xxxxxx 表面張力(仮)

虚実入り乱れても記録
20010802--



2004年03月31日(水)

ただ単に欠けている

 先日、友人が遊びに来た。
 その言葉は正確ではなくて、試験勉強をしている私に色々と自分が使った問題集などを持ってきてくれたのだ。そして結婚写真を見に。どうも女友達は写真を見ると言うけれど、男友達は見るどころか思いつきもしないようだ。
 その友人が写真を見て「引きつってる」と笑う。まさにその通り。あっち向けこっち向け笑え笑え笑えと大変だったんよアナタ。そして話は色々な方向に流れる。
 で、しみじみと思ったこと。

 類友。

 友人は、私より物事を切り捨てるのが早くて見た目の明るさを保つのが上手で物事を建設的に捉えるけれど、考えに考えすぎて思い詰めて自爆するタイプだ。考えすぎの方向性が一緒。自爆も一緒。自爆の仕方は別。
 私は破壊。彼女は強制終了。
 私と彼女は、誰しも持つであろう人生の傷においてその種類が似通っているトコロがあって、そういう意味では元々類友なのだと思う。しかし、考えすぎという部分も似ているとは、まあいやはや。そういう傾向なのか?とまで考えてしまう。
 行動の前に考えて考えて考えて、ボン。
 結局は考える方向が間違っているのだと思う。

 夫や共通の友人について話していて(彼女と私と夫は同じ団体に属していて知り合ったので共通の友人が多い)、色々と考え込んだ。なんていうか、彼らが傷ついたことがないとは思わないし傷が見え隠れしているコトも知っているのだけれど、彼らはとてもポジティブで辛いことがあっても最終的に前を向くし破滅的なことにはならない。人に対しても物事に対しても、クールとかホットとかそういう質ではなくて姿勢が前を向いている、ように思う。いや、感じる程度だけど。

「うまく言葉に出来ないけど、仄かな影っていうか暗い部分がない気がする」
 彼女はそう言い表した。私もそう思う。

 彼らは両親を尊敬できている。周囲の人を大事にできる。自分のことも大事にできる。最終的に自棄にならない。ある意味においての馬鹿な行動を取らない。賢いかどうかは分からないけれど、おそらく間違っていない選択をできる。
「家族に愛されてきちんと育ったんじゃないかなって思う。そうじゃないと親を尊敬するなんてできない」
「あと、自分にとって決定的になる欠落がないように思う。欠損?欠落?よく分からないけど」
 そう話して二人で笑う。そういう人がいいねえと話す。
 馬鹿な行動ばかりしているわけでもないが結局は愚かな私。馬鹿なことをしないかわりにどの選択をしない友人。順調な恵まれた、不自由のない生活をしていることを自覚している。けれどそれでも私達の足下には。
 私達は不幸なわけでもなく不運なわけでもなく、ただ単に欠けた。それだけのこと。


2004年03月29日(月)

桜吹雪に前の今の先の光景全てが混ざりあって

 週末に夫と近所を散策していたけれど、残念ながら桜が満開になったのは本日のようだ。まあ、それなりに大きな木のある公園を見つけたのでよしとしよう。
 今日もいい天気だ。日差しの色が暖かい。
 春だ。


 桜さくらサクラ。
 私は桜並木のある場所で育ったので、桜を見ないと春になった気がしない。小さな桜ではなくて、盛大で怖いくらいの桜が好きだ。吸いとられそうな飲み込まれそうな桜。
 優しくもない春風に盛大に散るのを眺めているとくらくらする。前の今の先の光景全てが混ざりあって洪水のように。
 この先、私はどこにいるのだろう。


 試験勉強。今回で受かるとは思えないがとりあえず勉強するしかない。
 前を向こう。辞めてから一年が過ぎた。





 そして。
 一昨年の自分もまた同じフレーズを使っていたことに気づいて、人間って変わらないなと思う。失笑。
 それでも変化を求められている。何から?
 自分の内側、もしくはこれからの日々から。


2004年03月22日(月)

