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久しぶりに雨の中を走りました。まだ試合に出ていた時は雨が降ろうが雪が降ろうが走っていました。やはり試合に出なくなると「雨が降っているから今日はやめよう」と簡単になってしまいます。なんであんなに頑張れたか?それは夢と目標があったからです!目標一つで人間強くも弱くもなります。やっぱり目標は大事です!夢と目標は人間の原動力ですね!私も1月4日〜6日の総本部の冬合宿に参加すると決めてから、頑張って走るようになりました!22kmマラソンで1番になる為です。
私が29歳で大森道場を開設して9年が経ちました。一般部、壮年部、高校生では関東大会や全日本大会で優勝者を出してきましたが、少年部の優勝者を出す事は今まで出来ませんでした。小学生は人数も多くレベルも高く一般の全日本の次に優勝するのが難しくなっています。私は道場開設当初に少年部の関東大会入賞者・優勝者を出す事を目標にして来ました。入賞者は3年前に翔英が準優勝して達成しましたが、その後準優勝や3位は何人か出たのですが優勝には手が届きませんでした。それが今日ついに叶いました。聖潤が優勝しました。しかも聖潤が少し遠くを歩いているのを見かけ「勝ったか?」とゼスチャーで聞いたら「うん」とうなずき私が1と指で作ったら「うん」とうなずきました。でも目標が達成される時っていつもこんな感じです。今までどんな事をしても破れなかった分厚い壁が破れる瞬間ってあっけなかったりします。翔英が準優勝した時もそうでした。翔英が試合場の横にいるのを見つけて今どこまで勝ってるんだと聞いたら「次が決勝です!」と答えた時の翔英の顔は今でも私の脳裏に焼き付いています。たぶんその時の翔英の姿を私は一生忘れません。今日の聖潤の歩いている姿とうなずいた顔も一生忘れないと思います。ただやはり私は全員勝たせたかったです‼だから私は心から両手を上げて喜んではいません。反省もいっぱいあります。あんなに苦しい思いをして私を信じて頑張って来た生徒達が負けた原因の半分は私にあります。私はいつか絶対に全員優勝させてみせます!生徒達に生まれて来て良かった!という喜びを感じさせたいのです!私は初めて大きな試合で優勝した時に生まれて来た事に感謝をしました。その時、初めて本当に両親に感謝と尊敬を感じました。苦しい事や悲しい事を乗り越えて掴んだ喜びから生への喜び、両親と先祖への尊敬と感謝が生まれるのだと思います。
本格的に寒くなって来ました。寒くなると故郷の福島を思い出します。阿武隈川に白鳥が来たら冬本番です。私が子供の頃は雪が沢山降りました。積雪のため道が無くなりあたりは銀世界になる事も多々ありました。そんな日は長靴をはいて耳あてと手袋をして学校に行きました。いつもより早く家を出て雪をかき分け道を作って行くのが楽しかったです。1番最初に足跡を残せる事がとても快感でした。水道が凍って水が出なくなったり車のフロントガラスが凍ったりいろいろ大変でした。でもスキーやスケートや雪合戦や雪ダルマや楽しい思い出の方が多いです。あと冬の寒い日はとても星が綺麗でした。地球が丸いってわかるぐらいに空が広くて星が輝いています。私と妻が見て育った空をいつか息子にも見せてあげたいです。
2011年もついに最後の月になりました。11月12月は忙しいのは例年の事ですが、今年は特に忙しいです。家庭の事、仕事の事などなどなどです!来年は1月4日〜6日まで合宿、11日は総本部の鏡開きと全国支部長会議2月11日・12日は支部の合宿、それと同時に確定申告です。全然、息はぬけません。でも息を止める時は死ぬ時だから、死ぬまで息はぬけないのでしょう。逆に考えれば生きているから忙しく出来るので幸せですね。死んだら、もうずーっと休んでなきゃいけないのだから、生きているあいだぐらい頑張らなくてはと思います。永遠という時間と比べれば生きている時間なんて、ほんの少しですからね。なんか今日の日記は自分と話しているようです。今月の24日で息子も1歳になります。自分の遺伝子を残す事ももちろん大切だと思います。先祖が繋いでくれた命を次の世代に繋げたいと思うのは当然です。でも最近もっと繋げなくてはいけない事は自分の体験から学んだ技術や精神などの意思なのではないかなと思います。そして本当に子供達や次の世の中に伝えたい残したいと本気で思える事を自分も学ばなくてはいけないのだと思います。そう考えるとなぜ経本や聖書が永く伝えられて来たか?わかる気がします。人は自分が本当に良いと思う事や正しいと思う事を世に残したいと思うのではないでしょうか。という事で私は来年から新しい事を始めます!おじいちゃんになって体が動かなくなっても伝えられる事を始めたいと思います。孫が出来るまでには習得したいです。
