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2015年03月20日(金) 家族並んで

私と長男、妻と次男という並びで布団を並べて寝ています。長男と次男がスヤスヤ寝ている寝顏を見てから私は寝るようにしています。本当に愛おしく思います。この寝顔は今しか見る事が出来ないのだなと思うと、ずっと見ていたいなと思います。子供達の寝顔を見て眠りにつける事は本当に幸せです。こんなふうに家族が並んで寝れるのもあと数年の事だと思うので大切にしたいと思います。


2015年03月19日(木) 次男の成長

次男が何処にもつかまらずに1人で立てるようになりました!1歳1ヶ月弱なので少し遅い方ですが、自分のペースで成長して行ってくれればと思います。


2015年03月18日(水) 長男の好きな物

私が帰宅すると長男は妻と字の練習をしていました。そこには「空手、プール、幼稚園、真白」と平仮名で書いてありました。妻に聞くと、どうやら長男は好きな物を書いたようです。隣には妻の顔の絵が描いてありました。私が長男に大切にして欲しい物が全て書いてあったので凄く感動しました。


2015年03月17日(火) 久しぶりに読む

久しぶりにスティーブン・キングの「スタンドバイミー」を読んでいます。本当に大好きな作品です。


2015年03月16日(月) 次の目標

昇段審査が終わりました。まだ合否は分かりませんが、次の国際親善大会の型競技試合に向けて稽古を始めたいと思います。優勝目指して頑張ります!一つ一つ目標を達成し夢に向かって行こうと思います。


2015年03月15日(日) 昇段審査

今日は昇段審査でした。朝6時に起床し7時に朝食を食べ7時30分に家を出ました。8時から大森道場で1時間30分、柔軟をし基本や型やボール蹴り逆立ち歩行などをやりました。昼食を食べ少しゆっくりと休憩し、11時に昇段審査が行われる恵比寿道場に向かいました。少し早く着いたので恵比寿道場の近くでお茶をして12時20分に恵比寿道場に入りました。受審番号を確認し着替え柔軟し、型などを再確認しました。今回の昇段審査は8名が受審しました。みんな早く準備ができたので12時55分に審査が開始されました。基本稽古、柔軟、拳立て、移動稽古、棒跳び、逆立ち歩行、ボール蹴り、型の審査を14時まで行ないました。14時15分から連続組手を行いました。私は30人組手を行ないました。そのあと50人組手をした師範の相手を2回やりました。30人組手に関しては体力的には楽勝でした。技術的にもまあまあ良かったと思います。最初は緊張から硬さがありましたが、9人目ぐらいから身体が温まり、感も冴えて来て相手とマッチングしながら自分の技を入れたりカウンターを取ったり外したり捌いたりする事が出来ました。ただ想像したよりはキツく感じました。30人組手をなめていた訳では決してありません。楽勝で出来るぐらいの稽古をしっかり積んで準備をしたので、生きも上がらずに終われるぐらいの自信がありました。でも道着は汗でびっしょりで結構息も上がりました。この感じだと40人は行けると思いましたし、50人もしんどくなるだろうけどやれる感じがしました。でも次の4段を受審できるのは4年後なので、私は46歳です。これは頑張ればやれる気がします。ただ5段を受審できるのはさらに5年後なので、私は51歳です。これは少し厳しい気がします。でもそれを目標に頑張ろうと思います。連続組手の後に筆記試験があり。審査が終わったのは16時30分でした。今回の審査では、お金では買えない素晴らしい体験をする事が出来ました。それを元にまた明日から稽古に指導に頑張りたいと思います。昇段審査を受審出来たのは、極真会館という組織、昇段審査を運営した総本部の方々、審査員の師範の方々、一緒に審査を受審した方々、審査の日まで一緒に稽古をした生徒達、私を支えてくれた家族、合宿で型を教えて頂いた戸田師範、身体のケアをして頂いた掌道鍼灸整骨院の菊澤先生、そして影に日向に私を応援して頂いた方々のおかげです。本当に感謝しています。私の空手修行はこれからです。生涯の修行を空手の道に通じ極真の道を全うしたいと思います。息の根が止まるまで一生懸命修行したいと思います。極真空手をやって本当に良かったです。極真空手は最高です!


