DiaryINDEX過去の日記
2026年03月19日(木) 長男の中学校の卒業式

長男の琥白の中学校の卒業式に妻と参列しました。入学式が少し前の事のように感じるのに、今日はもう卒業式です。入学の時は私の方が長男より背が高かったのに、3年であっという間に抜かれてしまいました。長男はけっこうドライなのに、卒業式の退場の時は泣いていました。卒業式の受付で、琥白から私と妻への手紙を受け取りました。その手紙の封筒には、「Dear Mam&Dad」「菅野琥白」と書いてあり、手紙には「卒業式へようこそ この式が終わったら ついに念願の高校に入学することができます。高校に入学したらギタリストとしてプロになる活動をしていきたいと思っています。世界へ羽ばたくギタリストの第一歩をごらんください。」と書いてありました。どこからその自信はくるのだ!?と言う思いもありながら、根拠のない自信を持って夢に向う事が、夢への第一歩だと思うので、それはとても良い事だと思います。そしてその手紙を読んだ瞬間、私はやはり琥白は僕の血をしっかりと受け継いでいる事を感じました。私の父も中卒で大きな夢を持ち会社を設立しましたし、私も空手のチャンピオンになって空手で飯を食っていくと言って東京へ出てきました。そこに根拠なんてありませんでしたが自信はありました。琥白にもその血が流れていたのか?!と思って熱い気持ちになりました。こうなったら、琥白の世界へ羽ばたくギタリストの第一歩と言うやつを特等席で見せてもらおうと思います。その夢の結末がどうなるか?は分かりませんが、最期までとは行きませんが、何処まで行けるか?私の命があるうちは見ていてあげたいと思います。妻がファン1号だから、私はファン2号の座を頂きたいと思います。私も自分が中学校の卒業式を思い出したりして、涙が止まらなくなってしまいました。「琥白!卒業おめでとう!世界へ羽ばたくギタリスト!パパはファン2号として特等席で君の人生を応援して行くよ!」


2026年03月18日(水) 出稽古

城南支部には出稽古に来る人がたくさんいました。私が覚えているのは、ギャリー・オニール選手、ウォルター・シュナーベルト選手、ニコラス・ペタス選手、田中健太郎選手、福井裕樹選手、小坂武史選手、ケビン・ベイカー選手、ロビン・ハモンド選手、その他の格闘技の選手も出稽古に来ていました。ここに書かせて頂いた方とは組手もさせて頂きました。城南支部にいたおかげでけっこう強い選手と手を合わせる事が出来ました。試合でもたくさん強い人と試合をさせて頂きましたが、やっぱり城南の先輩方は本当に強かったです。怪物のような先輩方と普段から稽古していたので、勝ち負けは別としても、その強い選手達と試合や組手をしても恐怖を感じたり倒されたり心を折られるほどやられた事はなく普通に受け返しをして組手をする事が出来ました。城南の組手はどっしり構えて練足で動いてしっかり受けて返す組手だったので、しっかりと組手が出来たのは、それもあったのかもな?と思います。その経験は私の宝物として財産になっています。


2026年03月17日(火) 嬉しかった言葉

城西支部阿佐ヶ谷道場に所属していた時に根本先輩にもとてもお世話になりました。根本先輩は黒澤先生に対しても、もっとこうした方が良いと思います。と言う感じで、しっかりと意見を言う先輩でした。根本先輩にもいろいろとご指導頂きました。今でも教訓になっている事がたくさんあります。根本先輩に言われた言葉でとても嬉しかった、今でも覚えている言葉があります。私は黒澤先生と一緒に行動する時間が長かったので、可愛がって頂いた反面、厳しく叱られる事もたくさんありました。根本先輩が他の茶帯の人達に「菅野は黒澤先輩によく怒られているけど、それは菅野は一生懸命にやっているから怒られるんだ。お前らが怒られないのは菅野よりしっかり出来るからじゃなく、黒澤先輩に相手にされていないだけだ。」と言いました。その言葉を聞いて、とても嬉しかったです。


2026年03月16日(月) 3月も後半に

3月も後半に入りました。子供達も卒業式、終業式、春休みが始まって行きます。別れと出会いの季節ですが、別れの悲しみや出会いの喜びに左右されすぎずに毎日を変わらずに元気に過ごして行こうと思います。


2026年03月15日(日) まだまだ

私は極真空手に一生懸命に取り組んで36年が経ちました。そして私は今、こう思っています。何かに一生懸命に取り組んだら、どんな人間だって忍耐の精神が身に付きます。何かに一生懸命に取り組んだら、どんな人間だって礼節を覚えます。何かに一生懸命に取り組んだら、どんな人間だって尊敬と感謝の気持が芽生えます。何かに一生懸命に取り組んだら、どんな人間だって神の存在を大切にするようになります。何かに一生懸命に取り組んだら、どんな人間だって、その取り組んでいる事の伝統や風習や仕来りを重んじるようになります。そこまで行って初めて武道を語る事の出来る人間になるのではないかと思います。私も36年間、一生懸命に取り組んだおかげでこのぐらいの事は言えるようになりました。しかし自分の心と身体の芯まで、その本質を理解しているか?自分の存在からその薫習が出ているか?と言われれば、それはまだまだ、だと思っています。