私が全日本と冠の付く試合に初めて出場したのは22歳の時に舞浜の東京ベイNKホールで行われた全日本ウエイト制でした。当時は軽重量級がなかったので私は重量級で出場しました。試合は三日間で行なわれ私は三日目まで残りました。思い出に残っている事は三日目は台風で電車が動かずタクシーで会場にいった事や旧城南支部の分裂前だったので先輩方や仲間がいっぱいいて楽しかった事です。応援も大応援団でした。試合の結果はベスト32でした。一回戦は延長1回、二回戦は延長2回戦いましたが最後まであきらめず戦いました。この試合で絶対に延長戦になったら負けない自信が付きました。三回戦は全日本でベスト16に入る強い選手と戦い技有りを取られて敗退しました。またこの試合に向けて先輩や仲間と稽古した事は一生の思い出です!この試合の数ヶ月後、城南支部は極真会館と現在の新極真に分かる事になったので、みんなが一緒だったこの時期が私にとって1番楽しかった思い出になっています。本当に今思い出しても最高の毎日でした‼
今日は久しぶりに妻と息子と三人でラゾーナに買物に行きました。「みいつけた!」のコッシーのぬいぐるみを買ってあげたらすごく喜んでいました!息子の今のブームは絵本では「うずらちゃんのかくれんぼ」です。うずらちゃんとひよこちゃんがかくれているのですが息子は指差して見つけます。最初は偶然かな?と思いましたが、見つけるたびに私と妻が拍手をするので、それも真似るようになりました。どうやら偶然ではないようです。あと「もしもしおでんわ」も好きです。おひさまのページがくると息子は必ずおひさまにチュウをします。これも最初は偶然かな?と思いましたが、他の絵本を読んでも息子はチュウはしないのです。どうやらおひさまだけのようです。あとは私のiPhoneが好きです。息子の前でiPhoneをだしたらすぐ取られてしまいます。食べ物は食パンとバナナが好きです。息子には好きなものをドンドン増やして欲しいと思います。好きなものが多くて嫌いなものが無ければ、この世は楽しくなります。そんな人生を息子には歩んでほしいです!
妻の具合もだいぶ良くなったので私と妻と息子の家族3人でタイヤ公園に行きました。息子は初めて靴をはいて外出しました。1人ではまだ立てませんが手を持ってあげれば長い時間立っていられるようになりました。私が息子を抱いて滑り台を滑りました。妻は息子を抱いてブランコをしました。電車も近くに見えてすごく息子も喜んでいました。子供がいっぱいいる場所に行くと息子はすごく喜びます。でもすごく人見知りで、知らない人に見つめられたり話しかけられたりすると泣いてしまいます。私と妻も元にある性格は人見知りなので息子もそうなのでしょう。でも私も人に揉まれて成長し人前に立つ仕事が出来るようになりましたから、きっと息子も人に揉まれて成長して行く事と思います。基本的には何があっても黙って見守り、息子がもとめればアドバイスをしてあげたいと思います。でもやっぱり男の子は最後は自分で克服し自分が成長して問題を解決していってほしいと思います。
息子の食事のトレーニングが始まりました。当たり前の事ですが食事の時間はテレビを消し私と妻も自分の食事と息子を食事させる事に集中し、息子にも食事する事に集中させて徐々に食事の時間を短くしていくというトレーニングです。今は食事に40分〜60分かかっていますが、しっかり食事する事に集中させ30分で終われるようにしたいと思います。まあ大変です。みんなで「いただきます」をして、はじめは妻が息子に食事をさせながら自分も食事をして、私が食事が終わったら私が息子に食事をさせます。そして息子が食べ終わるまで私と妻もテーブルから離れず他の事はせずに息子が食事が終わるのを見ているのですから。息子が食べ終わってみんなで「ごちそうさま」です。でも今しっかりやっておけば大きくなってから楽かもしれません。食事は楽しくしたいからこそ今からしつけが大切です。そのための食事トレーニングです。
息子が水疱瘡になりインフルエンザの予防接種が出来なくなってしまいました。息子にインフルエンザをうつす可能性が高いのは私なので、今日はインフルエンザの予防接種をして来ました。久しぶりの注射でした。インフルエンザの予防接種をしたせいか夜9時には寝てしまい朝も8時ぐらいまでぐっすりでした。
息子を連れて散歩をしていると、良くお爺ちゃんお婆ちゃんに「かわいいね!」などと話しかけていただきます。赤ちゃんはみんなかわいいものですから、そう言う意味では「かわいいね!」と言われるのは当然の如くなのでしょうが、自分の子供が「かわいい」などと言われると恐縮しながらも顔はほころんでしまうものです。この前もお爺ちゃんに「かわいい子だね!子供はいいね!」と話しかけていただきました。私が「有難うございます!」と言うと、そのお爺ちゃんには子供が2人いて肉体労働でお金を稼ぎ育てるのに苦労したという話を聞かせていただきました。でも子供がかわいいから頑張れたよ!と言っていました。今はそのお爺ちゃんは仕事も引退し孫にかこまれ幸せだと言っていました。最後に「大変だろうけど頑張ってね!」と言っていただきました。本当に良い話を聞かせていただきました。感謝です。
kanno
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