの極寒の中,中央高速を走ったこと,
雪の長野から恵那を抜けて名古屋へと戻ったこと
−−いろんな(無茶した)ことが頭をよぎる。
あのころは,歩くよりもバイクに乗ってる時間のほうが長かったな。

久しぶりにバイクに日の光を浴びせる。
チェーンにオイルをさして,軽く各部に給油してやる。
シートとかカウルなんかも軽く水拭きして,きれいにしてやると
何か自分が嬉しくなってくる。

1台のエンジンは,意外にも簡単にかかった。
もう1台はちょっとかかりにくかったが,
それでもチョークを引いてやると一発でかかった。
マフラーから白い煙が吹き出し,あたりにガソリンの匂いが立ちこめる。
近所迷惑なので,ちょっとだけにしてすぐにエンジンを切った。

その後,寿命の来たメットを買い換えに行こうと思い立った。
ただ,その前にアクセルが渋いのが気になったので,ばらして給油。
ついでにもう1台もアクセルに給油。すごく軽くなって気持ちがいい。
彼女に手伝ってもらったので,面倒な作業もラクだった。
あと,話し相手がいたので楽しかった。
自分のやってることを人に見てもらえるのは,うれしい。

田無のドライバーズ・スタンドへ行く。
メットはバイクの色に合わせて赤にしょうかと検討したが,結局,前と同じ黒に。
安売りしていたのもあるが,なんか赤のメットがなじまない。
そういや10年,メットはずっと黒だったな。
夏,死にそうに暑くなるんだけど…。まあいいや。



2001年02月02日(金)
今日はお嬢の誕生日

今日は,お嬢の誕生日。
彼女はいろいろ奇妙な縁あって今に至るが,今の僕にとっては妹のような存在。
彼女も昨年はじめくらいから,うつ病を発症して治療を続けている。

こういうときメールは便利だと思う。
久方ぶりの連絡でも,携帯メールならあまり唐突感がないから。
会社からメールを入れたら,すぐに返事が返ってきた。
実家ではなく,町田の友人のところにころがりこんでいるらしい。

昼休みに,電話をしてみた。
久しぶりだったので緊張したが思ったより気軽に話せてよかった。
僕がうつ病になったことは,今回初めてメールで明かしたのだが,
彼女はそれ以前から知っていた。家族がいろいろと相談していたらしい。
知らないところで苦労をかけてしまっていたな…。

お嬢と話をしたおかげで,かなり気分が良くなった。
だけど,お互いに相手のうつ状態を引っ張り出さないように気を遣っているあたり,うつ病患者の会話だなあ,と思った。
こういう性格だから,うつ病になるんやなあ。

その後は仕事のプレッシャーがきつくなって,
今日も飲むまいと思っていたけど結局夕方にレキソタンを2錠飲んだ。

外から見ればたいしたことないプレッシャーだけど,
絶望的なほどやりきれなくなって,
編集長に「僕はもうだめです」メールを出した。
その後,編集長がいろいろ相談にのってくれたので,かなり気分は楽になった。

ほんと,人に迷惑を掛けてばかりだ。
自己嫌悪が背筋をはい上がってきて,首筋からココロへと浸食する。
こんな不完全なココロなら,完全に壊れてしまえばいいのに,とも思う。



2001年02月01日(木)
久しぶりの記事でも書き出せば案外書けるものだ(1pだけだけど)

今日は午前中に取材があったため,
「どうにかしてさぼれないかな〜」とか思いながら起きた。
午前8時半。普通の社会人から見たら撲殺されかねないほど怠惰である。

電車に乗ったら,総武線の人身事故の影響で中央線が少し遅れていた。
先日,大久保駅で,落ちたヒトを助けようとして二人が巻き込まれて死んだ事件があったばかりだ。今日もヒトが死んだか大けがをしたのか。
人身事故というコトバの軽さと,事実の大きさのギャップは,
当事者以外はたぶんわからないのだと思う。

以前,四ツ谷駅で酔っぱらいのおっさんが,走り去る電車に何故か(腹が立ったのか?)ケリを入れようとして巻き込まれそうになったのを助けたことがある。
あのときは幸運にも,僕もそのおっさんもケガなくて済んだが,
仮に僕まで巻き込まれるような状況なら,僕はあっさり見捨てると思う。
そこまでお人好しになれない。

ともあれ,電車の遅れは微々たるものだったので取材には間に合った。
取材は,もう一人別の編集部の記者がいたおかげで,
プレッシャーが分散されるので楽だった。

ところが昼過ぎ,まだ執筆していない原稿,2月のNET&COM(展示会)の取材担当のコト,これからのこと−−を考えていたら鬱々とした気分が押し寄せてきてどうしようもなくなってきた。「今日は飲むまい」と決めたレキソタンを,2錠飲んでココロを落ち着けることにした。

レキソタンの効き目は,正直わかりづらい。
「効いてる〜」という感じがしないから。
以前,4錠いっぺんに飲んだときはさすがに足に来たので,
効果があるのはわかってるんだけども。
自分としては,1錠では?で,2錠でなんとなく効いてる?,4錠でふらふら,
という感じである。そういえば,3錠飲んだことはないな。

