umityanの日記
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2013年05月29日(水) グッドバイ 故郷(5完)

友を新幹線乗り場まで見送り、僕は車を実家に向けて走らせた。10劵瓠璽拭爾竜離にある。国道を一直線に南下する。見慣れた風景、見慣れた山々。懐かしさが込み上げてくる。10数分で古びた温泉町へ到着した。車を置き、1〜2分歩くと我が家がある。道すがら時計・眼鏡店を営む小・中学校の同級生に出会った。「おい、今日は何んかあったっかい?」と、方言丸出しで聞いてきた。僕は「高校の同窓会で来たったい」と、方言で返した。

彼から数年前、仕事の依頼を受けた。無事に仕事も片づき、その後は時々、電話で話していた。母が実家に住んでいたとき、何かと世話をやいてくれた有り難い存在の友人である。お茶をいただき、近況をあれこれと話し合った。「おい、俺たちも、同窓会をしようや。あんた、地元にいるけん、幹事をすればよかとに」と僕が言うと、「幹事は、せからしかけんね。考えとくばい」と彼は言った。

まあ、こんな風で、10分ばかり彼の店舗で過ごし、目と鼻の先の我が家を見に行った。旅館と、シャッターの降りた商店に囲まれ我が家があった。築後120年は経った木造2階建て。中は、老朽化が進みガタガタの状態。梁が頑丈な為、今までもっているのだろう。来年あたり解体すると兄が言う。まあ、これは仕方のないことだ。

中に入ろうかと思ったが、鍵がかかっており、残念ながら入れずじまい。外観の写真だけ撮ることにした。さてと、もうこれ以上いても仕方がない。家の隣で、名物の「ちくわ、天ぷら」を売っている。土産に買うことにした。

今度いつ、この地に来るだろうか?。多分、来年、もしくは同窓会の呼び出しがないかぎり、この地を踏むことはないかもしれない。生まれ育った我が故郷。「兎追いし、あの山。小鮒釣りし、かの川。夢はいつも巡りて、忘れがたき故郷」。たとえ、家屋を解体しても、更地が残る。兄とも話し合ったが、故郷を捨ててはいけない。僕が存命中は守り抜かねば。そんな気持ちを抱いて、母が待つ施設へ向かった。

予定より早く施設へ到着した。兄も程なくやって来た。母は丁度、昼食タイムで食堂へ行っているとのこと。その間、兄と二人で、今後のことを色々と話し合った。ここに弟と義姉がいれば、兄弟全員そろうのだが、ここ何十年も、全員がそろったことがない。それぞれが遠隔地にいて、家庭を築いているとあれば、無理強いすることもない。

母が戻ってきた。食事もおいしいとの事で安心した。母がしげしげと、兄弟二人の顔を眺めた。「純ちゃん、あんた兄ちゃんより、随分若く見えるねえー」と、母が言う。「弟だし、ストレスもないからねえーーー。絶好調だよ」と言うと、「あんた、その、うぬぼれがいけないんだよ」と、たしなめられた。いつものことだ。親はいくつになっても、子のことを心配する。有り難いことだ。子からすれば、親に心配かけたくないから、強がりを言うこともある。それはそれで良いわけだ。

ひとしきり話して、兄に母のことを頼み、「又、来るからね」と言い残して施設を後にした。これで、すべてのスケジュールを消化した。後は第二の故郷とも言うべき、我が家へ帰るだけだ。高速道に乗り、上り車線をひたすら走った。パーキングエリアに立ち寄ろうかと思った。下り車線で宝くじを買ったので、上り車線でも買おうかと思ったからだ。だが止めた。「そんなに欲を出してどうする。一度買えば、それで充分ではないか」という心の声が聞こえた。「ごもっともです」。果報は寝て待てだ。そうすることにしよう。

これで、恩師の喜寿祝い兼級友会の話を閉じよう。さあ、仕事に邁進しなくちゃーーー。




2013年05月28日(火) 別れの時(4)

梅雨入りし、今日は予報通りに雨が降っている。最近、雨の量が少ないと思っていたので、植物たちは大喜びだろう。僕も今日は彼らにご飯をあげなくて良い。

さてと、恩師の喜寿祝い兼級友会も滞りなく終わった。先生も皆、当時に戻り、懐かしく語り合っていた。青春の一ページがまざまざと蘇る。そこには何の屈託も、しこりもない。あるは「思い出」という記念碑。それぞれに生き様は違っていても、この記念碑だけは決して消滅することがないだろう。

別れの時がやって来た。尾崎紀世彦氏の歌を思い出す。「また、会う日までー、会える時までー。別れの言葉は・・・・」。そうだ。別れの言葉は、ただむなしいだけ。恋人達の場合は特にそうか?。誰かが日記に書いていたが、「また明日ね」という別れの会話。この言葉には時の連続性が感じられ、心に安心感を与える。老若男女が使える良い言葉だ。英語で言えば「see you tomorrow」。だが、いつも使える言葉ではない。ごく親しい人達の間柄では使える。明日、会えないなら「again」だろう。また会う日までである。ケースバイケースで使い分ければよいか。級友会はまさに「see you again」である。

