馨絵詞〜かおるのえことば
楽しいことも、そうではないことも。

2005年11月28日(月) こだまわくわく、ひかりうきうき

こないだ、とても久しぶりに新幹線に乗りました。
8年ぶり、くらいかな。

稲葉は新幹線、大好き。

久しぶりだったんですけど、新幹線ってあんなに揺れましたっけ?
「あんなに」ってどれくらいだよって感じかもしれませんけれど。
昔はもっと揺れずにすぅ〜っと、でも速く走りませんでしたかね?

   ◆

あと以前と比べると車内販売のワゴンを引いてくるおねーさんも少なくなりましたね。
控えめな声で「温かいコーヒー、ビールにおつまみ、いかがでしょうかぁ」なんて、旅には欠かせない風情ですよ。

幼稚園のころは名古屋に住んでいて、東京に出てくるときに新幹線乗ってました。
車内販売のアイスクリームを買ってもらうのが最高のイベントでした。
駅の売店で買うアイスなんかメじゃないくらいに美味いんですよ。
アイスクリームのおねーさんがいつ来るか、そりゃあ楽しみに待ったものです。
前と比べて少なくなるのは仕方がないと思いますけれど、でも絶対に無くしちゃいけないものだとも思います。

   ◆

もちろん窓外の景色に目をやるわけですよ。
お茶好きの稲葉ですけど、もこもこしたお茶畑なんか、かぶりつきたいほどに美味しそうです。
そんなのを見ながら売店で買った温かいお茶をすする。
笑みが…ああ…笑みがぁ。

企業の大工場の脇もよく通ったりして、それもなかなか見ごたえがありますねえ。

   ◆

トンネルに入ると車両の先頭にある電光掲示板に目が行きます。
「○○新聞ニュース」がゆっくりとしたペースで流れています。
18時を過ぎると「九州場所の取り組み結果」なんか流れて。
……やっぱ朝青龍は強ぇーなあ、とか思うわけです。

ニュースだけじゃなくて、ちょっとしたコマーシャルも流れたりします。
稲葉が乗ったときはシチズンの時計や、トイレットペーパーのコマーシャルがよく流れてました。

あとね、驚いたのは保険のCM。
ここ数年、やたらと保険会社のCMが増えました。
テレビや広告だけじゃないんですよ。
新幹線の中にまで奴らは現れる。
「入院費用だけでなく日々の生活資金まで保証」の聞きなれた文句。
ほんと、あの宣伝の力の入れようには驚かされます。

でも旅に出ているときにまで保険のこと考えさせんなよ。

   ◆

とまあ、稲葉はのん気な旅行者として新幹線を満喫しました。
一方で、仕事で利用しているビジネスマンも多くいる。
でもそうなっちゃうと新幹線に風情は見出せませんよね。

ビジネスマンの方々にはご苦労様です。
でも稲葉にとっては、新幹線に乗るのはあくまでもイベントであって欲しいものです。



2005年11月27日(日) Qちゃん

1週間前になりますけど、東京国際女子マラソンがありました。
Qちゃんこと高橋尚子選手が見事に優勝されました。

このマラソン、稲葉の職場のすぐ前を通ったんですよ。

同僚と2人で応援に行きました。
応援というか野次馬かしら。

係の人から2本の旗をもらいました。
選手もいないうちからバサバサ振ってやりました。
気持ちいい。

選手が通る直前まで一般の車って走ってるんですね。
選手が近づくと係の人たちがそわそわし始める。
それを見たギャラリーもそわそわし始める。

警察によって交通が完全に止められると、道端に寄せられていた給水ボトルを置かれた机が路上にセットされます。
そう、職場前は給水ポイントだったんですねえ。
これは嬉しい。

白バイとテレビ朝日の中継車が通り、それに続く形でトップ集団がやってきました。
高橋選手はさすが、この集団にちゃんといました。

マラソンって思っていた以上に速いんですね。
あっという間に通り過ぎて行っちゃいました。
本気の高橋選手、ありゃあ素敵だぁ。

もちろん同僚と2人でしっかり声援を送りましたよ。
よぉ! よぉ! がんばれー ……って。
同僚もQちゃーん! って言ってました。
もちろん旗もバサバサ。

後続の選手達にも声援を送り、熱いイベントは終了。

稲葉たちの声援の甲斐あって、Qちゃん優勝。
もともと好きな選手でしたけど、自分が直接応援して優勝してくれるってのはいつも以上に嬉しいものですね。

いや、もー、ほんと素敵でした。
Qちゃん。



2005年11月22日(火) 17歳〜今から8年前の稲葉

後輩の黒ねずみ殿から「17歳」というテーマでバトンを渡されました。
だいぶ前にもらったテーマなんですが、病を得たり旅行に行ってたりで今やっと書ける有様。
黒ねずみ殿ごめんね。

質問に答える前に…。
稲葉が17歳だったのは1997年6月1日から98年5月31日となります。
高校の2年生から3年生ですね。
8年前ですかぁ。

その間に世間では
「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る中学3年生が逮捕されたり(97年6/28)
香港が中国に返還されたり(7/1)
サッカーで日本代表が念願のW杯出場を決めたり(11/16)
元大関の小錦関が引退したり(11/22)
ポケモンパニックがあったり(12/17)
クリントン米大統領(当時)の不倫疑惑が発覚したり(98年1/22)
若乃花関が横綱になって兄弟同時横綱が誕生したり(5/27)しました。

勝新太郎・ダイアナ妃・マザーテレサ・元日本兵の横井庄一・伊丹十三・三船敏郎
星進一・石ノ森章太郎・hide(X JAPAN)・宇野宗佑
さんらが亡くなられています。

流行語は失楽園・パパラッチ・脳死・クローン・不適切な関係…など。

たまごっちが流行したのもこの時期でした。

   ◆

さて、いよいよ質問に答えていきますか。

(1)17のころ何をしていましたか?

