umityanの日記
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2014年01月23日(木) のび太君の誕生日。

すこぶる良い天気になった。ただ、ただ、寒い。昨日も今日も田んぼ一面が雪に覆われた。雪の少ない当地にあっては、雪は珍しくもあるが、東北地方の人達に言わせると、「あんた、何、甘っちょろいこと言ってんの。我々の所を見てみんしゃい。3丹幣紊眄磴積もってんのよ。生きるか死ぬかの毎日なんよ」と叱られそうだ。いやああ、ごもっともです。災害が起きないことを心より祈りたい。

確かに、ここ近年、気象の異常に拍車が掛かっている。地球が温暖化に向かっているのか?、寒冷化なのか学者の間でも、議論があるようだ。太陽の黒点の異常も地球の気象に影響を与えているという。いずれにせよ、「地球環境に異変あり」ということは誰にも否定できない。人類の飽くなき欲望が、地球環境を変えてしまったのか?。

昔は、暑さ寒さなんて、僕にとって、へっちゃらだった。しかるに今は、暑さに弱く、寒さにも抵抗力がなくなってきた。加齢と体力低下がそうさせているのだろう。やだなあーーー。人生の終着点が一歩一歩、近づいてくるようだ。

くしくもネズミ男君が言ったことよ。「おいどんたちも、あと二十年前後だぜ。いまさら、金儲けとか、事業を興すとかの野心はない。人様に幸せを与えつつ、すべからく生きようぜ。旅をしたり、楽しく飲んで、歌でもハモろうぜーーー。秋桜の歌で、おっかさーーーんと叫ぼうぜ」と。

いやああ、同感だ。そこで僕は言ったやったことよ。「おい、ネズちゃんよ。あんたのドラム缶貯金箱を取り崩して、その金で世界一周旅行でもしようや。おいらは待ってるぜ。」と。彼は笑いながら肯定も否定もしなかった。

ところで、一昨日は、のび太君の〇〇歳の誕生日だった。面白いことに、どらえもん君ものび太君と同じ誕生日だ。2歳ほど、のび太君が上か。どらえもん君は誕生日なんて全く無頓着。従って、人の誕生日なんて、知らぬ存ぜずだ。お腹の袋から、プレゼントを出すそぶりは微塵もない。僕も似たり寄ったりだ。かたや、のび太君はあちこちから祝いの言葉が寄せられている。さすが紳士、のび太君。交友関係も広い。うらやましいぜ。

実は今宵、あるフアンの人から、のび太君は招待を受けている。僕にも声が掛かった。知らない人ではないので、参加することにした。会費はいらないが、なにか一品持参して欲しいとのこと。丁度、弟から送ってきたワインがあった。それを持っていこう。

最近、酒まで弱くなった僕。酩酊しないようにほどほどに騒がなくちゃと、自分を戒めている僕の姿が、今ここにある。




2014年01月01日(水) 新年のつぶやき。

いよいよ新しい年を迎えた。まずは昨年お世話になった方々に、年賀状代わりと言ってはなんだが、明けましておめでとうございます。今年も宜しく。

平成26年1月1日。当地の天気、晴れ時々曇り。寒さも幾分か緩んだ。初日の出は拝めず。というより、目覚めた時にはお天道様が高く昇っていた。元旦は朝寝に限るぜ。起きてこないご主人様を心配してか?、階下から猫がおらぶ。「どうしたニャーン。はやく起きニャーン」。

昨年の喧噪が嘘のように穏やかで静かな今日である。田舎は車の往来も少なく、ただ、田んぼが淋しそうにたたずんでいるだけ。そんな中、僕は机に座り、一通り年賀状に目を通した。義理だけの賀状なら出すまいと、今年は少なめにしたためたが、一年に一度のことだと、人は几帳面に賀状を出してくれる。出していなかった人達からもらうと、「やはり出さねば」と、書かずにはいられない。

この奇妙な行動は一体、何だろう。縁だけは残しておきたいのだろうか?。そうかもしれない。年に一度の賀状を受け取ると、「ああ、元気なんだ」と、相手のことを慮ることが出来る。そのことだけでも良いわけだ。互いに生きているからこそ、賀状も届くわけだ。

賀状はさておき、僕は今、去年のことに思いを馳せている。実のところ、昨年の11月から行事やら諸雑事が目白押しで、日記を書くゆとりさえなかった。書く材料は山ほどあれど、いざ、書こうと思えば、なぜか、しらじらしく思えて、文章が書けなかった。世間では、これをスランプと言うのだろうか?。

スランプねえ−−−。ビジネス文章ならいくらでも書けるが、個人的な内面をつづった文章は、つまらなく、ばかばかしく、幼稚に思えるのだ。そんな時は決ままって自己顕示欲が頭をもたげているのだ、何も出来なくなる。

さあ、肩の力を抜いて、正直に、優しく、飾らず生きよう。これが今年の課題だ。とっちゃん坊や達の旅日記も書かなくちゃあーー。ネズミ男君が首を長くして待っているぜ。



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