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2003年08月31日(日)    大掃除

 エントロピーの極大と化した我が家を夕方から大掃除。
プリントサーバーとして使っていたWin95を廃棄しようとしていたが、貰い手が見つかった。
その奇特なお方とは、義母である。
最近、市のやっている(今年もやってるんだね〜。去年はすごいいっぱいやってたけど・・)パソコン講座の抽選で当ったそうで、捨てるくらいならということで貰い先が決まったのだ。
でも、XPとはボタンが違うし、Wordだって、幻(?)の98なのだ。
だから、プレースホルダなんて素人には便利と思われるものはないし、教則本だってもう売ってないよ。だから・・・ええのかなぁ?という疑問はあるけどね。まぁ、習ってやる気満々なんだろうし、いいよね。

で、今日が期限の入会金タダ(2000円引き)の近所のスポーツクラブに入った。明日から早速頑張ろうっと。2年前も入っていたのだが、仕事が忙しくていけなくてやめてしまった。今回はショートタイム会員ということで14時から17時の3時間だけの会員。なぜか今回は、ビジターの利用券(@2000)を2枚もくれた。クラブ運営が厳しいのだろうか・・。
潰れないでね。



2003年08月30日(土)    ザ・コンボイショー

 シアタードラマシティーで今村ねずみ作・演出の「ザ・コンボイショー」Vol23.雲のゆくえを観劇。
芝居はともかく、ダンス、マジック、歌、タップ、ハンドベル、楽器の演奏。おもちゃ箱のようなショーでした。
たった6人が全て生き生きして、ぴちぴちしていた。
うぉーし、やるぞって気になりましたね。
いいものを観ましたわ。

帰りは久々にココ・スカバで夕飯。店の名前が変わって、ちょっと綺麗になったけど、居心地は相変わらず良く、料理も美味しかったなぁ。

んでキディランドで関テレのはちえもんグッズを買った。京都には売ってなかったんで、嬉しかったなー。

帰って、ベトナムで買ってきたハス茶を飲んだ。うぉー。ベトナムのニューランとか他で飲んだ味と同じ!!やった。\(^o^)/嬉し・・・。(涙)
 というのも、ベトナム風コーヒーを淹れるのに、帰国後かなり夫婦で苦心した経緯があるのですわ。
 最初かなり失敗したが、ダンナがすごい発見(っていうか気付けよ!って問題かも(汗))したので、ベトナムと同じ味が再現出来たのだ。
うぉーし、これでベトナムカフェーがおうちで再現デキルぞと。



2003年08月29日(金)    ピータン豆腐

 今日は、ピータン豆腐と朝から決めていたので、こないだ食べて美味しかったちょっと豆乳の濃い目でちょっと高めの豆腐をスーパーで購入。あときゅうりを1本買ったんだけど、この夏の冷夏のため、野菜は高値で78円(税別)もした。
きゅうりを端折るなんてしたら歯ごたえが無くなるんで、絶対欠かせないしなぁ。としぶしぶ買った。
 冷夏かぁ。私らはベトナム行ってた間なので、台風も冷夏もあんまり感じなかったし、なんか損した感じだなぁ。帰ってきたときはもうすでに暑かったしなぁ。


2003年08月27日(水)    やっと職安へ

 今日やっと派遣会社から離職票が届いたので、職安へ。
時間ギリギリの16時25分に到着して、手続きを済ます。
しかし、17時で閉館やというのにこの人の多さときたら・・。
検索パソコンで、職を探すも、もう再就職することは不可能なのでは?と
いう位で、10分ちょっとで検索し終わってしまった。無いなぁ全然。
やっぱり3次元は、もう無理なのかなぁ。
○BMで時代の先端を行き過ぎたのか?うーん。
 今年中に見つかればいいけどさ。

 今日は中国語だったので、帰りだんなに迎えにきてもらって、ひさびさに杉千代のラーメン。こんなんだったっけ?美味しくないというわけではないが、期待しすぎたか?うむ。

 ○BMでの同僚派遣のT君からメール。どうやら、頑張っている様子。良かった、良かった。
でも、彼も結局年内で就業が終わるような感じ。○BMの工場がまるまる無くなっちゃった(身売り)しねぇ。



2003年08月25日(月)    美学概論やりはじめる

 今年から担当教官が変わって、レポート設題が変わったとは言え、まとめるのは容易でない。文字数が全く埋まらない。2000字以上だというのだが、どうやっても1400字・・。困った。
図書館から借りてた本もとっくに返却期限が過ぎているー(泣)
明日こそ、なんとか書き上げたいところ。