律儀に高校に通ってましたね。
高校の3年間は皆勤賞なんですよ、これが。

それまでは友達がいないわけではないけれど、内気な男で部活もやってなくて、授業が終わったらまっすぐに帰宅してテレビ見たりゲームしたり本読んでたり…。
とにかく1人で小ぢんまりと生きてました。

この年に高校の演劇部(設立2年目で当時は「部」より格下の「同好会」でした)に入るのです。
稲葉が芝居というものと本格的に接していくことになるきっかけが17歳にありました。

それからは人が変わったように部活に励み、それまでは家で休んでた文化祭にも参加して(それも実行委員として)…。
で、そうしてみたらとても楽しいことを知って…。
友達ともより深く付き合うようになって…。
大袈裟でなく、人生に光を見出した時期でした。

文化祭が終わったあとの九州・広島の修学旅行をはじめ、とても素敵な高校生活を送ってました。


(2)17のころ、何を考えていましたか?

とにかく上に書いたようなことで自分がガラリと変わっちゃったからね。
その変化が楽しくて驚きで、何も考えられない、考える必要が無かったというのが正直なところじゃないかしらね。
受験に対する不安が少しはあったけどね。


(3)17の時のイベントといえば?

演劇部入部と文化祭での公演(97年9月13・14日)、やっぱりこれが最大です。
演劇部の出演者と実行委員と、めちゃめちゃ忙しかったけど最高に嬉しかったな。

10年暮らした家から今の家への引越し(98年3月29日)も大イベントでしたね。
大好きな家だったから泣いたなあ。

近所のスーパーにやってきた毒蝮三太夫さんを見るためにテストを終えるなり駆けつけたり(97年7月10日)もしました。
一緒に写真撮ってもらったよ。
『ウルトラマン』のアラシ隊員と会える! ってのは稲葉的にはビッグなイベントなのよ。


(4)17でやり残した事

男子校でしたからね、色恋はさっぱりでしたよ。
でも新しい世界を満喫しつくしていたから、やり残したという感じは無いですねえ。


(5)17に戻ったら何をする?

やり残した感じは無いけれど、やっぱり恋はしておきたいですよね。
制服デート?
良いねえ。


(6)17に戻っていただく人

『あえて二兎(以上)を追え!!』のサミー殿、お願いします。
今の彼女はとても面白い。
そんな人の高校時代、ぜひとも覗いてみたい。

   ◆

17てのは稲葉の大転換の歳。
テーマとしてはベストでした。
これが「16歳」だったら…。
つまらない回答になるし、答えたくもねえ。



2005年11月18日(金) 出たな! ケンシロウ!

以前、『北斗の拳』の14巻目だけが手に入らない! って話を書きました。
いろんな人から「見つかりましたか?」など、心配・激励をいただきました。
ありがたいことです。
嬉しいことです。

で…

こないだついに見つけました!

原宿は表参道のブックオフ。
3度目の正直で覗いてみたらあったよ。

およそ一ヶ月くらいですかね、探してたの。
「よっしゃ」って小さく言ってしまいました。

あんなに長ーく探していたのに、帰りの電車が家に着くまでに読みきっちゃいました。
あっけない。
も少し時間をかけて読むべきだったかな。

15巻目(最終巻)も次の日に一気に読み終えました。
こうして稲葉は無事に北斗神拳を極めることができました。
ほあたあぁっ!

最終巻には作画の原哲夫さんのあとがきが。
「ひでぶ」や「たわば」の語源というか、できる過程が書かれてました。
くだらないけど、一読の価値はあると思います。

そんなわけで、心配してくれた方、励ましてくれた方にこの場をもってお礼申し上げます。
ありがとうございました。

……正直、この話題で2回も書くことになるとは思わなかったす。

   ◆◆◆

【関連記事リンク】
2005年10月31日『出て来い! ケンシロウ!』



2005年11月08日(火) 学生のお祭り

大学祭に行ってきました。

稲葉の母校はキャンパス改装大工事の真っ只中。
それまであった校舎をぶっ潰し、プレハブがぎゅうぎゅうに建てられている。
そんな状態で学園祭なんかできるんかいな…。

まあなせばなるもんで、ちゃんと盛り上がっていました。
でもやっぱり現役の学生は可哀想だなあ。

   ◆

稲葉は現役の頃はサークルの会長として、また実行委員会の幹部として、大学祭は大いに張り切ってました。
本番の3日間だけ髪の毛を茶色に染めたっけ。
本当は金色にしたかったんだけど、抜けきらなくて。

そんななのに、卒業して2年も経つと、大学祭のこと忘れちゃうね。
今年卒業した後輩から「一緒に行きませんかメール」をもらってようやく思い出す始末。

仕事があったので、中日(なかび)の夕方に大学入り。
祭はもう終わろうとしている時間で、後輩の作品(演劇映画放送研究会なの)は観られませんでした。

誘ってくれた後輩達と近くのお店でお酒とおつまみ。
祭自体はキャンパスが整っていた頃のほうが規模もでかくてやりやすかったでしょう。
でも後輩は面倒な状況もそれなりに楽しんでいるようでした。

祭は楽しんだモン勝ちね。

久しぶりに学生になったような、文句の付けようの無いほどに愉快な夜でした。
晴れてよかったね。


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稲葉 馨

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