にゃんことごはん
ごはん



 早い桜も散り初めし 坂道に佇む野良の絵になることよ

昨日から降り続いた雨で、公園の桜はだいぶ散ってしまいました。特に開花の早かった樹の花は、ほとんど残っていません。
その代わり、公園内の道がほんのりピンク。
雨が上がり少し気温も高くなったからか、その坂道に白黒の野良とサビの野良がいました。ゆるくカーブした坂道を登ろうとした私の視線の先、斑に桜色のアスファルトに浮かび上がる猫のシルエットが、とても綺麗でしばし足を止めて見入ってしまうほど。
絶好のシャッターチャンスだろうなぁ、と思いつつ、しっかりと心に焼き付けました。そうすれば、いつでも記憶の引き出しから取り出して眺めることができますから。

まあ、記憶というのは後々、修正されたりもするようですが、いいじゃありませんか。ソフトフォーカスでシワやシミを隠すようなもの、と思えば。

そういえば、先日、猫の短期記憶は16時間と言うのを聞いて、びっくりしました。
人間では20秒ぐらいだそうです、短期記憶。それは、たとえば買い物をしてレジで「○○円です」と言われ、その金額を用意する間、覚えていればいい記憶だそうです。

確かに買い物をして支払いを済ませた後、自分はさっき○○円の買い物をしたとずっと覚えてなどいませんね(と思いますが、それは私だけでしょうか?)。
とりあえず短期記憶が20秒ということは。「あ、あれをしよう」と席を立ったのに、「あ、あれ? 私何をしようとしていたんだっけ?」と思ったとしても、席を立ってから20秒以上経過していれば、別に不思議でもなんでもない、ということですね、うん。
決して、ボケではない、と。ヨシヨシ(←え〜)

ただ「これは覚えておかなければいけない」と意識して覚えた事柄については、長期記憶の領域に記銘されるらしく、人間の脳はその容量が半端ないということらしいです。長期記憶に保存するためには、いろいろな方法があるらしいですが、それは今回の話には関係ないので省きます。

猫の短期記憶が16時間という話です。
これ、さっき買い物したときの金額を半日以上も覚えている、ということですよね。確かに、獲物を追っているときの猫の執念深さを考えると納得できます。
家の中に紛れ込んできた虫を追っている最中に、その虫をひょいと掴んで外に逃がしたとします。突然消えた虫の行方を、それはもうしつこくしつこく、虫が入ってきたところから辿って消えた地点まで、何度も何度も追跡するのを、幾度となく見てきました。
私が逃がさなかったとしても虫が自発的に逃げていくこともあり、それでも、やはり何度も追跡します。逃げたと思った虫がカーテンのヒダに隠れようものなら、じーっと睨みつけていたりします。

単独で狩りをする生き物だからなのでしょうか。その辺は、ちょっと調べて見たものの、よくわかりませんでした。
だいたいにおいて人間は、人間の生活に役に立つことについては真剣に研究しますが、それ以外のことについては放置に近いですので、犬の生態よりも猫の生態については、おそらく研究課題そのものが少ないのでしょう。
関係ないですが、研究者の大半は男性なのでバイアグラの使用については認可が早かったけれど、いまだ女性の生理痛についての研究は遅れていて、生理痛軽減のためのピルの処方もままならない、と薬学関係の仕事をしている友人が嘆いていましたっけ。その話を聞いたのは15年ぐらい前のことなので、今は少しは改善されているのでしょうか?

そんなこんな。

そういえば、ここしばらくご飯のことをあまり書いていなかったので。

今日の朝ご飯は、ほっけのアイリオ(にんにく)・オーリオ風味with焼きナス、じゃかいもとたまねぎの味噌汁、キャベツとレタスとキュウリとミニトマトのサラダwithヨーグルトとチーズとドレッシング。
昼はハンバーガー、豚肉のソテーとチーズのサンドイッチ、シナモンシュガー・バタートースト
夜は食べて帰ってきたそうで、「ご飯は?」「食べた」「コロッケあるよ」「食う」「ソーセージあるよ」「食う」
食うんですね、結局。まあ、それでも体脂肪率は私よりはるかに低いんで、仕方ないか。







2013年04月03日(水)



