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2026年03月12日(木) 満たされる事はない

私は弱い人間です。全然強い人間ではありません。だからその自分の弱さに負けたくないと思い、弱い自分と戦いながら生きて来ました。でもその結果、人より、ほんの少しだけ肉体的にも技術的にも精神的にも強い人間になる事が出来たと思っています。考えてみれば、身体も頭も心も弱かった自分は、強くならずには生きる事が出来なかったと思います。弱かった頃に思った強くなりたいと言う渇望は、ほんの少しだけ人より強くなった今も満たされず、強くなりたいと思った理想の自分を追いかけ続けて、今を生きています。たぶんこの満たされない心は、私がどんなに強くなったとしても、私がこの世から去る日まで、満たされる事はないのだろうと思います。だから私は死ぬまで強さを追い求めようと思います。そして極真空手道を全うしたいと思います。


2026年03月11日(水) 自分にさえ負けなければ、それでいい

毎日のトレーニングや稽古の中で、いつも自分に言い聞かせている言葉があります。それは「自分にさえ負けなければ、それでいい」です。この言葉はダルくてトレーニングや稽古をしたくない時や、気持ちが上がらない時に自分に言い聞かせる呪文のような言葉です。私は本当に弱い人間です。53年も生きていて、朝は毎日眠たいし、53年も生きていて、ダメなところだらけな人間です。だからそんな弱い自分にだけは負けたくない!そう思って頑張っています。自分に負けなかったと思えるトレーニングが出来た後ははとても爽快で、自分に負けなかったと思えた日はとても幸せです。そんな毎日をただただ積み重ねて生きたいと思っています。


2026年03月10日(火) 久しぶりに痛める

何故か左の手首が痛くなりました。手首を痛めるなんて本当に久しぶりです。20代の頃は、激しい組手を毎日やっていたので、しょっちゅう手首を痛めていましたが、現役を引退してからは、手首を痛めるなんて事はありませんでした。手首が痛いと意外と不自由です。こんな動きも手首を使っていたんだと気が付きます。基本稽古の裏拳は手首が痛くてスナップが効かないので出来ません。たまには何処かを痛めて不自由さを感じる事も必要だなと思います。


2026年03月09日(月) 黒澤浩樹先生との思い出3

1993年に行われた第25回全日本空手道選手権大会で黒澤浩樹先生のセコンドを務めさせて頂きました。セコンドの仕事は、パンフレットに全選手の体重や試し割りの枚数を記入したり、試合数からだいたい何時頃に試合になるかを調べておいたり、現在の試合数を調べておいたり、先生のウォーミングアップで時間を測ったり、着替えや水やバケツなどを用意したり、試合場に上がるまで履いているサンダルを持ったり、ベンチコートを持ったり、試合中に時間を測ったり、先生に頼まれた事をしたりします。試合に挑む姿や集中の仕方やウォーミングアップの仕方など、いろいろ勉強になりました。1番は1流の選手の試合に挑む姿勢を間近で見ることが出来た事は本当によい経験になりました。黒澤浩樹先生の試合場に上がる時の気迫は本当に凄かったです。オーラ出まくりという感じです。オーラが見えない人にもオーラが見えるぐらいの気迫でした。


2026年03月08日(日) それを決めるのは君だよ。

「ひゃくえむ」が大好きです。映画のオープニングに富樫が小宮が「この世界には、凄く簡単なルールがあるんだ、大抵の事は、100mを誰よりも速く走れば、全部解決する」と言います。小宮は富樫に「それって、今からでも速くなれるかな?」と聞きます。小宮は「それを決めるのは君だよ。」と答えます。このシンプルな言葉が私の胸に強く響きました。何かになると決めるのは、いつも自分です。逆に言えば、それは自分にしか決める事は出来ません。だから自分がなると決めなければダメなんです。なると決めたところから自分にしか作れない物語が始まります。だから決めてほしいです!俺は〜になる!と。


2026年03月07日(土) WBC観戦

昔はWBCと言ったらボクシングでしたが、今はWBCと言ったら野球になってしまいました。今日は家族で夕食を食べながらWBCの日本対韓国を観戦しました。初回で韓国に3点を取られた時は、どうなることか?と思いましたが、日本が勝利しました。大谷、鈴木、吉田の3選手が連続ホームランが凄かったです!韓国のピッチャーのコ・ヨンピョ選手とホームランを打ったキム・ヘソン選手も良かったです。チャイニーズ・タイペイ、韓国、日本とアジアの国も活躍している事は凄い事だなと思いました。私が応援しているのは岡本選手と村上選手です。メジャー組は本当に凄いと思いますが、やっぱり昨年まで日本のプロ野球で活躍していた2人を応援してしまいます。私は岡本選手と村上選手のホームランを生で見ているので思い入れも強いです。牧選手も佐藤選手も応援しています。アメリカも今までより強い選手を出して来ているようですが、頑張って日本に優勝して欲しいと思います。野球は本当に見ていて面白いスポーツだと思います。今年も巨人とヤクルトを応援します。神宮球場に野球観戦に行きたいと思います。ビールを飲みながら野球観戦は本当に最高です!