飲むと若干眠くなるときもあるが,今日はなんとか原稿執筆までテンションを高めることができた。おかげで初稿がいま僕の机の上にある。
書く前は,「どうやって原稿を書けばいいのか…」と,
地図なしで見知らぬ土地に迷い込んだような気分だったが,
書き始めれば意外にも書けるものだ。
これまでの経験が自分の中に「原稿執筆プログラム」みたいな回路を作り上げているんだろう。
ある程度,パターン化された原稿は脊髄反射でも書けるかもしれない。

そういえば今日も昼食を取っていない。
だが,いまのところ体重変化ほぼゼロなので問題はなさそうだ。
もともと食事する量自体が少ないことも関係しているんだろう。
ま,禁煙してから5キロ太ってしまったので,
そのラインまでは落ちても問題ないだろう。

ただ,貧血には気を付けないとまずいな。
最近,たまにふらつくのはそのせいだろう。
以前のように鉄剤を取る必要があるかもしれない。

今日−−正確には夕方からは比較的調子が良いようだ。
レキソタンのおかげか。原稿を書き上げて心理的に楽になったせいか。
ただ,まだヒトと積極的に話をするのは疲れるので避けたい。
今日も早めに帰宅しよう。



2001年01月31日(水)
昼食を取らない生活が続いている

1月に入ってから昼食をとった記憶がない。平日に限っての話だが。
空腹感は感じるが,食事をする意欲というものがわかない。
おそらく,生きる意欲の低下の余波みたいなものだろう。

昨日の診療で加藤先生にそのことは話した。
「1カ月で4キロの体重変動があったら危険」というようなコトを言われた。
その前に,僕がさんざん食事したくない(する気にならない)ことを話したからで,加藤先生のアドバイスは別段冷たいものではない。

しかしながら,昨日の「根が深いかもしれない」というコトバは痛かった。
いや,冷静に捉えればそれは単なる事実なのだから,
ドクターからすれば別に普通のことを話したということだろう。
だが,精神的に弱っている状況で,
僕は冷静に受け止めることはできなかったようだ。

簡単に言えば,ショックだった。

そのせいか,今朝も不安があり,レキソタンを2錠のんだ。
本当は4錠にしたかったが,くせになるのが怖くてやめた。
薬の残量には限りがある。
そんなに大量に飲み続けるわけにはいかないという判断もあった。

しかし…「うつ病」という現状脱却の希望は,原型をかろうじてとどめてはいるか,かなり砕けてしまったように思う。
治る見込みのある病気であると信じなければ,これから先に進むことはできない。
だが,果たしてこれから先に進めるだろうか。疑問だ。

死にたいとはあまり思わない。死ねば家族に迷惑がかかる。
また,ヒトが死ぬと多くのことが動く。
役所,銀行,生命保険,車,会社,ひとつひとつ整理していかなければならないだろう。
そんな面倒を家族に押しつけたくはない。

逆説的に,「ひとり暮らしで身寄りがなかったら?」と考えてみても,
やはり死ぬとは思わない。
社会の負け犬になって,ボロゾーキンのように街角に横たわるのはイヤだ。

どうあがいても生きることに執着があるわけで,
そう思っている限り大丈夫だと思う。
下手な自己憐憫は,自分のこれからの可能性まで否定してしまう。

だけど,本当に大丈夫だろうか…?
自分を保ち続けて,自分の存在を抹消することなしに,
自分を再び自分の認められる存在へ変えることができるだろうか?
正直,あまり自信はない。

帰る前に,やはりレキソタンを飲んでおこう。
これで今日も4錠のんだということになる。



2001年01月30日(火)
去る者は日々に疎しという

昨日のことがあってか,今朝の目覚めは最悪だった。
最近,夜中に必ず何回か目を覚まして,うとうとしながら朝を迎える毎日である。

今日,目覚めたら9時半だった。
それからぼんやり考え事をしていたら10時になった。
「やはり起きなきゃいかんよな…」と,布団を抜け出して1階へ降りていき,
薬を飲んで朝食(パン)を食べた。

出かける前に,レキソタンを4錠のんだ。
2錠で十分効くのだが,昨日の不安が「薬を増やせ!」という号令をかけたようだ。
そのおかげで,どことなく足下が頼りなかった。
こんなんで車にひかれたりホームから落ちるのはまっぴらなので,
気を付けて駅に行った。

会社へは直接行かなかった。通勤途中の電車で薬のせいでねむりこけて,
気が付いたら新宿だった。新宿で途中下車して,ふらふらとその辺を歩き回った。

モノはあふれかえっている。便利そうな顔をして,これを買えば幸せになれるように見せかけの顔をふりまいている。
だけど,僕はいま何も欲しいと思えない。
本当に欲しいのは,なんだかよく分からない。

「真実」というものが,欲しいとも思う。
だけど,真実はひとつではなくて,100人いれば100通りの真実がある。
僕の欲しい真実の形,というともう少し具体性を帯びてくるが,
それでも形はおぼろげにしかつかめない。

もっと考えれば,わかるかもしれない。
だけど,求めても仕方がないことかもしれない。
突き詰めていくと,生きていくことに通ずるものがあって,
そうなると,社会というものとの対立構造が自分自身の中で整理できなくなる。

今日は,もうシゴトはできない。
明日もできるかどうかわからない。

マシンになれば,感情を殺して文章を書きつづる−−読者に聞こえのいい文章を書くだけのキカイになりきってしまえば,原稿を書くこともできなくはない。
でも,そんなの書きたくもない。