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廣重毅師範の命日でした。廣重毅師範から指導を受けていた時間は約8年です。1番長い時間、指導を受けた先生と言う事になります。誰かの下で14年指導を受けていた期間の8年を廣重毅師範に指導を受けていたと言う事もそうですが、指導を受けていた期間の長さだけではなく、やはり生徒に空手を教える指導方法や教え方は廣重毅師範が私のお手本です。自分で道場を出して24年目なので、教えを受けていた時間より、教える側に立ってからの時間の方が長くなってしまいました。習うより慣れ、教える事は最大の学びと言うように、廣重毅師範に教えを受けていた時より、自分で考えて人に教えるようになってからの方が技術も人間的にも成長したと思います。その原点は廣重毅師範の指導方法だったと思います。本当に方法感謝しております。
最近、小さい子供達がたくさん入門してくれています。「よく生まれて来てくれたね!よくこの道場へ入門して来てくれたね!本当にありがとう!」と入門した道場生にも、私の道場を選んでくれたご父兄様にも心から感謝しています。私は空手を教えるのが大好きです。子供達の事も大好きです。もちろん一般の道場生達の事も大好きです。一生懸命に稽古している姿に尊敬の念を抱いています。私の道場に入門した事で自分の望んでいる物を是非、手にして自分の思い描く自分になって行って欲しいと思います。私は、それを提供する側ですが、私が思う事は、その人が極真空手をやって得られる事は、その人が望んだ事だと思っています。礼儀を身に付けたいと思って稽古している人は礼儀が身に付きます。強くなりたいと思って稽古している人は強くなります。カッコイイ男になりたいと思って稽古している人はカッコイイ男になります。そう思い描いて稽古に取り組めばそうなって行くものです。でもそうなろうと思わなければ、いくらそれを指導されても、そうはなりません。例えば礼儀なんてどうでも良いと思って稽古していたら、道場では叱られるから仕方なく礼儀正しくしているけれど、道場の外に出たら礼儀も何も無い人に戻ってしまいますし、空手を辞めたらなおそうなるでしょう。生じっか空手で強くなってしまったぶん、その礼儀の悪さが人に不快感を与え、自分の人生を不幸にしてしまうと思います。空手を始める入口は人それぞれ違って良いと思います。でも空手の稽古をする目的は1つであって欲しいと思います。子供達は特に試合で勝ちたいと言う事が目的になってしまいます。試合で勝とう、試合で勝とうとすればするほど自分本位になって行ってしまいます。試合で勝つのを目標にするのはとても良いです。でも目的は素晴らしい人になる事だと忘れないで欲しいと思います。自分が素晴らしい人間になるために空手をやっているのだといつも念頭において欲しいと思います。そうすれば必ず空手をやった事で自分の人生を輝かせ、周りの人達を幸せにする事が出来ます。そんな事を念頭に私は生徒達に指導して行きたいと思います。
自分が非日常的な状況になると、今までは普通に思えていた事が特別に感じたり、ふとした事がキラキラと輝いて見えたり、当たり前と思っていた事に感謝を感じたりします。私も約2年半前に受けた股関節の手術の後にそんな事がありました。でも人間と言うのは喉元を過ぎてしまうとその体験した気持を忘れてしまいます。だからたまにはその事を思い出す作業をしければいけないと思います。私は股関節が人工関節になったので普段から気を付けなければいけない事があります。それと大きな傷跡があるので、結構その時の事を思い出したりします。そのおかげで、あの時に感じた事を今も忘れずにいる事が出来ているような気がしています。
長男の琥白が湘南ミュージックハイスクールに入学しました。入学式での先生方の話はとても情熱を感じ感動しました。この学校に入学する人達は自分のやりたい事をやるために入学したのだと思います。この高校は皆が通う普通の高校ではないので、ある意味で言えば、良い大学に進学したり良い会社に入社すると言うレールからは外れた人達だと言っても良いのかもしれません。なかにはよい高校に入学する事が可能だった人もいたかもしれません。だから自分のやりたい事をやるという事はリスクも伴うとても怖い事です。彼らは若さという最大の武器である「自分のやりたい事をやる、夢を追いかける」と言う力を持っていたから、リスクの高い自分の道を選択できたのだと思います。若い人が持つ最大の武器を手にして入学式に臨む子供達の姿がピカピカに光って見えました。でも私だって普通の感覚を持った親です。一生懸命に勉強して少しでも学力を上げで少しでも学力の高い高校に入学して欲しいと思わないわけではありません。しかし琥白のギタリストになるという夢を側でずっと支え続けて来た妻の姿や琥白を思う妻の姿を私は見てきましたし、琥白の進路を妻と話しあった時に妻の話を聞いていて、私が口を挟む必要はないと感じました。琥白と妻が話し合って出した答えに私が口を挟む余地がないほど2人の考えは正しいと思いました。琥白の最大の理解者は妻だと思います。悔しい気持ちもあるけれど2人の絆のなかには私も入り込む余地はないように感じています。ここまで琥白を陰に日向に見守り支えて来た妻には本当に本当に感謝しています。この決断の結末がどうなろうと私は妻と琥白の選択は間違っていないと思っています。琥白には1流のギタリストになって妻に孝行して欲しいと思います。
