にゃんことごはん
ごはん



 掃除して、掃除すれども湧いてくる 猫の毛掃除 秋の週末

換毛期なのでしょうか? いつにも増して猫の抜け毛が多いような、今日この頃。
ブラシはマメにしているものの、仕事が終わって帰宅した夜という限られた時間では十分ではないのかもしれません。

ラバー製のモップみたいなブラシみたいな掃除道具が我が家にあるのですが、毎朝、それを使ってフローリングや絨毯をゴシゴシ擦って集めたゴミ(9割猫の毛)を掃きとります。仕事に出る前の時間帯は掃除機を使えないもので(集合住宅のため)、苦肉の策ですが、これがけっこう綺麗になります。

でも帰宅すると、あちこちに猫の毛が舞っている……。
夜はさすがに疲れているので、よほど目立つときだけ床用コロコロを転がしてお茶を濁してしまいます。
そんなこんな、掃除しきれなかった猫の毛を一掃すべく奮起する週末。

今日は久しぶりに気持ちのいい日曜日です。

掃除機をかけたいけれど、それぞれのお気に入りの場所で、気持ちよさそうに仰向けになっていたり、丸まっていたりして眠っている姿を見ると、あの大きな音で(我が家の掃除機は多機能で、絨毯の水洗いもできるのですが、何せ音がデカイ。ニャン太郎が来る前に買ったもので)、安眠を破るのが、ためらわれてしまいます(決してサボりたいためのいいわけではありません、たぶん)。

なので、朝からせっせとブラシみたいなラバー製モップとそのハンディタイプの両方を使って絨毯やソファをゴシゴシ。まあ、出てくる出てくる、ソファが猫の毛を生んでいる、いやむしろ、ソファが実は猫の本体だろう、というほど出てくる。
ついでに、私のほうも汗が出てくる……出てくる。
やあ、綺麗になったと思っても、午後になってまたゴシゴシやると、また出てくるわけで、終わりのない戦いをしている気分になります。

とはいえ、それでも綺麗になっている実感と、汗をかいた爽快感と運動をしたような気になる満足感があるので、リアル「シジュポスの岩」というわけではないのが救いでしょう、と自分を慰めています。
つまり私、掃除が苦手です。なぜ、一度、綺麗にしたのに、また汚れるのだろう、と理不尽さを覚えるわけです。

私の場合、料理は好きなので食事の支度はむしろストレス解消に近いのですが、料理苦手な友人は、「家族がいなければ、ご飯だけ炊いて、みそや醤油や塩があれば、それでいい」と言います。「なんでお腹いっぱいになっても、またお腹が空くんだろう? それはいいとしても、そんなの一日一回でいいじゃない」と。

家事とはかように、果てしなく徒労に近い労働なのかもしれません。

でも、その友人も家族のために私よりもきっちりと食事を作っています。「ま、健康でいてもらわないとね」と言いながら。
ちなみに、掃除は好きで掃除がストレス解消なんだそうです。面白いものです。

果てしなく徒労に近いのかもしれないけれど、決して徒労ではない、むしろ、喜びにもなりうる……それが、家事……な〜んちゃって。

家事に自信がなくて(不器用で裁縫が苦手だったし、四角い部屋を丸く掃くの流儀でいつも怒られていたし)、結婚したくないと思っていた10代から、遠く来たものです。

今週も悲しいニュースは途切れることなく、なんで、どうして、と憤りながら、おめでたいニュースにちょっと笑ったり、火星に水があることに驚いたり、久しぶりにスポーツニュースがラグビーを取り上げるのに興奮したりしつつ……私は、猫の毛と格闘し、おからで作ったサラダにはまり、涼しくなったのでトリッパでも作ろうかと考え……。
たぶん、これからの一週間も同じような一週間でしょう。そうであって欲しいです。

当たり前が当たり前に繰り返される日常が幸せだと、しみじみ思います。

2015年10月04日(日)



 夏おわり 雨模様の日 せっかくの休日だから 何して遊ぶ

休日でも、だいたいいつもと同じ5時ごろにニャンに起こされてから二度寝して、6時半ごろに起床します。

涼しいといえば涼しいのですが湿気が多くて、辟易。洗濯物の乾いているのか、生乾きなのか、よくわからない状態です。しかも空調を入れても気温自体は低いので、いまひとつ稼働してくれなかったりするのは、骨董品に近い機種だからでしょうか?

そんな日曜。朝から動画サイトで子猫を拾った人の動画を見ていました。
だいたいにおいて猫好きは、猫ならなんでも好きな人が多い、と猫カフェの方がおっしゃってました。犬好きはおおむね「自分の家の犬が好き」、でも猫好きは「自分の家の猫も好き、よその猫も好き」
だから、猫カフェという商売が成立するのだとか。

確かに、先日も某猫関係掲示板で「世界でかわいい三大猫種は?」という質問に、いくつか猫種をあげた回答が続いた後、「うちのこ、よそのこ、のらのこ」というのが、一番多く支持を得ていました。

私も猫動画を見ながら、入れ替わり立ち代わりダイニングチェアにやってくる「うちのこ」をブラッシングしていました。
要するに猫好きは、単なる猫フェチなんですね。猫まみれが幸せ。
グッズ類には興味のない私でも、猫グッズには思わず手が出そうになりますもの。

さて、その動画サイトを見ていて、やっぱり思い出すのはショータローのこと。
我が家に子猫のときにやってきたのは、ニャンとショーだけです。
ニャンのときは、初めての猫でアワアワしていて楽しむ余裕もあまりなく、でしたが、ショーのときは私が一目ぼれしたこともあって鮮明に覚えていたりするもので、子猫というとショーの子猫時代が目に浮かびます。

息子の赤ちゃん時代に戻りたいか?と聞かれたら、いやいやごめん被る、やっと成人するまで育てた苦労を二度はやりたくない、と答えますが、もしショーが子猫だったころに戻りたいかと聞かれたら、一瞬、「戻りたい」と答えそうな自分がいます。
いまも、ここにショーがいたらなぁ、と時々思います。

ショーは、我が家にきて幸せだったのだろうか、と今でも思います。
それはもちろん、ショーだけでなく、どの仔でも同様に思うことなのですが、ほかの亡くなった仔は、緊急避難的に我が家にやってきた仔なので、うちで安心できて一生を終えたのかなという自信は少しあります。

でもショーはペットショップで出会った仔ですし、当時、人気のあったアメショーのシルバータビーで、私が買わなくても誰かが買ってくれた可能性も、あります。
私は運命の仔だと思い、ショーもそう思ってくれた、と信じていましたが、それは私の独りよがりではなかったかしら、と思ったりもします。
次々、後輩猫がやってきて、我関せずにしている風ではありましたが、猫同士のトラブルがあると、そばで睨みを聞かせていたりもしていたので、それなり、我が家の猫構図に力を持っていたとは思います。
でも、いつも思い出すのは、朝起きるとベッドの上で「めし」「メシ」と騒ぐニャンやレンとは少し距離を置いて、行儀よく座って私を見ているショーの姿です。「おはよう、ショーちゃん」というと目を細めるのが、答えでした。

こんな休日、今は元気な「うちのこ」たちと、おもちゃで遊ぶとしますか。
ジジババになっても、おもちゃにつられる猫って、ほんとかわいいと、しみじみ思います。

2015年09月06日(日)
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