ところで、宴会の席上で、僕は一人の女性と tomorrow の約束をした。残念ながらデートではない。彼女が画家君の画廊を見たいという。そこで僕が案内する旨を約束したわけだ。彼女の家は芸術一家のようだ。子供達は楽団にいり、バイオリンを弾いているとのこと。また、彼女自身もチェロを勉強している。趣味はなんと社交ダンス。ワルツをさっそうと踊る姿は、さぞかしすてきに違いない。僕も昔は、ジルバとかルンバとかブルースを踊ったことがある。ブルースはもっぱらチークダンス。要するに遊びのダンスだ。

そんな彼女を朝8時にホテルをチェックアウトし、迎えに行った。彼女は新幹線駅の近くのホテルに滞在していた。ナビを仕掛けて容易に発見。彼女と合流し、一路画家君の待つ画廊へ。事前に、「茶をよういしとけよ」と、一報をメールで流しておいた。画廊は20分ちょっとの距離にある。車の中でも話したが、彼女も幸せに暮らしている由。月に一度は子供達のいるところへ赴き、孫の世話をしているそうだ。結構なことだ。

画廊に着いた。画家君は愛想よく、僕たちを迎え入れた。昨日僕が迎えに行った時は、床に物が散乱していたが、今日は見事に片づいていた。一応、礼儀はわきまえているようだ。彼女は彼と奥方の絵を丁寧に見て回った。僕はあさましい根性で、絵の値札を見ながら、「なるほどねーー」とつぶやきながら歩みを進めた。彼女はそういうことには全く無関心。感動したような面持ちで眺めていた。その後、テーブルに腰掛け、茶を飲みながら雑談。話が弾んだ。芸術家同士の話は気が合うと意気投合する。僕は口を「ポカーン」と開け、相づちを送りながら、ただ聞いているだけ。

彼女の帰省の時間が迫っていた。画家君との再会を約し、僕は再び、新幹線乗り場まで彼女を見送った。いよいよ、「see you again」である。刹那とも言うべき時間だったが、これも僕には良い思い出となるだろう。彼女は僕が立ち去る車の後を、ずっと手を振って送ってくれた。どちらが送られているのか分からない気がした。一瞬の寂しさを「明日があるさ、ジョージア」と、慰めた。

僕はここから、10厠イ譴晋龍燭硫箸鮓に行くことにした。今は空き家になっている。その後、遅ればせながら兄と母に会うことになる。再び「again」を言わなくてはならない。




2013年05月25日(土) 性格丸出しの二次会、三次会。

有志10数名が二次会へ向かった。幹事H君が手配したスナックである。確か、この店には以前、来たことがあった。階段を上り、扉を開くと壁際にテーブルがいくつかある。テーブルをくっつけると、全員が対面して座れる。僕は以前座った場所と同じ位置に腰を下ろした。体がそこを覚えていたのだ。決まって、端っこには座らない。

「なぜそうするのか?」と、考えてみた。多分、寂しがり屋である事と、自己顕示欲が強い性格なのだろう。世界の中心は僕ではないのに、すぐ世界の中心にいたがる。そんな人間も多々いると思うが、僕もその範疇にはいるか?。「やな、性格だぜ」と、この日記を書きながら思った事よ。そんな訳で、僕は恥も外聞もなく、「ピーチク、パーチク」とよくしゃべったようだ。何を話したかは定かには覚えていない。これが酔っ払いの典型的症状だ。

いつの間にか、お開きとなり、級友達は三々五々と別れを告げていく。最後に残ったのは、画家君、関東から来た級友1人と僕の三人となった。平日の夜ということもあり、皆それぞれに明日の予定があるのだろう。さすがに品行方正の級友達だ。画家君が知っているという店があった。三人でそこへ行く事になった。

二次会の店にはカラオケがなく、もっぱら会話に終始したが、ここにはカラオケがあり、既に5〜6人の若い男女が先客を勤め、歌っていた。なかなかの歌唱力である。僕たちは隣の席から拍手を贈った。マイクがこちらに回ってきた。関東から来た級友が先陣を切った。なんと、英語の歌だ。いやああ、彼は秀才だったので、英語はおてのもの。酔ってはいるものの、発音も正確に見事に歌いきった。

隣の席から惜しみない拍手が。袖振り合うも多少の縁。他人であれ、もちつもたれつの関係とは良いものだ。負けず嫌いの僕。英語の歌で、お返ししようと思ったが、なにせ持ち歌が少ない。「ラブストーリー」と、「メリジェーン」くらいが、まあ、まあ、歌える曲だ。

