DAY BY DAY
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Tシャツとジーンズさえあれば、 どこにだって行ける。 この2つのアイテムを作った人にただひたすら感謝の私♪
若い頃から、私の服装はあまり変わっていない。 学生時代も、会社勤めをしていた頃も、 子供と遊ぶ時も、そして今も。 ずっと、この服装は私の一番の友達。 おばあちゃんになってもそんな姿が似合う人でいられればいいな〜。 おしゃれにお金をかける余裕がなかったせいもあるのだけど、 なにより、絵の具や土、 そして風や野原と思いっきり友達になれるのが好き。
すっかりヨレヨレ、クタクタくんのTシャツだって、 「うん、この穴のあき具合がかわいいー」なんて、 洗濯するたびに次は捨てようと思いながら、 なかなかお別れできないでいる。(笑)
さて、ゆめ本社さんから私の絵をモチーフにした Tシャツを販売して頂くことになりました。 ネット販売は今のところオンラインショップ積木屋で出来るようです。 もしよろしければ見て下さいね。
また、この件でお世話になったゆめ本社の細谷さんの Tシャツに関するエッセイもなかなか読み応えがあって、 ちょっと、その時代にも重なる絵がある私としては 共感するものがありました。 (その他のエッセイや詩も素敵なんですよ。ゼヒ♪) 。。。なんて、私が細谷さんの文章って、いいなぁって言う度に 照れくさそうにメガネの奥で笑ってる 細谷さんご自身もステキな方なんですよ。

いちめんのキャンバスに 複雑な模様を描いてゆく秋の空。 風が雲と遊んでいるみたい。
雲の階段を上って降りて、 ひつじ雲をピョンピョン♪ スルンと滑って、、、
、、、なんて、 私も空を見ながら、ちょっと遊んでみる(笑)
ミルク色からうすやみ色へと溶けて行く、、、 今日の日暮れはやさしい。
昨日は映画「誰も知らない」を見に行ってきた。
この映画は1988年に起きた「西巣鴨子供4人置き去り事件」という 実話をもとに是枝監督が脚色したものということだ。
涙が止まらなかった。 そう言う自分が情けなく、腹立たしく、恥ずかしい。 私は「かわいそう」という言葉が嫌いなのですが、 この映画で泣くことはその言葉を言うのと同じような気がして。 本当は泣いちゃいけないんだと思う。 誰にも知られなくても、一生懸命生きている子供たちを 辱める行為のような気がしてすごくうしろめたくなる。 泣いてしまうのは自分が傍観者だからだ。 子供たちの前を通り過ぎてゆく多くの人たちのように・・・。
この映画に描かれた子供たちは泣かない。 辛いも、悲しいも、寂しいも言わない。 ドキュメンタリーをずっと撮っていた監督らしい、 淡々とした子供たちの日常が描かれているだけ、 芝居じみた台詞もない、 クスクス笑ったり、はしゃいだり、じっと見つめたり、、、 どこにでもある、ごく普通の子供の いろんな美しい表情と情景があるだけ・・・
ニュース23のインタビューで 是枝監督はあえて悪い人は描かなかった。・・・と、答えていた。 その人のせいにすれば話はそれで終わるからと。 事件当時、無責任な母親を叱責する報道が多かった中、 「お兄ちゃんは優しかった」という子供たちの言葉に、 子供たちの中の幸せな時間をイメージし それを描きたかったのだという。 それよりも無関心もまた罪だと言うことを言いたかった ・・・と。
ずっしりと重い。
人に率先して「面白いよ〜」なんて薦める映画ではないような気がする。 でも、だからこそ無理して並んででも 見てほしい映画のような気もする。