2003年08月24日(日)    HERO:英雄

 イオンシネマで、HERO鑑賞。
まずイントロの鈍い腹に響く太鼓の音で、七人の侍を思い出した。
チャン・イーモウが黒澤明が好きっていうのがよく解る。
内容は、一見羅生門のようでもあった。
ワイヤーアクションの痛快アクションばっかりを求めて観に来た人には難解すぎて解らない映画だったかもしれない。
中国人のメンタリティとして義を成すというのは、どうも理解不可能だけど、昔の人は中国も日本も気骨があったということか。

とにかく映像は美しくため息が出ました。
特にワダ・エミの衣装が素敵でした。


2003年08月23日(土)    飲み会、カラオケ

 今日は中国語の老師と生徒4人で飲み会だった。
生徒の1人はベトナム駐在歴6年、今度中国に行くことになるかもしれないとのことで習いにこられたそうです。もう1人も、電機メーカーの国際購買部みたいなところで働いておられて、中国語の必要性を感じてのこと。もう一人は中国に旅するのが好きでとのこと。
私も、最近目的意識が少ないなぁ。私も「仕事で必要で。」っていうことならいいんだけどね。



2003年08月21日(木)    ポリテク最終日

 3時前には練習問題が一通り出来上がったので、再度おさらいをして、16時に終了できた。ポリテクの今年後半で追加になった興味のあるコースがあったので、帰りに申し込みしてきた。
 帰る前に聞いたらやっぱり講師は名古屋から来ておられた。
やっぱ名古屋だねー。名古屋に行ったら仕事はいくらでもありますよ。って。
独身だったら行ってるけどなぁ。


2003年08月20日(水)    ポリテク2日目

午前中で、コマンドを一通り教えてもらい、午後からはエクササイズに。
最初、ハァ?だったが、コツが分かるとするすると。
しかし、サーフェスって機能は奥が深いなぁ。
 今日は、17時まで居残りで練習問題をやって、20時に中国語学校へ。
サボっていたので、四声がもうめちゃくちゃ。自分でも情けなや・・。


2003年08月19日(火)    京阪事故

 今日から3日間、関西ポリテクでCATIAのサーフェスの講習。
一応、中級者以上のコースだったはずなのだが、しかし、私ともう1人以外の4人は全くの素人で驚いた。
どうやら、初級コースが全部埋まっており、仕方なくこのコースを選んだらしい。
スクールは9−16時まで。まぁ難しいながら、一応ついていけてたし、色々知らないことも学べて、3日で12000円は破格に安いなー。どうせこの6人で自腹で受けてるの私だけだろうけど。(企業から来てる人には倍額取っても良いような内容だ)
 帰り、摂津からモノレールに乗って門真で京阪電車に乗り換えて、萱島手前でガクンと電車が止まった。事故らしい。
結局15分位止って、萱島についたらこの先、列車が事故で復旧の見通しがないので、萱島からバスを出しますというアナウンス。都合1時間15分待ったのにバスは来る兆しもない・・・うだるような暑さ。電車からは次々と人が降りてくるのにバスはちっともこない。すると突如改札から駅員が怒鳴るような声で「大和田からバスが出るので、電車に乗ってください!」。
慌ててみな改札から電車に乗って大和田へ。改札を出たらにいちゃんに「バス来てるっていうの嘘ですよ。」って話し掛けられる。まったくデマだった模様。この時点で皆の怒りが沸点に達していた。バス何時来るねん?ちゃんと今どうなってるか放送しなさいよ!など怒号が飛ぶ。阿鼻叫喚。
諦めて京橋回りで帰ることにした。山科についたら、19時回っていた。ポリテク出たのが16時なのに・・・。
 でも、お陰で京阪電車で懐かしい人に偶然ばったり会うことができました。


2003年08月17日(日)    揚げ春巻き(チャーゾー)に挑戦

 ハノイのガイドさんに市場で買って貰った春巻きの皮で今日は揚げ春巻きに挑戦。
でも、失敗しちゃった。皮が全て揚げたことによって、弾けてしまったのだ。
 思い返すと、ベトナムの春巻きの皮って、生用と揚げ用があるのでは?
というのも、日本で売られているのはものすごい厚みで、まん丸のだけど、これはとても薄く四角いのだ。日本のは、ちょっと曲げるとピシっと割れるけど、これは結構薄く弾力があるし・・・。そういえば、ガイドさんはたしか生春巻き作ってくださいねと言ってくれたような気がしてきた。
 でも、味は悪くない、悪くない・・・とダンナに言い聞かせて食べた。
いや、実際旨かったって。



