にゃんことごはん
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 あちこちに不義理を重ね頭下げ 令和の二年 始まりました

昨夏、信州に転居して、メールをやりとりしている所には、お知らせをしていたのですが、普段、年賀状のやりとりだけのところには、年賀状でお知らせをと思っていたのに、転居して一段落したところの台風で、住所録などをまとめて預けていたのが、手元に届かず。

まあ、それやこれやで不義理をしてしまいました。

年明け早々に、母方の親族からの電話があったり、高校時代の友人からの連絡があったり、「すみません、実は転居しました」と返す情けなさ。
まあ、高校時代の友人は小学生からの付き合いなので、こんな私の性格も承知のうえ「また、あいつは」と笑ってくれていると思うのですが(というか、そうであってください、お願いします)、まあ、私の消息が定期的に不明になるのは、毎度のことなので、こんな私に性懲りもなく連絡をとる伝手をたどってくれる友人たちには、ほんとうに感謝してもしきれないです。

こんな性格なので、はっきり言って、友人は少ないです。
友達は多いほうがいい、のかどうか、よくわかりません。

フリーのライターをしていたころは、人脈も仕事の一部と思って、まめに連絡をとったり、挨拶状を送ったりしていましたが、そこから離れてからは、まあ。猫と息子とわずかの猫友と幼馴染と、少しはいろいろ

いまはもう濃密な人間関係は面倒なばかりです。

友人が少ないのは寂しいのでしょうか?
一応、仕事を得て、社会と関りをもっている以上の人間関係は、もう面倒だと思うのですが、それはいけないことなのでしょうか?

信州に転居して以来、観光らしい観光はしていませんが、日々の暮らしのなかで山間の暮らしを堪能している私ですが、観光をしていないのを「どうして?」と問われ答えに戸惑いました。まあ、一番の理由は私が免許を持たないから、移動手段がないからなのですが。

でも、横浜にいたころも観光などしませんでした、そこが育った土地だから、観光というのも、なんというかしっくりこない、そんな感じ?
だから、こちらにきても、同じような感じなのだと思います。
私にその質問をしてきた方は、転勤でこちらにきたようなので、だからこそ「観光」となるのかもしれません。
まあ、私がものぐさだから、というのも大きいですが。

「こっちの生活に慣れた?」と聞かれれば、胸を張って答えますよ「酒も野菜もおいしいですよね」と。
でも、観光はしていません。毎日、見える山の稜線が美しいとか、そんな程度で嬉しいので。

私としては、酒がおいしく飲め、猫が健やかに過ごしてくれれば
それだけで至福、なので。



2020年01月17日(金)



 七草も 過ぎて久しく 寒の入り 山間の町 冬の朝こそよ

今年は暖冬と言われるように、あまり雪に遭遇しない冬の信州です。

年末は、注文していたはずのおせちが、注文されていなくて(注文していたつもりだったのですが)、結局、ほぼ自作のおせちでした。一部、リュウに既成のものを買ってきてもらいましたが、「なんか、ほぼ自作だね」と。

あとは焼肉をしたり、リュウが社販で買ってくれた焼酎を飲んだり、私が買い置きしていたワインを飲んだり。
要するに、飲んだり食ったり、飲んだり食ったりして過ごしたということです。

こちらに引っ越してきて以来、年末年始は横浜の実家に帰省していたリュウは「おいらも、長野で正月するの初めて」と。
じゃあ、初詣行く? と聞くと「いや、いい、人込みに行きたくない」
結局、外気温が違うだけで、横浜で過ごすのと大して変わらぬ正月でしたが、リュウにとっては、新幹線を乗り継ぐのではなく、バイクで20分余りで移動できる、というのが大きかったようです。

大晦日に来て、私が元日仕事だったので一度帰宅。元日の昼過ぎ来て、2泊しました。元日の夜は走りに行って、翌2日はトレーニングもしたいから一度帰宅すると言っていたのですが、私が焼酎を開けたら「やっぱり泊まる」と焼酎を飲み、「実家が長野に来た」と笑うリュウ。何かあったら、自分が実家まで行かなくてはならない身としては、横浜より長野が安心できるんだろうな、と思います。

そして、私が長野生活を不満に思っていたら、彼としても忸怩たるものがあったのかもしれませんが、私がこちらの生活を楽しんでいるから。
ほんと、老いては子に従え、ですね、と思います。

2020年01月09日(木)
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