2026年03月06日(金) 黒澤浩樹先生との思い出2

1993年の7月末に、黒澤浩樹先生の運営する城西支部阿佐ヶ谷道場と私の古巣である福島県北支部が合同で夏合宿を行う事になりました。私も参加したのですが、現地集合現地解散だったので、私は先に帰郷して、東北自動車道の西インターまで黒澤先生や先輩方を迎えに行き、合宿所まで私が車で先導させて頂きました。合宿は2泊3日で行われたました。合宿中に黒澤先生が銭湯に行きたいと言う事で私が近くの銭湯へ先生や黒帯の先輩方を案内させて頂きました。私はまだ黄帯でしたが、いろいろな事で先生には気に入って頂き、先生や黒帯の先輩方と一緒に行動させて頂きました。私の運転する車に黒澤先生と島端先輩が乗っていて、帰りに少しドライブに行き、信夫山の夜景を見に行ったりコンビニに行ったりしました。帰りも先生を西インターまで先導させて頂きました。黒澤先生には、本当に可愛がって頂きました。とても良い思い出です。


2026年03月05日(木) 根拠のない自信

少し前に長男が何を思ったのか?私に「俺のギターの才能は、パパの空手の才能と比べて、どっちが才能あるか?と言ったら、俺の方が才能は上だと思う。」と言って来ました。私も大人気ないけれど「俺は極真空手が大ブームで1つの道場の1回の稽古が30〜40人でいっぱいになるような時期で常に2000人が在籍するような道場で何人も取れないような黒帯を取得して指導員になり、何万人が極真空手をやっている時期に128名しか出場出来ない全日本大会に出場しベスト16に入り、体重別の全日本大会でチャンピオンになったり入賞したりした人にも何回か勝った事があり、TVや雑誌にも出た事があるんだぞ。そして俺はその空手でご飯が食べれてるんだぞ、お前はそうなれるのか?」と言ったら、「そんなの絶対なれるでしょ!」と言っていました。でも私も考えてみれば10代の頃は何も根拠なんて無かったけど、何故か自信だけはあったと思います。根拠のない自信が、自分の原動力だったかも知れません。自分が成れると思わなくては、成れるものにすら成れないと思うので、「その根拠のない自信はいい事だ」と褒めてあげました。


2026年03月04日(水) 黒澤浩樹先生との思い出

城西支部阿佐ヶ谷道場で黒澤浩樹先生のご指導を頂いていた時に、黒澤浩樹先生が個人的に行った強化合宿に同行させて頂いた事がありました。場所はよく覚えていないのですが、伊勢原とか相模原とかだったと思います。時期は8月の末ぐらいだったと思います。メンバーは黒澤浩樹先生、島端明先輩、水島良治先輩と私でした。ビジネスホテルに泊まって3泊4日で行ったと思います。玉木哲郎先生の指導でウエイトトレーニングのスクワットのフォームの見直しと、蹴りのフォームの見直しをすると言う趣旨で行われたトレーニング合宿でした。私は先生のウエイトトレーニングや蹴りのフォームを撮影する役で合宿に同行させて頂きました。あまり細かい事は思い出せないのですが、ホテルの近くの広場でダッシュやダックウォークをした事、玉木哲郎先生の自宅で撮影したビデオを見た事、島端明先輩と組手をした事、ホテルで黒澤浩樹先生といろんな話をした事、最後の日の夜に黒澤浩樹先生と玉木哲郎先生と島端明先輩と水島良治先輩と私でステーキ屋に行った事、などを覚えています。黒澤浩樹先生から聞いた話で覚えているのは、先生が玉木哲郎先生と映画のチャンプを見た時の話や日露戦争の話などを聞いた事です。はじめはファンだった黒澤浩樹先生に認められて先生の合宿に同行させて頂いた事はとても良い思い出です。


2026年03月03日(火) 別れと出会い

寒くなったり暖かくなったりする、この季節の変わり目は、体調を崩しやすく、お亡くなりになる方も多いようです。統計で見ても1月と2月にお亡くなりになる方が1番多く、その次が12月と3月だそうです。寒暖差があるために体調を崩す人やお亡くなりになる方が多いそうてす。そして生きている人とも3月と4月は別れや出会いが多い時期です。何かを決断したり、諦めたり、入学したり、入社したり、転勤したり、卒業式したり、退社したり、人が移動する時期です。自分の身体も心も留まる事なく常に変化しています。その変化は発達や発展だけではなく、老化や衰退もあります。人間は前進する事もあれば後退する事もあります。じっと1つの所に留まっている事は出来ません。自分も変化していくように、他人も変化していきます。だから人は出会ったり別れたりすれ違ったりして行くのでしょう。私もすでに別れがありました。毎年、誰かが亡くなって行きます。私も53歳ですから、別れの方が多いと言う年齢になったと言う事なのだと思います。何故、お葬式をするのか?それはやはり、その人やその人と別れる悲しみと決別をするためなのだと思います。その人を偲んで、自分を納得させて、悲しみで自分が駄目にならないように、生きている人達が前に進んで行けるようにする儀式なのだと思います。お葬式は、亡くなった人のためだけではなく、生きて行く人達のためにもあるものなのだと思います。どんなに自分に酷い事をした人が亡くなったとしても、亡くなって時間が過ぎると悪い事は忘れて行き、良い思い出が残って行きます。そうすると「もっとあの人が生きている時に優しくしてあげればよかった。」と後悔や悔いばかりが増えて行っていしまいます。亡くなった人は自分に害をなすことは金輪際ないので、増えるものは良い思い出ばかりとなります。たまに化けて出て嫌な事でもしてくれれば良いのにと思います。亡くなった人が良い人だったら、なおさらだと思います。その人の最後にその人を偲んで良い思い出や悪い思い出を思い出し、その人を知る人達と、その人の思い出を話し、思い出や悲しみを共有して、互いを慰めあって、皆で踏ん切りをつけて前に進んで行く事が大切なのだと思います。私の仕事は別れもある代わりに出会いもたくさんあるので、別れの寂しさよりも出会いの楽しさの方が多いです。今年もたくさんの素晴らしい出会いがあると期待しています。


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