選曲を、「メリジェーン」にした。席を立ち、歌い始めたら、なんと、隣の若い男女が踊り始めるではないか。一人浮いていた女性を手招きすると、彼女は笑顔を見せ僕に従った。僕は彼女の背中に左手を回し、右手にはマイク。「グッ」と体を引き寄せ、音楽に合わせながら小さくステップを踏んだ。「ここで一発奮起しなくちゃーーー」と、思わず歌に力がこもったことよ。彼女は優しく歌を聴いてくれた由。久しぶりにもてたと思った。「とっちゃん坊や」の、おのろけである。歌い終わり僕は彼女に丁寧なるお礼のお辞儀をした。

席に戻り、だべっていたが、酔いもクライマックスを過ぎた。勘定を済ませ、帰ることに。関東の級友と画家君はタクシーで帰った。僕はホテルまで、ほんの数分。彼らに別れを告げてベッドインだ。夢を見ることもなく熟睡したようだ。6時に起きて、7時に朝食。8時にホテルを出た。

無事に、恩師の喜寿祝いと級友会が終わった。さて、今日の僕の予定は?。午前中に昨夜交わした一つの約束と、午後に兄と、母に会う予定があった。(続く)




2013年05月24日(金) いよいよ開宴だ。(3)

級友を乗せて車を会場へ走らせた。開宴は午後6時30分で、ちょっと時間があったのでホテルへ車を置き、歩いて行くことにした。昔はたいそう賑わっていたアーケード街へ足を踏み入れると。悲しや、今はシャッター通り、すっかり変貌していた。郊外の大型店舗へ客足を取られ、町の中心部が空洞化したのだ。大方の地方都市は同じ状況にあるようだ。

驕れる者、久しからず。ひとえに風の前の塵に同じ。栄枯盛衰は世の常。それでも、人は生きていかねばならない。「古き、良き時代をもう一度」と、願えども、時は逆戻りしない。知恵を絞り新たなる転換を模索するしかないのか?。

そんな事を話しながら、目的地に到着した。暖簾をくぐると、奥まった部屋へ案内された。30分ばかり早く着いたが、既に幹事のH君が来ていた。その後、続々と級友達が入ってきた。懐かしい顔ばかりだ。「おおおおーーつ、久しぶり」と挨拶を交わし、近況を述べ合った。さすがに、皆、老け顔だ。「おい、画家ちゃんよ、俺とあんたが一番、若々しいぜ」と、僕は言って、笑いあったことだ。それもそうだろう。二人とも個人事業主で、時間に束縛されることもなく、のほほんと、その日暮らしで生きてきたからなあーー。

和室のテーブルには、座る場所に名前札が置かれていた。なんと、僕の席は亀ちゃん先生夫婦と向かい合わせ。まいったぜ。過去の思い出したくない記憶が、まざまざとよみがえるではないか。どうも、遠方から参加した人達を亀ちゃん先生の周囲に配置したようだ。嬉しくて?、涙が、ちょちょ切れるぜーーー。

頃もよく、亀ちゃん先生夫婦が登場。二人ともすっかり白髪ながら、足取りはまだしっかりしていた。僕たち遠方組の前に、「デーン」と腰を下ろした。20数名の級友達もそろったようだ。幹事のH君が開宴の弁を述べ、恩師、亀ちゃんの挨拶となった。亀ちゃん先生の挨拶はなにせ長い。過去、何度か挨拶を聞いたが、30分は平気でやってのける。いつぞや、級友の一人がしびれを切らして、「先生、手短にお願いしまーす」と言ったことがあった。先生は「分かった、分かった」と言いながら、それからまたひとしきり。隣に座っている奥方が、上目遣いに、合図を送るが知らぬ存ぜずだ。ご多分に漏れず、今回も30分。奥方の気遣いは、いかばかりか。

亀ちゃん先生の話は、主に、読んだ本の話である。僕たちにも「読みなさい」と、暗に促しているのだろう。国語の先生だから、それも頷ける。居眠りばかりして出来の悪い生徒が多かったので、国語の授業を再演しているかのようだ。痛いほどハートにしみるぜ。しみると言えば、宴会場は畳敷き。足が痛い。僕は先生の目の前で、あぐらをかくわけにも行かない。正座で30分、耐えた。女性達はいざ知らず、他の男性達は、適当にあぐらをかいていた由。僕も後ろの席がよかったぜ。

やっと、挨拶が終わり、乾杯の運びとなった。一番遠方から来た級友が音頭を取った。彼も久しぶりの級友達との再会だったので、数分のおしゃべりを。これは仕方がない。ビールが注がれ、僕は乾いたのどを一気に潤した。時、すでに40分が経過。