2003年08月15日(金)    帰国

 やっと飛行機に乗り込んだ。新聞と、週刊女性自身をゲット。
帰りの飛行機は満杯だ。
 行きに観そびれてた「Xmen供廚函嵜兩元岨療繊廚鮓る。JALの飛行機にもパーソナル画面がついていて、おまけに映画も自分が観たいときスタートできるのだ。
でも、壬生・・は最後の5分で着陸態勢に入ったので上映が切られちゃった。
ガーン(゚Д゚ )
 関空に到着が7時ちょっと前。検疫も入国審査もするする終わって、拍子抜け。盆休みでラッシュかなと思ってたのに。
バスに乗ったのが8時00分。京都駅に着いて、地下鉄に乗り、家にたどり着いたのが10時20分。
 お疲れ様でした。
楽しかったね、また行きたいね。アジアは何度行っても飽きないね。
今回は平和というものもつくづく考えさせられたし。
そのためにはまた頑張って稼がなきゃね。
再就職がんばろー。



2003年08月14日(木)    料理教室、ラストはホイアンで締めっ

いよいよヴェトナムも最終日。
3日の自由行動で結構歩き回れて、ホーチミンの町を堪能出来た。
で、今日は、朝からダンナと一緒にベトナム料理教室へ。
タクで行ったのだが、一筋違うところでタクシーを降ろされ迷うことに。
えぇーー違うやん。ここ・・・って、地図を見ていたら、タクの運ちゃんが走って追いかけてきて、「向こうの道だ」と身振りで教えてくれた。
実際近かったので、時間に間に合ってホッ。

日本でインターネットで見つけておいたベトナム料理教室に今日は挑戦です。
食べているばかりじゃなく、作り方も知りたいもんね!

 で、料理教室では、ベトナムの元中学校の家庭科の先生(55歳位?上品な笑い方をする人だった)に教えていただくことになりました。で、ベトナム人の日本語の通訳(兼アシスタント)がついてくれた。(先生は全く日本語も英語も解らないため)

 9時半スタートで12時ちょっと過ぎに全てが完成〜\(^o^)/

木曜日の献立は、
◎厚揚げの肉詰めのトマトソース煮
◎瓜とエビツミレのスープ
◎高菜とにんじんの漬物
◎空芯菜のニンニク炒め

を教えてもらった。先生はさすがに、元先生だけあって、生徒に教えるように、じっくり教えてくれた。瓜の新鮮なものの選び方とか、エビのたたき方、あと、トマトと赤唐辛子で、飾り切り(お花)の作り方も教えていただきました。

 作り終わるとちょうどお昼だ。お腹減ったよー。先生と、通訳さんと私ら2人で試食兼昼食会。料理教室は、喫茶店も兼ねていて、窓が大きくて、とっても居心地の良い感じでした。

HP はここをクリック

ほんと、みなあっさりとした味付けで、全て美味しく頂くことが出来ました。

 特に空芯菜はヴェトナムに来て初めて食べたので(?)ダンナが感激して、全部食べてしまった。をいをい、6人前やぞ。
 でも、先生はびっくりしながらもとっても喜んでくれて、是非日本でも作ってくださいといってくれた。(全部食べた日本人は初めてだったらしい)
 で、空芯菜のタレの名前(ベトナム醤油)をここで教えてもらって、あとで国営百貨店で買うことが出来ました。やったね。

 昼からはちょっと気になっていた雑貨屋バタフライ26に行って、急須と湯飲みのセット15ドルを買う。んで、また喫茶店に入ってカフェ・スア・ダーを飲んだ。この店はおしぼりが別料金だった。(今まで本で読んでて、おしぼりは別料金ってずっと思い込んでたけど結局ここだけしか取られなかった。)んで、結構高かった。でも、日本人ならべつにあっそ、という値段。一人360円位だったし。(ちなみに、チエングェン:ベトナムスタバでは、1杯100円しなかった)でも、こっちの人からみたらものすごい贅沢なんやろなぁ。味は美味しかったし、トイレも清潔やったし、ま、よしとしよう。

 ホテルに帰って、夕飯の店を予約してもらって、ちょっと食休み。
19時。(最後なんでちょっと奮発した)ホイアン(宮廷フエ料理がメインらしい)へ出かけた。20分も早めに着いてしまったが、席にすぐ通してくれた。
英語で書かれたメニューを持ってこられた。ホイアンコースとか、フエコースとか17ドルとか22ドル位の手ごろなコースのメニューがいくつかあったが、最後なので後悔したくないと思い、(仮に、げーマズー・・・だったとしも、自分がチョイスしたら諦めもつく)それに時間もたっぷりあったし、じっくりメニューみて決めようと思っていたので、ウェイターに「指差しベトナム会話帳」を指差し「お薦めは何ですか?」と聞いて見た。したらば、写真付きのメニューを持ってきてくれた。(写真にはオーナー氏とエリザベス女王が店の前で握手してる写真が・・すげ、来たのかよ。ここに。(゚Д゚ )すごぉい。

