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2026年02月27日(金) やるなら今しかねぇ!

高校受験のため休んでいた蕗生が稽古に来たり、極真空手を好きな方が入門したりと、ここのところ嬉しい事が続いています。休会から復帰する人も、道場から足が遠のいている人も、入門を考えている人も、迷っていないで一歩足を踏み出して欲しいと思います。思った時が吉日です。迷わず一歩踏み出して欲しいと思います。その一歩が自分を前に進めてくれる力となって行きます。長渕剛の西新宿の親父の唄の「やるなら今しかねーえー!」です。やりたいと思ったと言うことは、自分の中で何かが生まれた瞬間です。その素晴らしい力を無駄にしないで欲しいと思います。一歩踏み出して道場に来る事で、その力にさらにガソリンが注がれるはずです。


2026年02月26日(木) 始める勇気と続ける努力

2月21日の先週の土曜日に59歳の方が入門しました。空手を始めた、きっかけはお孫さんが空手の黒帯を取得したからという事でした。ご自身も極真空手が大好きで何度も武道館や東京体育館に足を運んで観戦した事があるとの事でした。私が始めて会場で観戦した1991年開催の第5回全世界空手道選手権大会も会場で観戦したそうで、その話で盛り上がりました。同じ会場で観戦していた極真ファンの仲間とここで出会えた事は本当に嬉しい事です。あの時の感動を共有しているわけですから、話も盛り上がるはずです。59歳から何かを始めるという事は簡単な事ではありません。習う先生も自分より歳下だったり、自分より若い人達の中に交じって身体を動かす事だってなかなか大変な事です。ご自分の仕事だってあるのですから、本当なら休んでいたい時間に稽古に来るので大変だと思います。素晴らしいと思います。私はまだ53歳ですが、これからも新しい事に挑戦しようと思っています。私は何かを始める事に遅いという事はないと思っています。それをやりたいと思った、その瞬間が自分がそれを始める適齢期だったのだと思います。何かを始めて損する事はありませんし、失う物もありません。始める勇気と続ける努力で自分が思い描く理想の自分に着実に近づく事が出来ます。


2026年02月25日(水) 一念発起してから、はや8年

私は45歳の誕生日にエニタイムフィットネスに入会してウエイトトレーニングを本格再開したので、トレーニング再開から8年が経ちました。過ぎてしまえば早いものですが、その8年のなかには、肩を痛めたり、肘を痛めたり、コロナがあったり、膝の手術があったり、アキレス腱断裂の手術があったり、股関節の手術があったり、いろんな事がたくさんありました。ジムに行きたくなければ、行かない理由も行けない理由もたくさんありましたが、そんな自分に負けないでジムにかよいました。出来ない事がたくさんある時期もありましたが、ストレッチをしたり、自転車を漕いだり、その時々で出来る事を一生懸命に頑張って来ました。45歳の時に鏡に映る自分を見て「こんな自分は自分が10代の時に思い描いた理想の自分じゃない!こんな自分は嫌だ!」と思い一念発起してはや8年、少しは理想の自分に近づいて行っていると思います。これからあと7年、カッコイイ還暦のオジサン目指して、さらに頑張ろうと思います。


2026年02月24日(火) 求道無限

私の好きな言葉に「求道無限」と言う言葉があります。私の師匠が私にくれた本に書いてくれた言葉でした。その言葉の意味は「真理や悟り、あるいは自身の極めるべき道を求め続ける姿勢に終わりはなく、永遠に向上し続ける」と言う事なのですが、私はもっと簡単に、何かを求めて進んで行く人には無限に道が開かれて行く、と言うふうに思い、そしてそう感じて生きて来ました。自分がそこをゴールと思ってしまったら、その瞬間に道は閉ざされてしまいます。自分の成長もそこで終わってしまいます。だからゴールと思ってはいけないし、それが答えだとは思っていけないのだと思います。たとえそれが1つのゴールだったとしても、その先の道を歩んで行かなくてはいけないと思いますし、たとえそれが答えだとしても、また別の答もあると問い続けて行かなければいけないのだと思います。私はその言葉を今でも信じて稽古に励んでいます。誰よりも遠くまで行きたいと思っています。


2026年02月23日(月) 昨日の自分を超えろ

私の運営する道場の強化稽古でした。私が現役時代に走っていたコースをはしります。池上本門寺の1番長いダッシュのコースを中学生には3本走ってもらいました。斗夢が1本目2分20秒、2本目3分7秒、3本目3分4秒、陽生が1本目2分30秒、2本目3分11秒、3本目3分18秒、光が1本目3分9秒、2本目3分15秒、3本目3分30秒でした。私は29歳から34歳までこのコースを1人で走っていました。それ以前は仲間と走っていたのでタイムは取っていませんでした。仲間が私を引っ張ってくれたのでタイムを取る必要はありませんでした。でも1人で走るようになり、自分で自分を引っ張っらなくてはいけないので、タイムを計って走るようになりました。34歳の時に出した1番よいタイムは2分30秒でした。でも斗夢や陽生に負けないのは2本目と3本目です。2本目は2分40秒で3本目は2分50秒でした。5本走っても全て3分以内に走る事が出来ました。おそらく20代の時はもっともっと速かったと思います。そしてもう1つ彼らと違うところは私はその時の体重が85キロだった事です。85キロの体重でそれを走る事ができました。それでも私はチャンピオンになれなかったのだから、当時の極真のレベルが高かったのだと思います。確かに他の格闘技で活躍した選手や地方大会でチャンピオンになった選手が城南支部に出稽古に来ても稽古のメニューに誰も付いてくる事は出来ませんでした。この日も20代位の格闘技をやっているだろう人が3人で来ていましたが、1番短い坂のダッシュを5本走ってシャドーをして帰って行ってしまいました。稽古というものは量を経て質と言うコツを分かって行きます。若いうちは量をやらなくてはいけません。中学生は長ダッシュを3本、短ダッシュ3本、階段ダッシュ3本、やったので、なかなか体力はあると思います。小学生にも長ダッシュを1本走ってもらいました。芽生3分38秒、紡生4分6秒、紗綾佳4分18秒でした。昨日の自分をどんどん超えて行って欲しいと思います。