後は野となれ山となれで、あちこちで雑談が始まった。卒業後、それぞれに違った環境で生きてきたが、この時ばかりは、皆、昔に戻り、思い出話に花を咲かせていた。僕もひとしきり、先生夫婦や隣近所の級友達とおしゃべりをした。料理にはほとんど手をつけずに、頃を見計らい、他の席へ移動した。他の者達も同じような行動をしていた。まあ、これが一般的なパターンだろう。

時計を見ると、すでに午後9時を回っていた。幹事が2次会の手配を済ませていたので、有志一同がそこへ移動することに。亀ちゃん先生夫婦は、さすがにそこまでは同行しなかったが、僕はいつ先生が退散したのか気が付かなかった。焼酎で、幾分か酩酊していたのだろう。画家君他10数名が二次会へ移動することになる。(続く)


2013年05月23日(木) 故郷へたどり着く。(2)

高速を降りた。母が入所している施設まで4〜5分だ。ちょっと見ぬまに、故郷の地は大きく様変わりしていた。それでも懐かしさが込み上げてくる。故郷とはそういうものだろう。施設の門をくぐり、受付簿に名前を記入し、母の部屋へ赴いた。

「おやっ」、母がいない。と、そこへ、職員さんがやってきて、「今ホールにおられますよ。呼んできますね」と言って、車いすの母を連れてきてくれた。「あら、純ちゃんかい」と言って、にこっと笑ってくれた。僕の顔を忘れないでいてくれた事が嬉しい。幾分か痩せていたが、まだ大丈夫のようだ。

部屋で、衣類や土産の菓子を差し出すと、「今、菓子を食べたい」という。本来、食べ物類の持ち込みは厳禁なのだが、無性に食べたい時もあるらしい。僕は箱を開けて、フルーツジェリーみたいな物を差し出した。おいしそうに食べていた。

母がおもむろに袋の中から、気に入った菓子類を選別し、「引き出しの中へしまって」と言う。職員さん達にみつかるとまずいのだろう。言われるままに、いくつかの菓子をしまった。お腹も落ち着いたのだろう。僕の顔をしげしげと眺めて、「あんた、父ちゃんの顔に似てきたねえー」と言う。そりゃーー親子だから似るのも当然だ。僕に言わせれば、弟が一番、父に似ている。母に似ているのは兄である。となると、次男坊の僕は両方似ということになるか?。次男坊はなにかにつけ、冷や飯を食ってきたが、顔だけは父母から半分ずつもらったようだ。

小一時間ばかり話して、「明日、また来るから」と言って、母の部屋を出た。元気だったので安心した。まずはホテルへのチェックインだ。ネットで予約していたので、スムーズに部屋がとれた。一泊の素泊まりだから、格安の料金だ。もち、朝食有り。

部屋でひとくつろぎの後、級友の一人を迎えに行った。車で20分の距離だ。彼の母は昨年亡くなり、つい最近、一周忌を終えたばかり。長男として、ずっと母の面倒を見てきたので、さぞ、つらかったことだろう。

彼の職業は画家である。自宅の一部を画廊として解放しており、絵画教室なんかもやっている。5〜6歳、年上の妻がいる。彼女も画家である。絵がとりもった夫婦というわけだ。お互いに喧々がくがくしながら絵を描いている由。うらやましい限りだ。

一度、僕が住む地で夫婦展をやったことがある。好評だった。友人として僕は女房の油絵を一点買った。本当は彼の水彩画を買って欲しかったのだろう。「絵の中に、おまえが登場しているよ。おまえがモデルなんだよ」と、しきりに言う。よく見ると、確かに僕らしき猫背の男が帽子をかぶって立っている。僕は「うんんん」としばらく考えたが、本当にモデルが僕なのかどうかは分からない。「また、いつの日か」と言って、女房の絵のみにとどめた。

彼の画廊で、茶を飲みながら絵を見て回った。50号の絵を含め、数十点が掲げられていた。大半は女房の油絵である。所々に、ポツン、ポツンと彼の水彩画があった。総じて彼の絵は青や黒を基調としていて暗いが、女房の絵は赤やピンク、黄色、白を基調としていて明るかった。これも性格の表れか?。いずこの家庭もそうかも知れないが、「女房、強し」って感じだ。

そういえば、高校時代、僕たちは暗かった。男女半々だったが、ほとんど、女性達と口を聞いたこともなく、ただひたすら本とにらめっこだ。同時に、居眠りにあけくれた。ほのかな恋もかき消された。受験という重圧がそれを許さなかったからだ。今思えば笑い話だが、ああーー、はかない青春。卒業時にボタンをちぎって、青空へ放り投げることもなく、ほころびかけた制服を「じっ」と眺めるだけ。

おっと、恩師の喜寿祝いと級友会の前に、感傷に浸るのは止めよう。前置きばかりが長くなり、まだ本命の話までたどり着かない。次編に譲ろう。




2013年05月22日(水) 旅立ちの風景(1)