 それで私らが選んだのが、
◎バインベオ(米粉の蒸し餅) ・・・フエ料理ホワイト・ローズともいうらしい。上に載ったエビのでんぶがうまー。もちもちつるー。
◎ホタテのグリルピーナッツ添え・・・もう絶品でした。(涙)これが絶対食べたかったので、感激。ホタテの殻まで噛み砕きたい気になりました。やっぱ単品で頼んで良かった。コースには無かったしね。
◎揚げ春巻きホイアンスタイル・・・ゴマが散りばめられていて、普通の揚げ春巻きとは見た目も食感も、味も全く異なる。ダンナはソーセージみたいといっていたけど、そうかも。美味しかった!
◎ゴイ・セン(ハスの茎とエビのサラダ)・・・何度食べても、ハスの茎は旨いねぇ。ハスの茎萌え〜(^^) 回りにハスの花びらで花のようにデコレートしてあり、見た目も素敵でした。
◎ハスの実のチャーハン・・・ハスの葉で包んで蒸してある風でした。結構淡白な味だったので私はベトナム醤油をかけて食べてました。ウマー(゚Д゚ )
◎チェー・ホイアン風・・・思っていたのと違い暖かいチェーでした。とっても上品なお味でした。
2人でお腹1杯で、34ドル。ビールとジュースも飲んだ。
うーん、満足。ダンナは庶民的な店に行った方が良いと最初は言ってたけど、やっぱ最後は「ここに来て良かった。」って納得してくれてました。インテリアは素敵だし、ベトナム音楽の演奏はあるし、ほんとコストパフォーマンスは最高。予約してて良かったよ。そうじゃなないと、満席になってました。良かった、良かった。

タクで帰って、ニューランに行って、クッキーを買って最後にベトナムのハス茶(アイス)10円しない!をまた飲んだ。ニューラン最高。ハエがぶんぶん飛んでるけど、気にしない、気にしない。味は最高さ。
21時10分前になったので名残惜しくホテルに戻る。21時、ガイドさんは既に来ていた。空港まで20分かからなかった。
離陸するまでの2時間半!!(23時50分の飛行機)まで時間潰すのに、苦労しました・・・


2003年08月13日(水)    ヤギのおっぱい焼肉、うまーっ!!(^^)v

昨日の野菜が原因か、朝から少しお腹がゆるい。ダンナもおんなじ。
ホテルの部屋でトイレに通いながら、午前中でおおむねおさまった。
とか言いながらちゃっかりホテルの朝食でフォーを食べた。
11時半頃外出し、お金が足りなくなったので銀行で2000円だけ両替。
めずらしく12時ちょっと過ぎていたのに、銀行が開いていた。
(普通の銀行は昼休みは閉めている。)
バンカーに、「プリンスホテルに泊まってるの?それなら1Fに両替あるでしょ?レートはここと同じだよ。」と英語で教えてもらった。
なーんだ。
目指す、ホーチミン記念館は13時半まで昼休み中。
それではと、ヤギ鍋屋に行ったが、こちらも開店は2時。ガーン(゚Д゚ )
ではでは、と、チュングエンという喫茶店へ。
ヴェトナムの学生5人が始めたチェーン店で、ベトナム版のスターバックス。
東京・六本木にも支店がある。
"HPは、ここ"

ここで飲んだアイスコーヒー(カフェ・スア・ダー)はすばらしく、うまーーー。
一緒に、ハス茶もついてるしね。(帰国前に、国営百貨店で粉を買ってまいりました。(^^)v)
で、1時間ほど時間をつぶして、ヤギ鍋屋へ。
2時丁度に到着したら、ちょうどシャッターを開けたところで、店の中で6〜7人がゴザの上にゴロゴロ寝ていて、シャッターが開くとともに、起き上がってきたので、ちょっとビックリ。
ベトナムの指差し会話帳の著者がベトナムで絶対食べて欲しいと書いていたヤギのおっぱい焼肉とヤギ鍋を注文。
日本人は作り方がわからんだろうという感じで、中学生ぐらいの兄ちゃんが炭火で肉とオクラをかいがいしく焼いてくれた。うまい。こっちのオクラって日本のより2倍位デカイ。指差し会話帳で確認したら、オクラだった。
焼き肉は、量が、L,M,Sとあって、Mを頼んだけど、Lにしなかったのを後悔した位ウマーーーッッ!!!でした。昨日のバインセオ46Aのチャーゾーと双璧の白眉である。(←日本語間違ってる?)

 ヤギナベのほうは、割合タンパクな味だった。「小」を注文したはずなのだが、けっこう多くて、残した。味はまぁまぁかな。とにかく多い・・。

食事のあと、ホーチミン記念館へ。
英語の説明が書いてあるところは少ないので、くわしいところは分からなかったが、ホーチミンが若い頃の写真などもあった。「ホーおじさん」と呼ばれていただけのことはあり、かなり庶民に近いところにいる人だったようだ。
16時半閉館になったので、歩いてホテルに戻って休憩。
ホテルの近くの国営百貨店でお土産品の物色。今年リニューアルオープンしたとかで、国営なんていうからしょぼいと思ってたけど、とっても綺麗で買い物しやすかった。
20時、夕食は、カニ料理屋のクアン94へ。タクシーで行った。
カニのタマリンド揚げは1kgはある大きな1匹ドーンと。タマリンドの味は良かったけど、食べにくいーーー。身の味は普通より上って感じ?
カニ肉の春雨炒めはウマーーーでした。
とにかく庶民的な店だったので、めちゃ安かった。
値段間違われてたような気がする・・・?