この時期は環境の変化と共に自分の生きて行く道を選択する時期なので空手を辞めてしまう人も多い時期です。そして逆に新しい事を始める時期でもあるので空手を始める人も多い時期です。空手を辞めてしまう人に対しても、空手を始める人に対しても「空手を始めようと思いってくれたこと、そして私の道場を選んでくれたこと、私と出会ってくれたことに心から感謝をしています。本当にありがとうございます。」と思っています。本当は毎回の稽古のなかで、その気持を伝えなくてはならないのだと思います。私が至らなくて、もう辞めてしまった人のなかには、私のその気持を伝える事が出来ずに辞めてしまった人もいると思います。本当に申し訳なく思っています。なのでこの場を借りて感謝の気持を伝えさせて頂きます。このブログを見てくれる事を祈りたいと思います。「私の道場に入門してくれて本当にありがとうございました。私と出会ってくれて本当にありがとうございました。またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。」極真空手を始めた事でたくさんの素晴らしい出会いがありました。もっともっとその出会いを大切にすれば良かったと反省しています。これからは感謝の気持をちゃんと自分の口で伝えて行きたいと思います。
長男の琥白が入学する湘南ミュージックハイスクールの入学式に参列して来ました。先生方の話を聞いていて、とても情熱が伝わって来て感動する入学式でした。音楽の学校なだけに入学式でかかる演奏の全てが生演奏でした。入学式のあとに新入生歓迎演奏会があり、それもとても感動しました。自分が本当にやりたい事を習える学校って素晴らしいなと思いました。自分のやりたい事が習える学校があったと言う事は本当に幸運だと思います。「琥白、おもいっきり青春を楽しんでくれ!自分が本当にやりたい事をやって、なりたい自分になってくれ!人生をおもいっきり楽しんでくれ!今日はありがとう!琥白の成長を見ていつも楽しんでいるよ!琥白の成長を見ていつも幸せをいっぱいもらっているよ!」
初めて極真会と書いてある道着に手を通した時はとても嬉しかった。あの松井章圭選手や黒澤浩樹選手や増田章選手やアンディ・フグ選手やマイケル・トンプソン選手やピーター・スミット選手と同じ道着を着てるんだと思うとそれだけで強くなった気持になれました。極真空手は私の中では地上最強の空手、地上最強の格闘技だと思っていました。1番厳しい稽古をしているのが極真空手だと思っていました。この世の暴力の頂点を経験したいと思い極真空手の道場の門を叩きました。今でもその思いは変わっていません。誰よりも強くなりたいと思っています。
私は約3年前に受けた手術で危険な状況になりました。悔いが残らないように手術の前日まで稽古やトレーニングをしました。そして手術が終わり目を覚まし自分が生きていたと言う事が理解出来た時に「また頑張って生きよう」と思いました。そこから数日間は生きているだけで精一杯な状態でした。1番苦しい時は極真空手の試合の動画を見て「自分も頑張ろう!」と思いました。松井館長や数見先輩や黒澤先生の試合の動画を見ました。そして少しずつ元気になった時に思った事は稽古やトレーニングをしたいでした。自分は極真空手が大好きなんだなー!と思いました。そんな事は極真空手を始める前から分かっていた事ですが、自分が死を身近に感じた時も自分の身体が動かない時もずっと稽古やトレーニングの事を考えていた時に、改めて自分がどれだけ極真空手が好きかを再確認しました。そんなに好きな事を自分の生業に出来たのだから、自分の選択も自分の歩んで来た人生も間違っていなかったんだと思いました。極真空手大好き選手権大会があったら私は、きっと優勝出来るんじゃないかと思っています。
私がこの空手の世界で先生だと思っている方はたくさんいるのですが、私に大きな影響を与えてくれた私が先生と呼べる方々を書きたいと思います。魏桜流拳法時代の菊地信弘先生、極真会館福島県北支部時代の三瓶啓二師範、梶川裕史先輩、滝嶋邦彦先輩、堀江崇先輩、城西支部阿佐ヶ谷道場時代の黒澤浩樹先生、根本清志先輩、島端明先輩、極真会館城南川崎支部時代の廣重毅師範、川原奈穂樹先輩、数見肇先輩、佐伯健徳先輩、岩崎達也先輩、高久昌義先輩、竹石修先輩、阪田徹先輩、木浪利紀先輩です。この方達以外にも出稽古などでお世話になり大きな影響を受けた師範や先生もいらっしゃいますが、道場に所属して教えを頂き大きな影響を受けた方々を先生とさせて頂きました。
私は左上段回し蹴りが得意で現役時代は結構一本勝ちや技有りを取りました。そのなかで相手が倒れて失神させた完全な一本勝ちは6回でした。18歳から34歳まで16年で約130試合して完全な一本勝ちは6回なので、そんなに凄く多くはありませんが、左上段回し蹴りは稽古の組手や試合でも狙って当てる事が出来ました。あの感覚はいったい何だったのだろうと思います。当たる瞬間に相手も自分も少しスローになる不思議な感じでした。偶然ではなく蹴る前に当たる事がハッキリと予測出来ている感覚でした。その当たる事が予測出来ている感覚で蹴ると相手に上段回し蹴りが当たる瞬間から相手が倒れる瞬間までがスローになりました。たぶん狙って一本勝ち出来る人には分かると思います。
kanno
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