旅立ちの朝はいつも緊張するものだ。嬉しさと不安が交互に心を支配する。折もよく、天気は上々。雲もなく高い空が僕を歓迎しているようだ。母への手土産を車に乗せ、高速道路を一路南へ走った。

月曜日だというのに、車が多い。人は一体どこへ向かっているのだろう?。あな不思議。先行車を見ると、大型トラックや貨物車や建設用車両が多い。アベノミクスの影響で、人、物、金が宙を舞っているかのようだ。

大型車両が前にいると、先が見えない。追い越し車線を走り、前に出るとまたもや大型車両が前にいる。「これじゃあ、いたちごっこだーーー。あばかんでーーー」と言うことで、あきらめて、のんびりと後ろからついて行くことにした。

高速を走りながら見る風景も久しぶりだ。青葉若葉の緑が目に優しい。「生きているんだ」という実感がわいてくる。パーキングエリアで一休憩。冷たい飲み物を買い、「何かないかな?」と、あたりを物色していると、宝くじ売り場に目が留まった。店内と、店舗の外の二カ所で販売していた。なぜ?わい?。疑問に思うとすぐ確かめる性分。店内の売り娘さんに聞いてみた。なんでも、店内での販売は、組の指定というか選択が出来ないが、店舗の外での販売は、組が選択できるとのこと。なるほどねえーーーー。

宝くじは組も大事ということか。当たるも八卦、当たらぬ八卦。未だかって、組にこだわったことはない。差し出されるままに10枚を購入。抽選日を確認することもなく、帰宅後、机の引き出しに、ポイと放り込んだ。幸いは忘れた頃にやってくる。楽しみは後に取っておき、まさかの美酒に預かりたいものよ。そういえば、ネズミ男君は買っていた宝くじを年末に一括、開封するそうだ。それも、面白い試みだ。ただ、開封前に死んじゃったら元の木阿弥だ。

再びエンジンをを始動した。ナビゲーターのお姉様が、優しい声で、「ETCカードが挿入されていません」と指摘する。「わかっていますたい。はい」と声をかけたいが、相手は機械の体を持った女性。999メーテルの女王様みたいだ。

くだらない話を書いている場合ではない。高速を降りると、数分で母が入所している介護施設に着く。母と会い、土産を渡し、それから予約したホテルへ向かうことになる。今年初めての母との対面である。緊張すること常のごとし。まずは、母の元気な姿を見ないことには、恩師の喜寿祝い、級友会に赴いても心が晴れないだろう。きっと、元気だと念じて、ひたすら車を走らせた。

おっと、6時に仕事仲間のポパイ君が迎えに来る。彼とは昨年、一献傾けて以来になる。彼がポパイ君、僕がジャイアン。共通点は何?。オリーブちゃんを巡っての恋敵、ブルートーではないので、仲良く飲めそうだ。まずは、小料理屋「梓」の暖簾をくぐろう。

おっと話が脱線してしまった。恩師の喜寿祝いと級友会の話は次編に譲ろう。




2013年05月20日(月) 出立の日がやって来た。

さあ、今日はいよいよ故郷へ出立だ。曇り空。雨は降らないだろう。夕方6時から恩師の喜寿祝い兼3年4組に級友会がある。当時は40数名のクラスだった。今回やってくるのは、その半分近く。数十年ぶりに会う級友もいるだろう。

再会した時に最初に出る言葉。「お互いに老けたなあーー」。そう言って笑い合うに違いない。社会人となり紆余屈折を繰り返しながら、互いに今日まで生きてきた。そのことが何よりも尊いことだ。

恩師も当時は若かった。まだ30代だったか?。高校の図書館に勤務していた女性と結婚した。僕たちは「えええーーーつ」と驚いたが、縁は奇なもの、不思議なもの。結婚を機に、性格が、ちと柔らかくなったような?。恩師もストレスが解消されたのだろう。げんこつも、頻繁に飛ばなくなった。

今日は長年の懸念事項だった、約束の本を手渡すことが出来る。漢文で書かれた本である。国語の教師だったから、訓訳がなくてもすらすら読めるだろう。僕は訓訳で読んでいるから、漢文はさっぱり分からない。

宴会場近くのホテルに一泊の予約をした。本当は実家の家に泊まりたかったが、今は老朽化した空き家である。つい最近まで母がひとりで住んでいたが、ヒザが悪くなり、歩くことがおぼつかないため、介護施設へ入所している。近くに住む兄が、なにかと面倒を見ているようだ。久しぶりに会えるのは嬉しいが、老いていく母に会うのは、なぜか忍びない。面倒をかけてきた若かりし頃の事が、まざまざと記憶によみがえるからだ。「おっかさん、あの時はごめん:」と今更言えないだろう。

奇しくも、昨夜はラジオで文化講演会を聞いた。タイトルは「生きること」か、なんかだったっけ?。寝ながら聞いたので、定かには内容を覚えていない。面白いことを言っていた。「動物には、おじいちゃんや、おばあちゃんはいない。なぜって?、役目を果たすと死んでしまうからだ。人間だけが、役目を果たしても生きながらえる」と。