タクでマジェスティックホテルの最上階のバーに行って、カクテルを1杯づつ飲んで上機嫌でホテルに帰って就寝。
あー明日で帰国なんだなー。


2003年08月12日(火)    ニュー・ラン、フォー2000、バインセオ46Aなどハズレなし

 今日から3日間フリー。
やっぱ「食」だよね。
朝は、ホテルで控えめにバイキング。
11時、ホテル近くのニュー・ランへ。ここでバインミー・ティット(←“ト”はほとんど発音しないけど、日本のガイドブックはでかでかとトを書いてるね。)7000ドン。60円くらいか。
座って、Cha Da(アイスベトナム茶)1000ドン(10円しない)x2つと共に食す。ピクルスとニョクマムが効いたフランスパンのバゲットサンドイッチのバインミー・ティットは、ウマー!!
(この旅行中、このニュー・ランにはホテルから近いこともあって、合計3回も来た)
昼、ガイドさんお薦めのフォー2000へ。私はフォー・ボーとベトナム茶のアイス。ダンナはスペシャル・フォー・ボーと同じくアイス茶。2Fの冷房の部屋に行ったんだけど、やっぱ値段は冷房用で高かったのかな?日中で暑すぎたし、下で食べる気は起こらなかった・・・。
ここのフォーは化学調味料たっぷりで舌がびりびりするという話だったが、それほど多くは入ってなかったように思う。ヴェトナムの牛肉はやっぱり固いのかなぁ。お肉は?だったけど、美味しかった。
午後キムタインでヨーグルトとバインフラン。バインフランは私たちには甘すぎたが、ヨーグルトは美味しかったのでお代わりしちゃった。ヨーグルトは15円。バインフランは30円だった。
夕飯はタクシーに乗って、バインセオ46Aへ。
ここで食べたチャーゾー(揚げ春巻)は絶品!!ゴイ・ガー・セン(ハスの茎と鶏肉のサラダも旨いっ!もう一度食べたい級!
ただし、止めておけば良かったと思うことは、野菜はかなり不潔だったかも。不注意だったなぁ。
ここの野菜が原因で次の日お腹がユルくなったと思われる。毎日予防としてワカ末を飲んでいた(バリ旅行で学んだ)ので大事には至らなかったが・・。
とはいえ、店の味も、人のサービスも最高でした。帰りはタクシーあるのか?と聞いてくれたり、あの料理は何?って聞いたらベトナム語の分かる日本人連れてきてくれたりして。帰りに名刺までもらちゃった。
ここに来るのに乗った行きのタクシーが1時間半後に迎えに来てくれるように頼んでたので21時に店を出た。(オープンエアーな屋台のような店なので出たっていう表現はちとおかしいかもね。)ガイドブックに載ってたマッサージ屋に行ってもらう。ホテルから歩いて帰れそうなとこ。1時間7ドルって書いてたけど、チップが2ドル必要って書いていたから行ったのに、50分位しか施術せず、おまけに3ドルチップを強要してきたので頭に来て日本語で「こんな商売してたら日本人誰も来ないよ。」って怒鳴ってしまった。そうしたら、諦めて(?)2人で18ドルでOKだと言うし、指差し会話帳で「気分悪い。」って指してやった。けど、本当に病気で気分悪いっていうニュアンスだったから笑われてたかも?
ダンナはこの旅行で一切値切らないし、オーダーもどこ行くかも私任せで、全然役に立たないし、ホテルに帰ってちょっとケンカになった。(思えば、お腹の調子が悪くなっていた予兆かも)



