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2026年03月29日(日) お墓参りとLIVE

昼過ぎに真白が帰って来たので、一緒に錦糸町にある母方の先祖のお墓参りへ行きました。母へお墓参りをした事を報告したら、今日はおばあちゃんの命日だったそうです。これは、おばあちゃんに呼ばれたなと思いました。今日は絶対にお墓参りに行かなきゃと何故か思った事も、友達と遊んで帰って来た真白が素直にお墓参りに一緒に行ってくれた事も偶然ではない気がしてなりません。私はおばあちゃんに会った事はありません。私が生まれたのは2月1日でおばあちゃんが亡くなったのは、すぐ後の3月29日だから会う事は出来ませんでした。でもおばあちゃんは私が生まれた事を知って、とても喜んでくれたそうです。おばあちゃんはもう寝たきりでしたが、私のために鎧兜を買うお金を用意してくれたそうです。母は末っ子なので、おばあちゃんはとても安心したらしく「もういつ死んでもよい。」と言っていたそうです。私は20代の頃からよくお墓参りに来ました。試合の前や福島に帰る前などは必ずお墓参りをしました。自分を見つめ直す時もお墓参りをしました。そんな時にいつも自分は何かに守られている事を感じます。お墓参りのあと両国で下車してもんじゃとお好み焼きを食べました。その後、長男のLIVEがあるので蒲田に電車で向かったのですが、大森駅で電車が止まってしまいました。どうやら川崎で人身事故があったようでした。仕方ないので電車を降りて、バスで蒲田まで行きました。なんとか長男の演奏の前にギリギリ着く事が出来ました。久しぶりに琥白の演奏を聴きましたが、とても上手になっていました。お客さんもとても多く、ライブハウスが人でいっぱいになっていました。とてもよい演奏でした。


2026年03月28日(土) 今が1番

人生の中で、いつが1番楽しいかと言ったら今が1番楽しいです。人生の中でいつが1番幸せかと言ったら今が1番幸せです。もちろんその時その時にしか味わえない楽しさや幸せと言うものがあります。でも53歳という今しか味わえない楽しさや幸せをちゃんと味わっているから、今が1番だと言う事が出来ます。登って行く時の楽しさや幸せもあるけれど、下って行く時の楽しさや幸せもあります。そして歳をとって良い事は、若い頃は自分の努力で楽しさや幸せや感動を作り出していたのが、歳をとった今は、それを周りの人達が私に運んで来てくれます。人生は今が1番です。今しかない今を一生懸命に生きれば、楽しい事も幸せも感動も周りが運んで来てくれます。


2026年03月27日(金) 53歳になっても

53歳になって、空手の稽古やトレーニングがこんなに楽しいなんて、若い頃は思ってもいませんでした。この歳になって自分はこんなに空手が好きだったんだと再確認させられています。最初の予定は1999年の第7回世界大会で優勝して引退をするでした。ハルマゲドンでこの世も終わるかもしれないし、ちょうど良いと思っていました。それから27年が経つんだから、その歳までの時間をもう1度繰り返すぐらい空手をやった事になります。本当に空手は楽しいです。そんな事も語って行きたいと思います。


2026年03月26日(木) 分裂

城南支部と言う道場は一騎当千の強者が集まる梁山泊のような道場でした。本当に豪傑ぞろいでした。城南支部は分裂に分裂を繰り返し、皆んなバラバラになってしまいましたが、今になって考えてみれば、あの個性の強いメンバーが1つ所にいた事が奇跡だった様な気もします。城南支部ほど別れ別れになった支部もないだろうと言うぐらい分裂しているので、全ての極真と名のつく団体に城南支部出身の人がいるなんて言われています。自流を立ち上げた人も1番多いのではないかと思います。良く言えば、それだけ個性が強く自分の考えを持っている凄い人達が集まっていたんだろうと思います。悪く言えば、皆んな自分勝手で協調性が無かったのかもしれません。私個人としては城南支部を愛していますし、分かれても心では繋がっていると思っています。別れた先輩や後輩に負けるのは悔しいけど、その人達のカッコ悪い話を聞くのは嫌な気持になります。別れても先輩は先輩らしくしカッコつけて欲しいと思います。後輩は会った時ぐらいはその時のお互いの立ち位置に戻って、先輩を立てて可愛らしくして欲しいと思います。違う組織にいても、その組織の中で頑張って欲しいと思います。


2026年03月25日(水) ツケ

久しぶりに歯医者に行きました。差歯が取れたので直しに行ったのですがなかなか悪い状態だったらしく差歯を作り変える事になりました。刃を削るので麻酔を打つ事になり、軽い気持ちで来ていたので、少し緊張しましたが、やはり人間というものは慣れるもので、約18年前にも歯を何本も抜いて差歯にしたり、今まで5回の手術を経験しているので、痛みには強くなっているようでした。若い頃に歯を大切にしなかったツケが来ています。歯は替えが利かないので本当に大切にした方が良いです。50歳にもなると若い頃の不摂生が身体のあちこちに出てきます。でもだからこそ、これからはもっと健康に気を使って食事や運動をしっかりやろうと思います。健康に生きられるのならば頑張って100歳まで生きたいと思います。