役目とは子孫を残すための行動を言っているのだろう。「ええっ」と思ったが、思い当たることもある。動物ではないが、鮭や、カマキリの雄は子孫を残す行動の後、子供の栄養としてメスに食べられて死んでしまうらしい。メスも程なく力尽きて、その運命をたどるようだ。メスもかわいそうながら、それ以上にかわいそうな雄達よ。はかない人生。これが自然の摂理なのか?。

人間は、どういうわけか、雄も雌も経験を豊富に積んで生きながらえる。そうしなければ子供が育たないからだ。老いても、長年培った父や母の経験とアドバイスが、子供達をすくすくと成長させるのだろう。僕には既に父はいないが、母がいてくれたからこそ、今の自分がある。ただただ、感謝で一杯である。

出立する前に、緊張する話は止めよう。まずは、事故なく現地へ乗り込むことが先決だ。結果は後日、日記にしたためよう。




2013年05月18日(土) 猫君、法の意義とは何ぞや?。

昨夜は裏庭で、我が家の猫と侵入者の猫が喧嘩をしていたようだ。宵の口なら、棒を持って、我が家の猫の助っ人に行くのだが、なにせ真夜中。勝利を願いながら、互いに威嚇し合う声に聞きいっていた。

「ウーーーー、ウーーーー、ワオーーー」と、唸っている。しばらくその状態が続いた。突如、緊張が敗れた。「ギャオー、ムニャムニャ、バタバタ」と、とっくみあいが始まったようだ。とっくみあいは長くは続かない。どちらかが、まず逃げ出すからだ。侵入者にまだ未練が残ると、再び立ち止まり再戦が始まる。

どうも、我が家の猫が勝利したようだ。それもそうだろう。たらふくまんまで、体力には自信を持っているからなあーー。程なく、声がやんだ。静寂が戻った。僕は我が事のように勝利の笑みを浮かべながら、そのまま眠ってしまった。

僕は朝早く起きて、戦利品に期待しながら猫を迎え入れた。残念だ。戦利品なし。耳たぶを、ちと、かじられたようだ。他に傷なし。僕は褒めてやりたかったが、そしらぬ顔で台所へ消えた。「なぜ、助っ人に来なかったか?」と言わんばかりだ。ご主人様に対して失礼だぜ。

いつぞや、雀や、トカゲ、子蛇を口にくわえて、我が家へ持ち込んだ。床に「ポン」と落とした時には、まだ生きていた。「やめてよーーー」と、僕は床から後ずさり。小判か、なにか価値ある物を持ってきた暁には、大いに褒め称えてやるんだが・・・・。とにもかくも、昨夜勝利したことだけは賞賛に値する。

僕は思った事よ。自然界はまさに弱肉強食の世界だ。弱い者はいつも虐げられる。ただ、自然界には一つのルールがある。生き残るために、弱い者を捕獲するが、必要以上に乱獲はしない。だからこそ、弱者でも自然淘汰しながら生き残って行ける。人間の飽くなき欲とは一線を画するようだ。

人間世界における法は一体、何のためにあるのか?。人間の際限ない欲を抑制し、円滑な人間社会を構築するためにある。そのことが第一だろう。さらに言えば、法は弱者救済のためにあらねばならない。弱い者が守られてこそ、法の意義があるのだ。現状、法はその役割を果たしていると言えるんだろうか?。

複雑に絡み合った人間社会。網の目のように張り巡らされた法がそれを律する。だが、完璧なものは、どんな社会にも存在しない。時代と共に、社会が変化していくからだ。法もそれに応じて変化を余儀なくされる。ただ、「悪法も法なり」と言われるように、法が強者の為の法になることだけは、絶対に阻止せねばならないだろう。

我が家の猫よ。本能として弱者である獲物を捕獲するのは良い。ただ、自然界のルールを守り、必要以上に貪欲になるな。そのことを僕は君に言いたい。ここで、「ニャーン」と、同意の一鳴きが欲しいと、猫の行方を追った。やれやれ、もう既に、お寝んねタイムだ。現金な奴だぜ。


2013年05月16日(木) 友、近くより来たり。

五月も中旬を過ぎた。時は夏に向けてまっしぐら。今日も暑い一日だった。午前、午後と来客あり。友人達だ。一人はポパイ君、もう一人はどらえもん君。

ポパイ君とは昔、仕事で知り合った。その後、さる先生の招請で、よく麻雀卓を囲み、熱戦を繰り広げた友である。その名のとおり、ほうれん草を食ってきた時は、鼻息も荒く、つきまくるから怖い存在たった。気の弱い僕は「即、おりたー」で、かろうじて彼の進撃をかわしてきた。彼はくるやいなや、「最近、麻雀やっている?」と聞いてきた。僕は「さる先生から、何度かお呼びがかかったが、その都度、断ってきたから、今では声もかからないよ」と応えると、彼もそうらしい。今ではお互いに昔の思い出だ。小一時間ばかり、相談を受けた。内容は僕の専門外だったので、知り合いの先生を紹介した。来週、一献傾けようと約束し、彼は帰っていった。