2003年08月11日(月)    メコン川クルーズ

 メコン川クルーズに行くので、川沿いの町ミトーへ。
またまたガイドさんと運転手さんと私たち2人だけ。ほんと、最後までリッチなツアーじゃのう・・。ヨーロッパ旅行だったら、きっと混載バスに揺られて、ワヤワヤ、ゾロゾロ行くのじゃろうなぁ。
 ミトーはホーチミンから西に車で2時間半。
11時頃ついて、船で水上家屋を見たりして、果樹園の島に渡り、手漕ぎボート(と言っても漕いでくれる人が居る)に乗って、ジャングルチックな支流を20分位行ったりした。メコン川は、他の川と違って、赤黄色い水の川でした。きっと栄養豊富なんだろうけど、こりゃ落ちたりして一口でも水を飲んだりしたら、絶対下痢で死ぬな・・・。
 帰り、お昼ご飯はメコン川名物のエレファントイヤーフィッシュを食べた。どこがエレファントイヤーなのかさっぱり分からなかったけど、川魚なのに全然泥臭くなかった。店の全く愛想の無い姉ちゃんがさっさと削いで、ライスペーパーに薬味と一緒に包んでくれたんを、ヌクチャムに漬けて食う。旨い。この店は、愛想は社会主義国家というのをプンプンさせてはいるが、味はかなり旨かった。お餅をハンドボール位に大きく(空洞)揚げたのとか、シーフードのお鍋とか、骨付きのぶつ切りの鶏の揚げたの(旦那大絶賛!)とかかなり美味しかった。あれで愛想さえ良かったら最高なのにねぇ。
15時ごろホーチミンに戻って、ガイドさんとはお別れし、帰国まで完全フリーである。ご飯も朝食以外はついていない。やった。もうまずいものにあたることはありませんように!まずくても自分の責任!
最終日のピックアップは21時ホテルとのことで別れる。

 疲れていたので2時間弱ホテルで寝ていた。今朝も早かったしね。
16時40分過ぎ、夕飯は、ぽてぽて歩いて、ブイチスアン111に念願のおこわとチェー(ベトナムのあんみつ?)を食べに行った。途中、大きな公園で、足で蹴るバトミントンを皆が輪になってやっていた。流行ってるのかな?
ちょっと道が?になったので筆談でおばさんに道を聞いた。ブイチスアン111のブイチスアンとは通りの名前でもある。111は111番地のこと。(ヴェトナムではこの店の名前の付け方が非常に多い。コピーされるのを恐れる為と場所だから覚えやすいからだと思われる)
この店の近くにはベトちゃんドクちゃんのどちらかがまだ入院している病院がある。
ブイチスアン111ではヴェトナム人にしては珍しい金髪の兄ちゃんがオーダーを取ってくれた。ソーイ タップカーム(2つっていうのは分からなかったのでピースで2を示してみた)兄ちゃんがチェーはどうか?と勧めてくれたので、指差し会話帳で「後で」っていうのを指したら分かってくれた。ソーイ タップカーム(五目おこわ)はめちゃウマー。これは!!!2杯は食べられる小盛やけど、50円しないんだなー。ウマー。
チェーも五目にしてみた。ウマー。
この店はめっちゃ繁盛してた。絶対行きたいホーチミンの店ですなー。全部で200円しないという・・。
帰り、公園でサーカスをやっているみたいに書いていたので、窓口で聞いてみると日曜の夜だけらしい。今日は月曜日・・残念!
公園で夕日が落ちてきた。物凄く綺麗な夕日。ダンナがデジカメで夜景モードで撮ってみたら結構綺麗に取れた。シャッタースピードが遅いのでかなり苦心して固定したが・・。(三脚なんて持ってきてないしね。)
バクダンアイスも食べてみたが、こっちは言われるほど旨くなかった。値段もこっちの物価から考えたら、高いし。それから、点が辛いのは、もともとアイスが好きでないというのも本音だけど。
川沿いまで歩いて、電飾ギラギラのディナークルーズ船を見る。何隻か有るが、皆ものすごい光量。ホンダのセンタースタンドを立てたカップルがいちゃいちゃとくっついて、川面を眺めている。私らも、川のフェンスに腰掛けた。20時20分。魚の形の電飾の船(ベン・ゲー)がゆっくり出港した。
 アイスの口直しにってことで、また少し歩いて戻ってボーザーカフェで、カフェ・スア・ダー(ベトナム風アイスコーヒー)。通じたなー。フィルターがかなり目地が細かくてなかなかコーヒーが落ちてこない。コーヒーは胃の悪い私には少々濃すぎたが、それでもウマー。店の前のオープンエアーでちょっと汗ばみながらも小さいママゴトみたいな椅子に腰掛けながら飲むコーヒーはベトナムに来たーーって気分が満点でした。
 店の前はディスコかクラブらしく、ホンダでカップルがやってきては入店していた。社会主義の国だよねぇ・・ここって。
ホテルに帰って、就寝。