2026年02月22日(日) びっくりドンキーは青春の味

長男と次男と3人でびっくりドンキーに行きました。びっくりドンキーは私の青春の味です。中学生、高校生の頃によくびっくりドンキーに行きました。なのでびっくりドンキーには思い出がたくさんあります。私が注文するのは必ずチーズバーグディッシュです。ハンバーグで他の物を頼んだ事はたぶんないと思います。チーズバーグディッシュはあの頃と変わらない味でした。チーズバーグディッシュを食べながら青い春の思い出も噛み締めました。


2026年02月21日(土) 妻がいないので、焼肉のタレ

今日は妻がお泊まりで神社巡りに行ったので、私がお風呂を沸かしたり、ご飯を作ったりしました。ご飯を作ると言っても肉を焼くだけなので鉄板を出して、玉ねぎを切って、焼肉のタレを作るために大根をおろして、ニンニクを剃っただけです。菅野家秘伝の焼肉のタレを紹介します。大根おろしにニンニクを剃って入れて、そこにポン酢をかけます。この焼肉のタレは私の母が作ってくれて、私が子供の頃はよくこのタレで焼肉を食べていました。私は20歳で家を出たので、それを食べる機会はなく、すっかり忘れていました。10年前ぐらいに両親が私の家に泊まっていた時に、母がこの焼肉のタレの話をしても思い出す事が出来ませんでしたが、そのタレを作ってもらい食べてみたら、その味を思い出しました。やっぱり味は忘れないのだと思います。長男はこのタレは食べる事が出来ません。お腹が痛くなるそうです。私と次男はこの焼肉のタレが大好きです。でも私も少しお腹が痛くなります。私は水泳の試合の前の日はスタミナを付けるために、このタレで焼肉を食べていました。そして試合当日はいつもお腹が痛かったです。私は試合の日にいつもお腹が痛くなるのは緊張しているからだと思っていました。母にも「お前は気が小さいんだ!」と言われていました。今、考えるともしかしたら?と思ったりしています。妻は今日は鹿島神宮と香取神宮に行きました。私が道場を出した23年前に鹿島神宮と香取神宮で買って来たお札を妻に返納してもらい、新しいお札を買ってもらいました。食後は男3人で「クワイエット・プレイス」を見ました。


2026年02月20日(金) 次男のこと

次男の真白は本当に可愛いです。妻と次男がじゃれあってるところなんて見ていると本当に可愛いなー!と思い、私の心もほのぼのとして来ます。次男は女の子にモテます。たぶん優しいからなんだと思います。あとは面白い事をして人を笑わせてくれます。今日も女の子に告白されたと言っていました。私が「で?どうなったの?」と聞いたら、「付き合うことになったよ!」と言っていました。いつまでも可愛い真白でいて欲しいです。


2026年02月19日(木) 遠回りしてもよいから、遠くまで行きたい。

「この道より我を生かす道なし この道を歩く」武者小路実篤が残した言葉です。私はこの言葉が大好きです。「何故、極真空手の先生をしているのか?」そう聞かれたら、私はこの言葉を言いたいと思います。実際に他に自分を生かす道がもしあったのなら、私はそちらに行っていたかもしれません。この道しか無いと思うから、この道を歩いて来れたのだと思います。でも、この道を歩いて自分を生かせている自負はあります。この道しか自分を生かす道はないけれど、ちゃんとこの道で自分を生かす事が出来ている事を誇りに思っています。自分はこの世に生まれて来た価値はあったと思っています。そしてこの道が存在した事に感謝しています。極真空手を創った大山倍達総裁をはじめ、極真空手を繋げて来てくれた諸先輩方には、本当に感謝しています。この道にあとから来る後輩達にもそう言われるよう、私も極真空手のために尽力して行きたいと思っています。そして、この道を誰よりも遠くまで歩いて行きたいと思います。人より遠回りしてもよいから、誰よりも遠くまで歩いて行きたいと思います。


2026年02月18日(水) ようこそ!極真空手の世界へ!

私は極真空手の世界で一般の人が受けないような体験をして来ました。ここで言っておきたい事は、私はその出来事に感謝していると言う事です。師範や先生や先輩が私の事を思って、やった事か?と言えば、それはそうではないのかも?しれません。もしかしたら私を苛ついてムカついてやった事だったかも?しれません。そんな事はどうでも良いのです。これは受け取った人間がどう思ったか?そしてそれを後の人生で味噌󠄀にしたのか?糞にしたのか?感謝しているのか?恨みに思っているのか?と言う事です。もし師範や先生や先輩方にして頂いた事やされた事を糞にしてしまっているのなら、恨みに思ってしまっているのなら、その人は正しい成長をしなかったのかも?しれません。そして今の自分の人生が輝いていないのかも?しれません。私は極真空手の世界に入って本当に良かったと思っています。もしかしたら極真空手と言う幻想に騙されたのかもしれませんが、たとえ騙されたとしても、騙されて良かったと思っています。だから私もこれからこの極真空手の世界に入ってくる子供達を「ようこそ!極真空手の世界へ!」と言って極真空手幻想で騙してあげたいと思います。


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