その後、のび太君から買った車の清掃をした。彼は、はやりの新車を購入したので、僕が彼の車を引き取ったわけだ。まだ4〜5年しか乗っていないので、新品と見間違えるほどだ。大事に乗ってきたのだろう。ただ一つの欠点。ガソリンを食うことだ。まあ、これは仕方がない。

のび太君は、我が家へ来る度に、「ジャイアン、時々は車の清掃している?」と聞く。いかにも、まだ未練がありそうに、車を一周しながら、キズを探している。やんなっちゃうぜ。そこで、今日、清掃に及んだ次第である。

車を車庫におさめ、部屋へ上がると同時に、どらえもん君がやってきた。手に、ビニール袋をぶらさげていた。「はい、これ」と差しだすので、中を覗いてみると、サヤインゲンと、トウ豆がたたずんでいた。いやああ、ありがたや、ありがたやである。不在だった山の神がさぞかし喜ぶだろう。「どらえもん君からもらったよ」と告げると、小躍りするまでには至らなかったが、確かに喜んでくれた。

どらえもん君は同業者なので、あれこれ、よもや話に花が咲いた。「今度はどこに旅行しようか?」との話になり、彼の提案はワイナリーがある地が良いと言う。よほど、ワインが好きと見える。そのことを、以前、ネズミ男君へ話したことがあったが、彼の首は縦に振られなかった。彼の目指すところは、どうも京都らしい。その心は?。観光そっちのけで、舞妓さんのお酌で酔ってみたいのが本音だろう。「ネズミさん、一杯いかがどっせ?」と言われると、手が震え、今にも卒倒しそうな彼の姿が見えまーーーーす。

僕は言ってやった。「あんた、一見客はお断りだし、一晩で旅行代金の10万円が飛んじゃうぜ。僕たち小市民には手の届かない存在だぜ」と。彼はうんんん・・・と、唸っていた。そうそう、最近、ネットの記事で読んだが、舞妓さんが絶対やってはいけない3箇条があるそうだ。1.人前では絶対携帯電話を使ってはいけない。2.おしゃべりしながら歩いてはいけない。3.コンビ二エンス・ストアー等への出入りはだめ。

確かに。舞妓さんの服を着ての上記行動は、気品が損なわれるというもの。いつ見ても、気高く美しくあって欲しい。それでこそ、舞妓さんだ。てなわけで、ネズミ男君の野望は見事に打ち砕かれたのでありました。

どらえもん君と話したが、今年の旅の予定はまだ未定だ。とっちゃん坊や達、5人の意見待ちである。


2013年05月14日(火) お叱りの言葉。

いやああ、今日の暑いこと。全国的にそのようだ。なにせ、寒暖の差が大きい。熱中症が心配だ。過去、5月にこんな時期があったっけ?。太平洋高気圧が例年にもまして、威力を発揮しているのだろう。いまだかってないこの異常気象。如何に対処すべきか?。

昔ならまだ長袖で良かったが、いまや、半袖に短パン、エアコンが必要だ。だが、しかし、ばっと、我が家は2階の寝室に取り付けてあるエアコンが動かない。機械は動くが、リモコンが働かないのだ。20年以上も前の機器だから、老朽化は否めないが、冬場はほとんど使っていなかった。見た目はまだ新しい。リモコンが働らかなければ、手動でいくしかない。ちなみに、昨夜は手動で起動させた。

エアコンが高いところに設置されているので、起動する時、椅子に乗り、スイッチを押す。切る時も同様に椅子のお世話になる。まあ、不便を我慢すればそれでも良いが、椅子から転げ落ちたら身もふたもない。酩酊して帰宅した夜などは、特に危ない。

そこで、今日は午後から電気店へ、リモコンの調達に出かけた。係の女性がメーカーへ問い合わせてくれた。古い機種なので半ばあきらめていた。だが、要したものよ。同一のリモコンはなかったが、動かせるリモコンがあるという。いやああ、大助かりだ。そく、手配をお願いした。締めて8千円弱。これで一夏が過ごせれば安い買い物だ。

ところで、昨今の世情を垣間見ると、異常気象もさることながら、憲法96条改正の動き、まだくすぶっている従軍慰安婦の問題、原発の後処理、国籍不明?の原潜の出没、世界の各地で起きているテロ行為、閣僚の靖国参拝、正しい歴史の認識、なんやかんやと問題は山積している。恐らく若者達をはじめ、国民の大多数は「なんでなの?。なんのこっちゃ?」と、よく理解できずにいるだろう。僕もその一人だ。