2003年08月10日(日)    ホーチミンへ 市内観光、クチトンネル

またまた、朝一の国内便でホーチミンへ。ハノイの空港は結構市内から遠いため、またまたお弁当をホテルから受け取ってまだ暗い5時にホテルを出発。日頃、早起きというものに慣れていない私にはかなり辛い・・。途中まだ暗い中、市場がもう立っていた。すごーい活気である。ハノイのガイドさんとはここでお別れ。すごく良くしてくれたので、おにぎりせんべいと、週刊文春とモーニングを押し付けて(?)さようならする。
ホーチミンに9時頃飛行機到着。すぐガイドさんに連れられて、お決まりの市内観光。中でも、戦争証跡博物館はやはりショックだった。まだ戦後30年も経っていないということに改めて気付かされる。「ここにアメリカ人は来る(っていうか来る勇気あるんですか?ってニュアンス)んですか?」とうガイドの兄ちゃん27歳ビン氏に問うてみた。はい、来ますよ。僕等はもう恨みに思ってない。忘れました。今では、アメリカ人も沢山きます。罪の意識で悪夢を見て眠れない(ベトナム戦争でかつて戦った)アメリカ人が自分が殺したベトナムの村に行って、お茶を入れてもらって、眠れるようになった。とかそんな話をしてくれた。
ヴェトナムの人々が過去を水に流そうとしているのが、というのが立派すぎる。どこぞの国のように「恨」のパワーだけでは、ネジクレタ未来しかこないような気がする。私はパンフレットに書いていた「ベトナム人は恨んではいけない。恨みは何も産まない。この歴史を正しく未来に伝えていくことが大切である。」と書いていた。ほんと涙が出てきました。

お昼ご飯は小洒落たヴェトナム料理の店だったが、美味しくなかった。
ダンナの食べているのと、まるで味が違った。一緒に焼いたんちゃうんかい?
ヴェトナムは品質の安定性の追及に関してあまいようだ。(これは随所で思い当たる。ホテルのサービスもそう)
ご飯のあと、ベトナム戦争時代に張り巡らされたクチの地下トンネルへ。戦争当時250kmも張り巡らされたという。
大柄なアメリカ人が入って来れないようにものすごく狭く中腰じゃないと通れない部分が多い。
実際に1F部分(地下3Fまであるらしい)トンネルの中を通ってみたが、中腰で通ったトンネルはひざがガクガク。(帰国後、中国語教室で一緒のH氏はベトナム在住6年で、H氏に聞くと、あれでもアメリカ人が通れないから仕方なく広げたそうな。地下3Fまで行くと脱出用の小船が浮いてるらしい(゚O゚;))
おまけに全部手掘りやわなぁ。
ベトナム人のメンタリティはやっぱすごいわな〜。
今ぐーたらしているベトナム人が道端にごろごろしてるけど、、、やるときはやるのね。
夕飯はベトナム風フレンチってことで、ガイドブックにも載っている店に行ったけど、おもいっきりハズレてました。(T_T)


2003年08月09日(土)    世界遺産:ハロン湾

旅行日程表には「混載バスで他のお客様と一緒かも」と書いてあったが、結局ガイドさんとドライバーさんとでハロン湾までリッチに移動。9時にホテルを出発。
高速道路で移動っていう話だったがどこが高速道路?牛も人も居るでー。(^^;
あまりに和やかな高速道路でありました。
 途中、身体障害者(枯葉剤などの後遺症でだと思われる)の施設でお茶休憩。
刺繍の工場などがあり、即売場もある。刺繍は全部手縫い。細かい作業やねー。
少しだけど、頑張っている姿に感動して、買う。
 んで、ハロン湾へ3時間なんと、船は2人のみ。また、豪華な・・・
天気はうす曇り。日焼けしなくて良かったかも(と言いながら、曇りでもやけるんよね)
 で、今度世界遺産になるらしい鍾乳洞をめぐったり、船で湾内をめぐったり。
日本人はいそがしく回るが、欧米人はここにステイして4日ほどかけて、あちこち行くらしい。
 今日はかなりのんびり出来ました。
夕食は、昨日夜食べたチャー・カー(雷魚のソテー)が私が苦手だというたら、ガイドさんがレストランに言ってくれて、私たちの好きなゴイ・セン(ハスの茎のサラダ)に代えてくれました。良かった。(^^)
 ガイドさんは、23歳やけど、日本語も上手く、日本に留学したい夢を持ってたし、ドライバーさんも私が乗り降りするときは、いちいちドアを開けてくれて本当に礼儀正しい人で、ハノイは楽しく過ごせました。
夜は、昨日行った、マッサージ屋のホン・マウ・ドンにまた行ってしまいました。
往復のタクシー代とチップを入れても一人1時間たっぷりやってもらって750円。安い、安すぎる。おまけにチップ1万ドン(約90円)上げたら喜んでもらえて・・・。明日もハノイだったら、また来るのにな・・。明日はホー・チ・ミンにまた飛行機で移動。明日も早い。