2026年03月14日(土) 長男の野球、次男の空手

長男は中学校で3年生を送ると言う後輩との試合でした。長男はピッチャーでおさえ、バッターでもツーベースヒットで盗塁も決めたそうです。頑張った事が実って良かったです。次男は2026年春季東東京大会でした。負けてしまいましたが、今までで1番良い試合でした。本当に頑張っていました。次男が試合をさせて頂いた相手が、私が23歳の時に首都圏交流試合で試合をした瀬戸先生のご子息でした。30年後に子供同士が戦う事になるなんて凄い縁だなと思いました。もうそれだけで大感動でした。だから極真っていいのよー!って思いながら試合を観ていました。そして主審が鈴木支部長と言うのも大感動です。本当に極真っていいな〜!って思います。次男の戦っている姿は少し私に似ていました。こんな感動をもらえたのも次男が今まで頑張って空手を続けてくれたからです。真白、感動をありがとうー!


2026年03月13日(金) 結婚式から16年

今日は妻と結婚式をした記念日でした。本当に時が経ちのは早いもので、あれから16年が経ってしまいました。2010年3月13日土曜日は私の人生最高の日でした。絵に描いたような幸せな瞬間でした。もし1日だけ過去に戻れるなら私はあの結婚式の日を選びます。もう1度戻れたなら、もっともっと楽しもうと思います。もっともっと参列してくれた方々や両親や友達に「ありがとう!」を言いたいと思います。私が妻と付き合った頃は現役最後の試合が終わって約4ヶ月後でした。私は全日本ウエイト制大会の3回戦で敗退し世界大会の代表にはなれず、それが現役最後の試合となりました。自分の最後がこんな結末だった事に失望していました。この結末を知っていたら、自分は東京に来ていただろうか?自分の歩んできた道は正しかったのだろうか?などもう自分を否定ばかりして、自分を慰められないほどに落ち込んでいました。そして思った事は「幸せになろう」でした。幸せになる事を目標に生きて行こうという目標を立てました。そんな時に友達だった妻から連絡が来ました。何度か会ううちに妻の事を好きになり「もし自分がこんな可愛い人と付き合う事が出来たら、自分は幸せだと世界中の人に言えるんじゃないか?」と思いました。私と妻は年齢的差が10歳もあったので、私の事は友達としか見ていないだろうと思っていました。でもここで勇気を出さなければ一生後悔すると思い、勇気を振り絞って妻に告白をしました。妻に告白をする頃、自分を勇気付けるためにドリカムの決戦は金曜日を聴いていました。そして妻と付き合って結婚して、結婚式の日、みんなの前で胸を張って自分は幸せだと思う事が出来ました。自分と自分のそれまでの人生を「これで良かった!」と肯定できた瞬間でした。あれから16年が経ちましたが、私は今もあの時と変わらない気持で生きています。妻には心から感謝しています。今日はホワイトデーのお返しも兼ねて妻にケーキを買って行きました。


2026年03月12日(木) 満たされる事はない

私は弱い人間です。全然強い人間ではありません。だからその自分の弱さに負けたくないと思い、弱い自分と戦いながら生きて来ました。でもその結果、人より、ほんの少しだけ肉体的にも技術的にも精神的にも強い人間になる事が出来たと思っています。考えてみれば、身体も頭も心も弱かった自分は、強くならずには生きる事が出来なかったと思います。弱かった頃に思った強くなりたいと言う渇望は、ほんの少しだけ人より強くなった今も満たされず、強くなりたいと思った理想の自分を追いかけ続けて、今を生きています。たぶんこの満たされない心は、私がどんなに強くなったとしても、私がこの世から去る日まで、満たされる事はないのだろうと思います。だから私は死ぬまで強さを追い求めようと思います。そして極真空手道を全うしたいと思います。


2026年03月11日(水) 自分にさえ負けなければ、それでいい

毎日のトレーニングや稽古の中で、いつも自分に言い聞かせている言葉があります。それは「自分にさえ負けなければ、それでいい」です。この言葉はダルくてトレーニングや稽古をしたくない時や、気持ちが上がらない時に自分に言い聞かせる呪文のような言葉です。私は本当に弱い人間です。53年も生きていて、朝は毎日眠たいし、53年も生きていて、ダメなところだらけな人間です。だからそんな弱い自分にだけは負けたくない!そう思って頑張っています。自分に負けなかったと思えるトレーニングが出来た後ははとても爽快で、自分に負けなかったと思えた日はとても幸せです。そんな毎日をただただ積み重ねて生きたいと思っています。


2026年03月10日(火) 久しぶりに痛める

何故か左の手首が痛くなりました。手首を痛めるなんて本当に久しぶりです。20代の頃は、激しい組手を毎日やっていたので、しょっちゅう手首を痛めていましたが、現役を引退してからは、手首を痛めるなんて事はありませんでした。手首が痛いと意外と不自由です。こんな動きも手首を使っていたんだと気が付きます。基本稽古の裏拳は手首が痛くてスナップが効かないので出来ません。たまには何処かを痛めて不自由さを感じる事も必要だなと思います。


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