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2016年05月18日(水) お知らせを菅野日記でします。

iPhoneをバージョンアップしたら、初期化されてしまい全てのデータを失ってしまいました。またパスワードも失ってしまったので、アメブロの自分のページに入れずブログを更新が出来ません。連絡先も全て消えてしまいました。どうやらバックアップデータを残していないので、データを取り戻す事は不可能なようです。何処にもつながる事が出来ず孤島にいる状態です。道場生の皆さんにはご迷惑をおかけしますが、暫くの間、この菅野日記で休館や行事日程などのお知らせをします。よろしくお願いします。本当に便利は不便です。全てを失い全てやり直しになりそうです。その業務にてんてこ舞いです。1番悲しいのは子供達の写真や動画のデータが消えた事です。皆さんも気を付けて下さい。大切な写真は携帯で撮らず、ちゃんとカメラで撮影し写真に現像しておいたほうが良いです。動画もビデオカメラで撮影したほうが良いです。息子達の生まれた時の写真や動画を失うのは悲しいです。私もこれからはiPhoneに頼らないようにしたいと思います。


2016年05月17日(火) 子供達との大切な時間

たまに私が家に早く帰る事があります。「ただいま!」と家に入ると長男と次男は二人で私のところに走って来て「おかえり!」と言うなり、私のお腹に二人でパンチをします。二人とも私が笑顔で「おぉー強くなったな!」と言うのが嬉しいようです。二人は何才まで私が帰って来るのを喜んで走って来てくれるのだろう?私は何才まで二人のパンチを笑顔で受ける事ができるのだろう?子供達と過ごす今と言う時間を、本当に大切にしたいと思います。


2016年05月16日(月) 次男は

次男は「スターウォーズ フォースの覚醒」と「こびと図鑑」のDVDをずっと見ているようです。次男は「ビービーエイト」と完璧に言えるようになりました。ももじりはまだ完璧に言う事は出来なくて「ももじん」と言います。


2016年05月15日(日) 城南島

家族で城南島まで行きました。私が自転車に長男を乗せ、妻が自転車に次男を乗せて行きました。片道1時間15分かかりました。城南島でお弁当を食べ子供達と遊びまた帰って来ました。私は、この場所から見る夜景がとても好きです。子供が生まれる前は妻と二人で何度も来たお気に入りの場所です。ある時は夜景を見るため夜にお酒を買い込み自転車で来た事がありました。でもこの城南島は夜は閑散として少し怖いです。夜に行った時の帰り道迷ってしまい、なかなか島から出る事が出来ませんでした。廃線になった線路なんかがあったりしてとても不気味な感じでした。城南島からは間近に羽田空港から飛び立つ飛行機が見え、レインボーブリッヂや東京タワーやスカイツリーも見る事が出来ます。本当にお勧めな場所です。


2016年05月14日(土) 一生懸命

今週も一生懸命頑張りました。一生懸命頑張る事は生きている最低限の事だと思います。一生懸命頑張る事を放棄してしまったら、自分が生きている意義は一体なんなのだろうと思います。手を抜いたら手を抜いた事は自分が1番分かります。自分に嘘をつく事は出来ません。だから自分の為に、自分を納得させるために一生懸命毎日を生きて行きたいと思います。


2016年05月13日(金) お絵かき

はじめて次男とお絵かきをしました。私がかいた絵はダース・ベイダーと電車とかくれモモジリでした。次男もいろんな色のクレヨンでいっぱい絵をかきました。


2016年05月12日(木) 20名

3月から5月までで20名の人が入門しました。これからが私の手腕の見せ所です。一生懸命頑張ります。


2016年05月11日(水) 挑戦

また新たな活動を始めて行きます。そのためにその新たなものを自分が学びたいと思います。私は今までの人生で新しい事に挑戦して失敗した事は沢山あります。でもあとで考えて損した事ややらなければ良かったと思った事はありません。新しい事への挑戦は必ず自分を成長させてくれます。先ずは自分からです。


2016年05月10日(火) 空手を生業にして

空手を生業にして二十年が経とうとしています。今年の8月で自分の道場を出して14年になりますが、本当に苦しい時もありました。初めの一年は自分の給料が出ないどころか、道場の家賃にも満たない状況でした。だからこそ必死に頑張りました。本当にいろんな事がありました。血の気が引くと言う事、絶望しそうになる事、明日がどうなるんだろう、なんて事を体験しました。お金が無い、ご飯が食べれない、住む場所がない、逃げ場が無い、なんて事も多々でした。その時に学んだ事が今の自分の強さになっています。そこで学んだ1番はどんなに厳しい状況になろうと、自分の命一つあればなんとでもなる事、自分が諦めなければなんとかなると言う事、必死になれば何とかなると言う事です。そこから何とか今では家族を養えるぐらいになりました。でも最初に自分の仕事を持ちそちらからの収入で生活が出来、道場はスタジオや体育館を借りて片手間的に道場をやっていたら、必死にはならなかったと思います。いつまでも空手ではご飯を食べれないどころか、生徒も集まらず、強い生徒も育てる事は出来なかったと思います。そして自分がやめたら終わりと言うだけの道場で終わってしまったと思います。私が目指しているのは自分がいなくなった未来に繋げる道場です。自分も今、大好きな空手で生活が出来て毎日が幸せです。だからこそ、これからの生徒達に、空手を大好きな人が空手で生活が出来る環境を必ず作らなくてはならないと思います。


2016年05月09日(月) 自分のいない未来に

昨年から引き続きですが、今年は勝負の年と決め活動しています。大山倍達総裁をはじめ極真空手の諸先輩方の本を片っ端から読み、空手道に対する考えを学んでいます。道場の経営も頑張っています。矢口渡道場開設をはじめ、各道場の生徒獲得に力を入れて来ました。また自分自身も型競技の試合に参加したり、ザハリ選手の100人組手の相手を務めたり、と積極的に挑戦して来ました。今年のはじめに「五十三歩(スーシーホー)」が出来るようになりました。極真空手の型を全部覚えました。そして新しい稽古も始めました。ここからさらに加速して行きたいと思います。生きるという事は死に向かってアクセルを踏んで行く事だと思います。だからと言って速くなるものでも遅くなるものでもないのかもしれません。また逆に言えばブレーキを踏んだ所で自分は前に進むしかないのかも知れません。もしかしたら自分の運命は自分の計り知れない、遙か彼方で決められているのかも知れません。でも私は絶対にブレーキを踏むような人生は生きたくありません。自分の命が果てる瞬間までアクセルを踏んで突っ切るような人生を送りたいと思います。必ず極真会館東京城南京浜支部を自分のいない未来に繋げて見せます。


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