2026年03月24日(火) 次男の小学校の卒業式

次男の真白の小学校の卒業式でした。入学式はコロナ禍真っ只中だったので、校庭で入学式をしました。凄く遠くから次男を見ていた記憶が残っています。あれから6年も経つなんて本当に時が過ぎるのは早いなと思います。可愛さが残る子供達もすっかり大人っぽくなっていました。真白は私のスーツを来て卒業式に出ました。なんと私のスーツがピッタリでした。私は身長が172センチあります。なのでズボンの裾が長いかと思っていたら、ズボンもピッタリでした。次男の身長は160センチなので、私が足が短いのか?次男が足が長いのか?だと思います。次男の成長のあれこれを考えていると涙が止まらなくなりました。次男が健康で大きく育ち小学校を卒業出来た事を妻に感謝しています。子育ては妻に任せっきりだったので本当に妻のおかげだと思っています。学校の先生方やお友達やご父兄様や地域の方々にも感謝しています。次男がどんな大人になるのか?とても楽しみです。楽しくて優しくて強い人になって欲しいと思います。気は優しくて力持ちと言う人になってくれたら嬉しいです。「真白が生まれてからパパはずっと幸せです!真白には、たくさん笑顔にしてもらいました。パパも辛い時もあったけど真白がいたから笑顔で頑張る事が出来ました。いつもパパにパワーをくれる真白に感謝しています。いつも家族に笑いを提供してくれる真白は菅野家のムードメーカーです。これからもたくさんの人を笑わせて下さい。真白の彼女も見れて幸せな気分になりました!真白、健康に大きくなってくれてありがとう!」


2026年03月23日(月) 持つべきものは友

昨日の夜に親友からLINEのテレビ電話が来ました。親友も飲んでいて、私も飲んでいたので、20分ほど、飲みながら2人でいろいろと話をしました。本当に嬉しかったです。友達は本当に良いものです。持つべきものは友と言いますが、本当にそう思います。友達は、お金では買えない物の1つだと思います。友達は、お金では買えない大切な財産と言える宝物だと思います。今の私にそう言う友達が何人かいますが、そんな友達が今の私にいるのは、その親友のおかげです。私が曲った道を行ってしまった時に、私を面と向かって怒って、私と喧嘩してくれました。私もその場では言い返しましたが、親友に言われた言葉は私にガツーンとショックを与えてくれました。その時に私は反省し自分を変えて行く事が出来ました。そのおかげで友達みんなから愛想を尽かされずに済みました。本当に感謝しています。私も友達と話している時は気持も言葉も昔に戻ってと言うか、本当の自分に戻って気兼ねなく話す事が出来ます。こんな自分にも友達呼べる人がちゃんと残っていて本当に良かったと思っています。


2026年03月22日(日) 私の運営する

今日は私の運営する国際空手道連盟極真会館東京城南京浜支部の2026年春季昇級審査会および2026年春季極真ルール組手競技支部内交流試合を行いました。出場した選手の皆さん、お疲れ様でした。怪我があればしっかりとケアしてまた稽古に励んで行きましょう。子供達のためにあたたかい声援を頂きましたご父兄様にも感謝を申し上げます。


2026年03月21日(土) 卒業シーズン

卒業シーズンですね。卒業と言えば思い出す曲は「マイレボリューション」これは謝恩会でクラスの皆で歌ったからと当時、私が好きだった女の子が泣きながら歌っていたので、その情景が頭に浮かびます。次は「仰げば尊し」卒業式で泣きながら歌いました。次は「蛍の光」在校生が歌う蛍の光は心に響くものがありました。次は「タンホイザー行進曲」卒業式で卒業生が歌いました。メチャクチャ怖かった音楽の先生が泣きながら指揮をしている姿を見て、福島第三中学校の不良少年はみんな涙を流しました。次は「贈る言葉」です。この曲も卒業シーズンに流れるので泣いてしまいます。次は「じゃあね」です。これも別れの季節には泣ける曲です。もう大人になって聴いたのですが、その頃の自分を思い出してグッと来てしまう曲は「3月9日」です。私が泣いた卒業式は中学校の卒業式でした。中学校の卒業式はみんなで泣きました。仲間達との別れを思い、好きな人との別れを思い、過ぎて行く時を寂しく思い、あの時に一緒に涙を流した仲間達は会うことがなくても私の心の中にずっと残っています。


2026年03月20日(金) 上京する時に

私は1993年3月に東京に上京する前に、アパートを決めるためと所属道場を決めるために、1992年の冬休みに3泊4日で東京に来ました。その時に見学をした道場は城西支部阿佐ヶ谷道場と城西支部三軒茶屋道場と城南支部恵比寿道場でした。結局、私は黒澤浩樹先生の城西支部阿佐ヶ谷道場を選ぶのですが、その後、城南支部恵比寿道場の指導員になったり、城西支部三軒茶屋道場へ出稽古に行く事になりました。やはり縁があったのかな?と思います。


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