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国際親善大会全日程が終了しました。東京城南京浜支部からは入賞者を出す事は出来ませんでした。またさらに前に進めるよう頑張りたいと思います。
国際親善大会初日が終了しました。私は型競技35歳以上の部に出場しました。結果は入賞出来ませんでした。あとで調べたら優勝した選手と3点差で、点数順で6位でした。前回の極真祭は初挑戦という事もあり、極度の緊張から型を間違えてしまい予選落ちしてしまい、自分が稽古して来た型を演じる事すら出来ずに終わってしまいました。本当に情けない気持で大会を終えましたが、今回は自分の力を出し切る事が出来ましたので爽快な気持ちで大会を終える事が出来ました。ただ負けたという事にはやはり悔しさがあります。しかし明日からの課題が見つかり楽しい気分でもあります。まあ次の目標を持って頑張りたいと思います。
今日は審判講習会と全国支部長会議がありました。本当にワクワクする話で会議が終わりました。明日は国際親善大会です。私は型競技35歳以上の部に出場します。緊張してしまう弱い自分に打ち克って、今自分が出来る最高の型を演じたいと思います。そこから生まれた結果をしっかり受け止め、また自分を高めて行きたいと思います。
42歳になった今でも子供の頃から変わっていない事があります。それは強くなりたいという事です。どんなに歳をとってお爺ちゃんになっても、それだけは絶対に変わらないと思っています!
長男は豚足が大好きです。一つ丸々と食べてしまいます。明日は私が食べなかった半分を食べるんだと言っていました。
映画「ショーシャンクの空に」の原作「刑務所のリタ・ヘイワース」を読んでいます。映画も原作もどちらも大好きな作品です。
東京に来てから22年が経ちました。22年を思い出すと、早かったような、長かったような、楽しかったような、苦しかったような、なんか一言では言えない複雑な感じです。東京に行くと決めたのは1991年に開催された第5回全世界空手道選手権大会を東京体育館で観た帰りの新幹線の中でした。会場に持って行った雑誌「パワー空手」会場で買ったパンフレットと17回全日本大会のビデオのパッケージを何回も何回も見ながら「世界チャンピオンを目指すなら東京だ!必ず東京に行くぞ!」と誓ったのを覚えています。その頃の私は18歳でした。本当に純粋だったのだと思います。あの生で観た第5回全世界空手道選手権大会の数々の名試合、大山倍達総裁の生涯最後の演武の型「円天掌」は衝撃でした。どのぐらいの衝撃だったかというと、その後の私の人生が変わってしまうほどの衝撃でした。多分あの大会を観て人生観が変わったという人はいっぱいいたのではないかと思います。そんな大会が今年の11月に東京体育館で開かれます。第11回全世界空手道選手権大会です。私がテレビで観た第4回全世界空手道選手権大会から28年、第5回全世界空手道選手権大会から24年が経ちます。今年の全世界空手道選手権大会は長男にも観戦させたいと思っています。私の息子だからきっと何かを感じてくれるのではと思います。
家族で多摩川にピクニックにいきました。私と妻は歩きで長男は自転車で公園まで行きました。公園では私と長男はブランコ、鬼ごっこ、逆立ち、組手の練習などをしました。私が疲れて休んでいる間に長男は公園にいた子と仲良くなって遊んでいました。恥ずかしがらずに話しかけて誰とでも仲良くなれるところは凄いなと思います。大きくなってもなくさないで欲しい部分です。
久しぶりに長男と銭湯に行きました。稽古の後、長男が「パパと銭湯に行きたい」と言いました。銭湯では2人でいろんなお風呂に入ったりお話をしたり、とても楽しい時間でした。もう少ししたら次男も一緒に連れて来たいと思います。
国際親善大会まで残すところ7日となりました。私は型競技35歳以上の部に出場します。昨年の総本部冬合宿で河岡師範と戸田師範に教えて頂いた「観空」をやります。私の事ですから当日はかなり緊張するのだろうと思います。でも今回は前回の極真祭の時よりもしっかり準備をして来ました。自分らしい型をやりたいと思います。
kanno
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