2015年03月14日(土) 一生忘れなれない光景

昨日は結婚記念日だったので結婚式と披露宴のDVDを家族で見ました。いろんな事を思い出しながら見ました。1番の思い出は披露宴で私と妻が参列者の皆様から拍手をされながら入場しメインテーブルに着いた瞬間に見た光景でした。私の37年の人生と、妻の26年の人生のその時その時に関わって頂いた大切な方々が一同に介して私と妻の前にいて、私達二人の為に拍手をしてくれているのです。それはまるでミュージカルの最後に出演者全員が手を繋いで出てくるみたいな感じに見えました。それはとっても不思議な光景でした。その方々のお顔を見ていろんな思い出が溢れ出て、私は涙が止まらなくなってしまいました。本当に感謝の気持ちしかありませんでした。あの光景は絶対に一生忘れません。


2015年03月13日(金) 結婚記念日

今日は結婚記念日でした。毎年この周辺にはバタバタする出来事があり結婚記念日と気付かず過ぎてしまう感じでした。早いもので結婚式をしてから5年が経つのだと思うと本当に時間が過ぎるのは早いと思います。5年前の私と妻は5年後に2人の子供がいるなんて思いもしなかったと思います。でも、こうしてあらためて考えると5年は長かった気もします。本当にいろんな事がありました。いっぱい楽しい事があり、少し苦しい事もありました。でもどんな時も明るくいつも笑顔を絶やさない妻がいてくれたから私は強くいる事が出来ました。本当に感謝しています。またいつも喜びを与えてくれる息子達にも感謝しています。そして影に日向に私たち家族を支えてくださる方々に感謝したいと思います。


2015年03月12日(木) 大切な日を祝う

私には大切な日がいっぱいあります。妻と入籍した1月27日、結婚式をした3月13日、妻の短時日の4月8日、長男が生まれた12月24日、次男が生まれた2月11日です。大切な日にはお祝いをして来た方だと思いますが、結婚記念日だけは、いつもその周辺にバタバタするような事が起こり、お祝いをしていませんでした。私と妻は2010年3月13日に結婚式と披露宴をしたので、早いもので5年が経つ事になります。なので今年は結婚記念日のお祝いをちゃんとしたいなと思います。大切な日をしっかり大切にして楽しく生きて行きたいと思います。


2015年03月11日(水) 東日本大震災から4年

東日本大震災から4年経ちました。私も妻も福島出身です。地震の時、妻と長男は妻の実家にいました。私の両親も妻の実家にいて、母が長男を抱っこしていたそうです。地震が来た時、妻はこの世の終わりが来たのだと思ったそうです。地面が波打っているように見えたと言います。妻の実家は運良く井戸水なので水もあり、電気も止まりませんでした。福島市は電気も水道も止まり大変だったそうです。福島の寒さは半端じゃありません。それが大変だったとみんな言います。でも本当に大変な事が起きたのは次の日の12日でした。原子力発電所が爆発しました。その日の夜に私の母の兄である叔父が避難経路とガソリンと泊まる場所を手配してくれました。私の両親と母の姉である叔母と、私の妻と長男は新潟の方から長野をぬけ山梨の叔父の所に避難しました。本当にいろんな方々に助けて頂きました。私が妻と長男を山梨に迎えに行き、東京に戻り、菅野家の生活がスタートしました。当時の事を考えると、自分は本当に子供だった、一家の長としての自覚にかけていたと思います。福島では東日本大震災の影響はまだまだ終わっていません。ただ悲観的な事ばかりではありません。私のまわりにいる福島のみんなは、しっかり強く前に進んで生きているように感じます。私も彼らに負けないようしっかり頑張りたいと思います。


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