にゃんことごはん
ごはん



 猫も老い人も老い老い 老いだらけ そんな我が家も幸せの家 

腎臓を患いながらも療法食で元気なニャンでしたが、ここへ来て肝臓の数値が悪化、この夏の健康診断でチャチャコが腎臓、レンレンが心臓と結石に問題ありが発覚。
彼らの下僕の私も股関節が悪く、よれよれしているので、ほんと老老の家です。

でも、悪戦苦闘しながら薬を飲ませ、悪戦苦闘しながらそれぞれの療法食を用意し、ほかの療法食を食べないように皿を出したり引っ込めたり。
ふぅとため息をついて、大変だなぁとは思うものの、
では、不幸なのかというとそんなことは全くなく、むしろ、少しでも長生きしてほしい猫たちとの悪戦苦闘が、幸せだったりします。

これはリュウが幼いころの、あの悪戦苦闘と似ているような気がします。
泣くばかりで言葉も通じなかった乳児が幼児になるまでの感じ、なのです。
むしろ、猫はあのころの乳児よりも、実は言葉が通じたりします。

薬を飲ませられるのが大嫌いなニャンで、毎度、苦労していたのですが、
今回、肝臓は投薬以外に治療法がなく、嫌がるニャンを毎度毎度かきくどいているうちに、嫌だから本能的に手が出るものの、逃げることはなくなりました。
そのかわり、毎回毎回「いやだね、だけど、お願いだから、お薬飲んでね」
と繰り返し、なんとか飲んでくれると「ありがとう、ありがとう、いい子だね」
とやっているうちに、なんだか、「ああ、もう、仕方ないなぁ」みたいに
ニャンが受け入れてくれる(でも抵抗はする)ようになりました。
たぶん、飲まなくてはならない、と理解はしているのではないか、と思います。
でも嫌だから、抵抗はする、でも逃げたりはしない、そんな感じ。

なんだかんだ、レンレンも茶々もママ大好きっ仔なので、なんとかうまく療法食を食べさせ、なんとかうまく薬を飲ませ、少しでも体が楽に、そして少しでも長く一緒にいられるように、と日々、悪戦苦闘できることが、とても幸せだと思います。

たまに、リュウが遊びに来て若いエネルギーを振りまいて行ってくれるのも、とても幸せなことです。
お盆のときは、長野から帰省したリュウと立ち飲み屋で一杯やって、京浜工業地帯の工場夜景クルーズを楽しみました。ずっと横浜に住んでいましたが、海から工業地帯を見たのは初めてで、とても刺激的でした。そうか、工業地帯なんだ、と実感した次第。

老いだらけではありますが、幸せだな、と思う毎日です

2017年09月04日(月)



 紫陽花の色はいろいろ、土壌により 異なる色味咲き乱れるを

近所の公園の護岸工事をしたあと、紫陽花を植樹した話を日記に書いたのは、まだショーちゃんが居たころだったように記憶しています(調べる気はないらしい)。

ひょひょろした茎に花が咲いたのに、とても驚いたものでしたが、あのあと、ひょろひょろ紫陽花が、しっかりした花木になったのも、日記に書いたと記憶しています。たぶん、ョーちゃんの亡くなったあと(調べる気はないらしい)。

そこから数えると、さらに数年たっているわけですが、まあ見事な花を咲かせています。花弁の感じからたぶん、西洋紫陽花だとは思うのですが、今を盛りと咲き誇っています。紫陽花の花の色は確か、土壌の酸性度に影響されるといったような記憶があります(調べる気はないらしい)。

公園の紫陽花は、何株かある中、坂道の一番上が青で、そこから赤紫が続いて、途中、また青になって、薄いピンクになって最後、また青。なんか不思議な色の並びです。なぜなのかはわかりませんが、色とりどりの紫陽花も、けっこう綺麗なものです。

もしかして、春までもたないのでは、春を越せないのでは、と心配だったニャンは、腎臓もよくなることはないわけで痩せてはいますが、好みの腎臓療法食を見つけることができて、まあまあ元気でやっています。
永遠に生き続けることはないのはわかっていても、なるべく長生きして、少しでもそばにいてと願ってしまいます。

この前、たまたま見ていたドラマで「死んだ瞬間のことばかり考えていたけれど、あいつとはともに生きた時間が確かにあったんだ」みたいなセリフがあって、ちょっと、胸に来ました。
どうしても、失ったときのことを思ってしまいます。
でも、その瞬間よりも、生きて一緒に過ごした時間のほうがずっと長かったんですよね。

どの仔の最後も、後悔だらけではありますが、ショーちゃんのときは特に、後悔というのか、なんというのか……ずっとずっと引きずっている思いがありました。
でも、ショーちゃんはそのことを恨んだり怒ったりはしていないのかも、むしろ、それを私が悲しんで楽しかったショーちゃんとの日々を封印することのほうが、悲しいのかも、と少しだけですが、思えるようになりました。

今でも、居間の南の掃き出し窓から注ぐ光のなかで、バレリーナのようにすくっとした姿でこちらを見ているショーの姿を思い出します。
あんな美しい猫を見たことがない、と思います。
あの凛としたショーの姿を宝物にして、後悔は沈めてしまうのがいいのかもしれません。

でもやっぱり、今でも思います。
今ここに、ショーちゃんがいてくれたらなぁ、と。

2017年06月23日(金)
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