DAY BY DAY
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2003年02月14日(金) ぶきようなんやね(チェット・ベイカーを聞きながら)


私はそんなに器用なほうではない。生き方にしてもそうかもしれない。 人とのつきあい方一つとってもそうだ。 小さな事にクヨクヨ悩んだり、気を遣いすぎたり、自信がもてなかったり、人と素直に向き合えなかったり、主張すべき所を主張できずにいたり、数を上げてゆくときりがない。 もっと大人になりたいと思いつつも、心はかたくなにへそ曲がりだったり、勝手に傷ついたり・・・ 「あーあ、もうどうしようもないなぁ」なんて、 そんな自分の不器用さをもてあまし、どどーんと落ち込むことのほうが多い・・・


でも人と話しをしてみると、そんな人は多くいて、 書店などにゆくと「生き方本」のような本がたくさん売られていることにびっくり・・・ それぞれにそんな自分に悩んだり、ぶつかったり、 じたばたしながら毎日を暮らしているんだなぁと思うことも多くて、 客観的に見ているとそれは不器用なりに今よりもっと自分を向上させたいから 悩んだり、落ち込んだりしているんだと理解できる。 消しゴムで消してしまいたいような古傷の一つや二つ、いや、みっつよっつ、いや限りなく・・・ でも、そう言うことの積み重ねがきっと生きてゆくことなのかなぁ。 その時々に一生懸命それなりの自分を受け止めてゆければいいなぁ、と。


だってみんな上手にきれいに満足して生きているとしたら、なんて人生って面白くないんでしょう。 あれこれと自分自身を手探りし、迷いながら、転びながら、 時には励ましながら手を入れて「私」が生まれてくるような気がします。 そんな中で出会う様々なオプションが楽しかったり、うれしかったり・・・ 時に胸が引き裂かれるような思いをしたり、 時に自分の中に吹きだまりのような暗い部分があることが解るからこそ、 人の悲しみを理解できたり、苦しみを理解できたり、 そういったことをうまく積み重ねてきて初めて深く味わいがある人間になるのかもしれません。 そういうことを語るには私はまだまだですが、 せめて、その不器用さのなかで生まれてくるものを大事にできる人になりたいなぁと思う今日この頃。



不器用にかっこわるく、転びながら、
脇道にそれたり遠回りしながら・・・
はるか遠くの夢を追いながら・・・
そのほうが人生って、きっとたのしい


shinobu |HomePage