形だけのヒトなんて

 人に対する自分について色々と反省。
 昨年の入籍直後くらいにお祝いを頂いた。その頃はもう体調が悪くて毎日が鬱々としていて、正直、新婚なのにどうしてこんなにワタシは落ち込んでいるのだろうと無限ループで下降していた。お祝いは両方の親からも頂いていて、その流れでなんとなくそのままでいた。勿論、お礼は言っていたけれど。内祝いなんて思いつきもしなかった。知らなかった。
 でも、知らなくても、お祝いに対してお礼を形ですれば喜ぶかなって、考えることはできたと思う。
 自分にはそういうところが足りないと、本当に昔から思う。形だけで、中身が伴わない。形骸化、という言葉がしっくりきてしまう自分。

 自分のことだけ考えていてはだめだ。ワタシが物事をきちんとしようと思うのは全て自分のためだ。見栄とか変なプライドとか。でもそれだとだめなんだ。限界がすぐそこにある。
 だからワタシは物事を途中で放り出してしまうんだ。

 そして、こう考えたところで自分に対して諦めてしまうのも悪い癖だ。

 形だけを取り繕うことをやめよう。そこから。


2004年03月18日(木)

後退り厳禁で

 参考書を買いに行こう。そうしようそうしようそうしないと。
 と、自分を追い込んでしまわないと何も動こうとしない自分に苛立ちを通り越してちと不安。とにかく今日は行こう。
 先々のことなんてあまり考えていられない。自分での計画なんてワタシに強制力を行使できない。今日一日、せめて今日くらいはこれをこなそう。そうやって毎日を過ごしている。
 なんて情けない。
 それでもそれが自分の現状だ。どこからここまで意志とか努力とかを落としてきたのか見ないことにしているけれど、進めていけば気づいたときには大きく進展しているものだ。そう。一日一歩なら三日で三歩なんだって歌っているじゃないかそうじゃないか。
 後退りしないようしないよう、それだけに気をつけている。


2004年03月16日(火)

無計画無秩序無節操

 自堕落な日々。ああどうしようもないヒト。
 何かを制限しないと、ずるずるずるずるとダメになる。前々から、そうもっとずっと前から自分はそういう人間だと分かっているはずなのに。そうできないということは、「ワタシ分かってるし認識してるし」で満足してきたということだ。甘い甘い考えの結果。
 決めよう。自分の規則を、決まり事をはっきりさせよう。
 そうしないとこのまま失敗する。

 規則1:その日の予定のコトが終わるまで遊ばないし座らない
 規則2:最低でも一時間は勉強をする
 規則3:清く美しくあるその努力を必ず朝に行う
 規則4:ネットに繋ぐのは控える(具体的に月木のみということで)

 まあそういう本日は火曜日なんですけどね。最初から頓挫かよ、とツッコミは自分でしてとりあえずまあ終わらせよう。
 無計画とか無秩序とか無節操といった言葉をどうにかしたいなと。そういうことで。


2004年03月11日(木)

そういう気がするし

 来年度から色々と就職試験を受けることになった。その関係に勤めている友人に話を聞いたりと、とりあえずは情報収集をする。こういうので危険なのが情報を集めただけで「もう準備しているよ自分」という気分になることだ。情報を集めた後には勉強したり応募書類を作成したりと必要な作業はあるというのに、なんとなく落ち着いてしまう。それはとても危険で怠惰な香り。
 さっさと勉強しよう自分。とにかくとりあえず。

 この一年ですっかり自由すぎる時間の使い方に慣れてしまったので、ここらで少しずつ、意識した時間の使い方を訓練していかないとならないだろう。どうにでも辻褄合わせのできてしまう時期は過ぎた。試験日程は決まっているのだから。
 がんばろうがんばろうがんばろう。
 私にはそういう方が合っているような気がする。


2004年03月03日(水)

ぼろぼろの小指

 右手小指だけがぼろぼろになっている。
 皮は硬くなり剥がれていく。節目の皮膚は裂けてしまって血が滲む。別にこの一本だけなので構わないのだが、曲がりにくくなっているので使い勝手がイマイチ。ていうかどうして一本だけ。
 去年は右手全域に広がりかけたので皮膚科に行ったのだが、塗り薬をもらうだけで終了。今も水仕事をしないときには薬を塗ってラップを巻いているが、一進一退。仕方ないわな、使うから。それにしてもどうしてホントにこの小指だけなのでしょう。
 モノを持つと小指がピンと立つのが嫌だ(曲がらないから)。
 まだしばらくは奥様風?の持ち方で。



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