photo/going soloさんより
今日は雲ひとつないさわやかな良いお天気♪ 日中は30度を超える関西ですが、 それでもさわやかな風が「秋だよ〜♪」って、 空を通り過ぎてゆきます。
going soloさんは気まぐれにステキな写真を送ってきてくれるのですが、 くじら最中に引き続き(笑) 夕暮れに浮かんでいるくじら雲。 すごく気持ちよさそう。。。 そういえば私の絵には時折くじらが登場しますが 夕暮れの空の絵はなかったなぁ・・・と、 ひととき、夕焼けを追いかけて、淡い薄紫の空を泳いでゆく くじらの気持ちになってみたりして。。。
星が瞬きはじめる空・・・ 風に流れて消えてゆく前に 草むらの中から聞こえる、 鈴虫の声をこのくじら雲は聞いただろうか。。。?
アーシュラ・K・ル・グィンの「闇の左手」とついでに同じ作者の読んでなかった新しい「ゲド戦記」シリーズの二冊「帰還」と「アースシーの風」も一気読みしてしまいました。私はお風呂の中で本を読むのがお気に入りの時間だったりするので、ちょっと涼しくなって、読書するにはとってもいい季節になってきたかな。(笑)
「闇の左手」は「ゲド戦記」より以前に書かれ、 SFなので「ゲド戦記」とは趣が異なるのですが、その中の言葉
光は暗闇の左手、 暗闇は光の右手。 生と死。 ふたつはひとつ(闇の左手)
は以下の「ゲド戦記」のはじめの詩に繋がり 全く別の物語なのですが、 この言葉に対する作者の強い思いがこの詩に込められて この2つの物語が出来ているような気がします。
ことばは沈黙に 光りは闇に 生は死の中にあるものなれ 飛翔せるタカの 虚空にこそ輝ける如くに(ゲド戦記)
ル・グィンはかなり東洋的な考えをもって作品を書いている人のようで、この作品の底辺にも上の2つの詩のように陰陽の考えがふかく関わっているような気がします、相反する2つの観念は反発し合うものではなく、調和するものだというような考え方に私自身もすごく共感したりして。。。
「闇の左手」で描かれている世界は両性具有の社会なのですが、 この本のAmazonのカスタマーレビューにあったとおり
>人が個として生まれるのは、 >個として生まれたほかの人と対立するためではなく、 >その人といつか出逢って、 >理解し合うためなんじゃないかと思った次第。 ・・・と言う言葉ににすごく納得。
男でもなく女でもなく、人としてひとりの人と向き合う、全く違うもの同士、如何に理解し合うか、人が敵と味方に分かれるのではなく両者の間にあるのは無知だということ、なんとなく書いてあること一つ一つに頷いてしまい、この物語が繰り広げられる惑星「冬」の世界に、今までの固定観念に縛られている自分自身や社会ををふと疑ってみたり、いろんな視界が広がるような、なんて書くと難しい話のようですが内容はなかなか少女漫画にもなりそうなロマンチックな雰囲気もするお話だったりして(出来れば萩尾望都さんで・・・笑)と、かなり丸印の面白いお話でした。
「ゲド戦記」については、じっくり書くと長くなりそうなのですが、 ほんの少しだけ・・・(笑) 物語として楽しく読むには最初の3巻で十分な作品だと私は思うのですが 作者がどうしてもこの二卷を長い時間をおいてでも書きたかったのは、 きっと最初の詩のとおりにすべてを 平らに納めてしまいたかったからなんだろうなぁって、、、。
なんと「ゲド戦記」はテレビドラマ化が進んでいるようで・・・ オフィシャルサイト http://www.scifi.com/earthsea/
「ハリーポッター」も本格的に読みたいし、 読みたい本が少しずつたまってきています。 秋の涼しい風に吹かれて、想像の翼を羽ばたかせ 本を読んで過ごすのはすごく楽しい♪

寂しさの微粒子を 成層圏から降りてくる冷たい空気に含んで 秋はやってくる
秋って、こんなもんだよ。 そう、毎年こんな風に 理由もなくメランコリックになったりするもんだよ。 それが秋のいいとこなのさ。
夜空を見上げながら ちょっと一声鳴いてみる。 誰かがそう答えてくれないかと・・・
それから寂しさがあまり入ってこないよう、 くしゃみをしたりする。
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