2003年08月08日(金)    眠いっ。ハノイへ。

昨日深夜0時についてホーチミンのホテルで寝たのは3時過ぎ。
ちょっとだけ寝て、朝一番(7時)の国内便でハノイへ行くので、4時起き。
朝食もホテルが用意してくれたお弁当(サンドイッチとクロワッサンと林檎、マンゴジュースとヨーグルト)
ハノイ着9時。早速ガイドさんに連れられてハノイの市内観光をする。
今日は金曜日なので、ホーチミン廟に入れずに残念。
「ホアンキエム湖」など、よく聞いて見ると、漢字が当てはまる言葉があり、中国文化の影響が有り過ぎるほどある。
ちなみに、ホアンキエムは「返剣」と思われる。
ガイドさんは23歳だったが、かなり漢字が読めた。おじいさんはもっと読めたそうだ。
昼食は、ブラザーズカフェでブッフェだったのだが、そこで初めて食べたハノイ名物ブンチャーは最高でした。フォーも美味しかった。(^^)

 午後から陶器で有名なバッチャン村に行ったが、なんと、土はここで産出していないそうな。日本ではありえないねぇ。
さて、買い物は全部で9ドルだったのだが、5ドルに値切った。やったね。
 わりと要らなさそうな態度だとあっさり値切れた。演技派。


2003年08月07日(木)    行って来ます!

 現在10時。
昼頃に出発の予定です!
帰ったら、中国語の申し込みとか健康保険の延長申請しないとな。
あ、来週はサーフェス&ワイヤーフレームのCATIAセミナー
受講があるんだった。
なんやかやと8月は忙しいなー。



2003年08月06日(水)    なんやかやバタバタ

 旅行の準備で一日あたふた。
夕飯は、ミートピアさぬきのきつねうどんと
冷凍ドリアで簡単に済ませちゃった。
すまん、ダンナよ。
明日も、まだ買足したいものがちょこちょこ
あるなぁ。


2003年08月03日(日)    京都縦貫道路渋滞

 9時40分頃チェックアウトして、海産センターでお土産の一夜干しのスルメイカを買う。
ダンナが昨日のイカ釣り漁船で帽子を忘れた。それを観光協会に届けると、見つかったという電話がほどなく入ったのでとりに戻る。
帰り、京都縦貫道路途中珍しく渋滞していた。いつも、空き空きなのにね。
近所のスーパーで旅行用のリュックを買った。コールマンの青いストライプので可愛かったし安かった。勿論ダンナ背負い用。(笑)
 今回ベトナム旅行は長いし、珍しいだろうし、変換器の世話になりそうな予感がするので、ジャパンに行って、変換器を探すが見つからず。やっぱり空港で買うことになるかなぁ。


2003年08月02日(土)    浜坂温泉でイカ釣り体験

 今日は温泉に一泊。兵庫県の湯村温泉(でも湯村温泉って、ずばり温泉町っていう名前の町にあるので笑えた。そのまんまやん。)の先らへんにある浜坂温泉まで行ってきました。
浜坂温泉は、龍神温泉の泉質と似ていて肌に良さそう。3度も入った(^^)町内の家々にはみな温泉が引かれているそうな。JRの駅前のモニュメントもコンコンと湯が湧き出ていたが、これを足湯にしたら、客を呼べるんでは?と思った。だって、あまりにさびしいんだもん。
 温泉宿は日本海という旅館。(外観は普通の民家ちっく)本当は釣り人用の宿みたいでしたが、閑古鳥が鳴いていた。
こんなにいいトコやなのになぁー。やっぱり宣伝が足りないのでは?って思いました。
ホームページは絶対持ったほうがいいですよと勧めておいた。(奥さんが今習いに行ってるって言ってはった)
実際、料理も美味しかったし、温泉も良かったし、週末だというのに1万円ぽっきり!申し訳ない位。
 結局私たち2人だけだったので、温泉も貸切状態で大変良かったです。
イカ釣りは恐れていたとおり、酔いました。んで、寝てしまいまいました。寝たほうが酔わないと思って。ごめん、ダンナ。
 ダンナが1時間あった釣り時間中で中くらいのをやっと1匹釣ることが出来ました。イカは透明でとっても綺麗。
触ると、細かな色素が見る間に浮いてきて集まり、それはそれは自然の神秘!めっちゃ感動しました。釣りたてだったらさぞ美味しかろうと思いましたが、翌日の朝のご飯にイカ刺しにしてもらいましたが、充分透明感があって旨味もあり最高でした。旅館のおかみさん、ダンナ、ありがとう。美味しかったよ。


2003年08月01日(金)    ハスの群生地

 ダンナが今日代休なので、朝6時起きで草津の水生公園へ。
7時半についたら、まぁ居るわ居るわ、カメラを持った人でいっぱいでした。
ハスはものすごい数で、甲子園球場がすっぽり入る面積くらい群生しており
ました。
 これって食用なのかな?なんて、また食べる事ばっかり。
朝マックして帰ってきました。

 こないだバイトした派遣会社とってもいい加減でかなりムカってきています。
あんないい加減なことばっかりやっていたら、そのうち信用無くして、先が見えているような気がしますが・・。
 まぁ相手にしないでおきます。何も仕事はあそこだけではないしね。






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