 桜咲く季節になると繰り返し、繰り返しする、あの日の記憶

今年の桜の開花は早いと言います。確かに、お彼岸前に咲き始め、彼岸の中日は公園がうっすらと淡く染まるほど開花していました。

11年前も、桜の開花の早い年でした。
忘れもしない、今は「ここ」にはいない、あみっち逃走の年。
もう散り始めの桜のなか、毎夜、探し歩いた記憶は忘れようがありません。

我家のベランダには柵があり、ニャンやショーは頭がつかえて柵の向こう側にはいけないのですが、小柄なあみっちは柵の下のほうの、飾りでRになっているところからスルリと抜けて、向こう側を悠々と歩いていたようなのです。
で、サルも木から落ちる、の通り、足を滑らせて階下のベランダに落下。それでも、階下と我家を繋ぐ太い柱を懸命によじ登ろうとしていました。

ニャンが「ウニャッウニャッ」と切羽詰った様子で訴えてくるので、後を付いていくとベランダに誘導され、仕切りに下を覗き込んでいるニャンの様子を疑問に思って階下を覗くと、柱を上ろうとしては落下するあみっちの姿が。階下の方を尋ねたのですが、お留守でベランダに入ることすらできません。
なんとか、あみっちが掴まれないかとバスタオルをたらしてみたり、いろいろ試したのですが、どうにもうまく行きません。
結局、あみっちはそこのベランダからさらに飛び降りる形で、マンションの植え込みに逃げ、裏の駐車場から塀を乗り越えて逃亡してしまったのでした。

あみっちがヒラリと塀の向こうに姿を消した瞬間の、地にめり込んでいきそうな絶望感は、今でも忘れません(何度も書いていると思いますが)。
まだ小学生で、私よりも背の低かったリュウと抱き合って泣きました。
風邪をひいて鼻周りをガビガビにしていたところを抱いて連れ帰ったあみっち。家庭内野良で、滅多に触らせはしないけれど、それでも可愛い可愛いあみっち。
何よりも切なかったのは、我家に戻ろうとツルツルの太い柱を懸命に登ろうとしていたのに、何も手助けできなかったことでした。

探し歩いて探し歩いて、夜、猫の声に飛び起きたりもするうち桜も散り、葉桜になったころ、あみっちが見つかりました。
ガリガリに痩せていましたが、無事我家に帰ってきました。

脱走防止は、ほんとうに大事です。
「え、こんなところから?」とか「こんな隙に?」と思うかもしれませんが、そんなところ、や、こんな隙、から猫はヒョイと身を翻してしまうのだと、思い知りました。
追いかけたって、人間の足では追い付けやしません。それどころか、追われるとかえって逃げる本能。

その後、マンションの景観の規約でネットなどを貼ることができないため、柵の隙間を猫がくぐれないように、ちょっとした細工をしましたが、あみっちはベランダの柵超えどころか、ベランダにすら出ることがなくなりました。それぐらい、あみっちにとっても怖かったのだと思います。
ガリガリに痩せて戻ってきたあみっちは、それから体重が戻るまでの1ヶ月ぐらいは、私の膝の上から降りない甘ったれでした。
体重が戻ったら、もとの家庭内野良に戻りましたが、それはそれで、あみっち健在なり、みたいな感じで、嬉しく思ったものです。

そう言えば、あみっちは亡くなる前、居間で寛ぐリュウのお腹にのっていました。リュウは「やっと、あみちゃんも、おいらに慣れてくれたのかな」なんて喜んでいました。
リュウが泣きそうな顔で「このままだと、この仔死んじゃうよ」と訴えたから、我家の仔になったというのに、そんなことなど知らぬ顔で、リュウになど触らせるものか、みたいに野良魂を貫いていたあみっちの変貌に、「どうしたんだろうね」と首を傾げたものです。
たぶん、もうそのとき体調が悪かったのでしょう。
でも、普通だったら体調が悪ければ野良魂の残っている仔は余計に、人には寄っていかないのではないかと思うのですが。
あみっちなりの、感謝の印だったのかなぁ……もしかして。
んなわけないよ、とは思いつつも、もしかするかもなぁ……。

桜の季節になると、いつも思い出すのですが、今年は取り分け開花が早かったので、しみじみと思い出されました。

今年の桜も綺麗だよ……あみっち。

2013年03月24日(日)
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