世界は今、一瞬たりとも目が話せない状況にある。「鳴くまで待とうホトトギス」的、のんびりした感覚でいいんだろうか?。太陽にも異変が生じている。地球もそうだ。今は世界が一丸となって、地球の危機を救うべく、手を取り合う時期でなければならない。

国内的には円の安定、景気回復、雇用の促進、老後の保障、いずれも大事な事であるが、まずは、自分の生を、どう責任を持って、社会と共に生きていくかを考えなければればいけないだろう。さすれば、おのずと道も開けてくると思うのだが・・・・・。

「あんた、そんな偉そうなこと言えるの?。じゃああ、あんたは一体、何をしているの?。エアコンで一喜一憂するんじゃあないよ」と、言われそうだ。ごもっともです。まずは僕も、何か出来ることから始めなくちゃーーー。


2013年05月13日(月) 故郷は僕に何を語るか?

今日はすこぶる良い天気。風もなく穏やかだ。朝、植物たちに、ご飯を与えた。紫陽花の蕾が、期待に応えて日ごとに大きくなっている。朝ご飯はさぞかしおいしいのだろう。紫陽花の横では沈丁花の青い葉っぱが縦横無尽に成長している。ネットの記事で読んだが、隣接して育っている植物たちはお互いに会話をし、助け合っているそうだ。どんな会話をしているのか分からないが、植物の世界の助け合い精神。思わず涙を誘うぜ。人間も見習うべきところがありそうだ。

水まきを終え、裏庭の梅の木を見に行った。先日ちぎった梅の残りが、かなり大きくなっていた。僕はすかさず服を着替え、バケツを持って収穫に及んだ。再びバケツ一杯分がとれた。先日の梅は、ネズミ男君と金魚さんに半分ずつあげた。喜んでくれたよし。これで、梅も本望というもの。今度ちぎった物も、人にあげようと思っているが、幾分か残し、蜂蜜につけようと思っている。旨いらしい。

ところで、いよいよ恩師の喜寿祝い兼級友会の日が迫ってきた。僕にとっては久々の里帰りであり、懐かしき級友達に会うのも楽しみだ。級友の中には、僕が高校時代、ひそかにあこがれた女性もやってくるらしい。数年前までは、年賀状を交わしていた。音楽に合わせて太極拳をやっていると書いてあったが、その後、ぷっつりと音信が途絶えた。きっと、何か不幸事でもあったのかも知れない。あるいは、旦那、子供持ちの既婚者。級友とは言え、男からの賀状には迷惑だったかも知れない。そのこともあり、僕も賀状を出すのを止めた。その彼女が級友会に来るというのだ。僕はどんな顔をするだろうか?。恐らく、冷静、沈着、他人顔で望むに違いない。

まあ、それはそれとして、恩師に本をお祝いとして差し上げることにした。実は恩師の古稀の時、ある本について尋ねられ、「手に入れたら差し上げます」と、言っていながら、未だに実行していなかった。7年経った今、それを実行するわけだ。気の長い話だぜ。国語の先生だから、漢文はお手のものだろう。とはいえ、難解な漢字も多々あるので、訓訳を施した本も添えることにした。喜んでくれればいいのだが。

久々に帰る故郷。ネズミ男君の口癖ではないが、「雨降る故郷、裸足で歩く」。うんんん、それが実行出来れば良いが、時代が違う。「故郷は遠きにありて想うもの。そして悲しく唄うもの。よしや、うらぶれて・・・・」。おっと、これも違うか?。「故郷の山に向かいて、言うことなし。故郷の山は有り難きかな」。まあ、これが一番、僕に相応しいか。

なにはともあれ、田舎から田舎へ帰るわけだ。田舎は見慣れたもの。ついぞ、都会の味を知らない。時々思う。「都会は華やかで、賑やかで、面白く、時が経つのも忘れてしまうだろうなあーーー」って。「はっ」と気が付いたら。すっからかんで、まさに浦島太郎そのもの。要は生き方次第なんだろうが、田舎者はとかく感化されやすい。となると、僕は不適格者だ。田舎で、のんびりと、田舎の孤独を楽しむのが僕にお似合いだ。




2013年05月09日(木) 主夫に徹した一日。

今日はなんとも煮え切らない天気だった。晴れてはいるものの、霞がかかったような、ぼんやりした空模様。そんな中、元気が良いのは雀君と雨蛙くんだ。薄暗くなりかけた今も、チュンチュン鳴いている。雨蛙は雨を誘っているのだろう。雀に負けじとケロケロと合唱している。蛙が鳴くと雨が降る。明日の予報では午後から50%の確率で雨のようだ。ジンクスが当たっているようだ。

屋根や電線には真っ黒いカラスが、地面を物色しながら獲物捕獲の機会をうかがっている。田んぼは、黄金色の麦が早く刈り取って欲しいと、風になびいている。自然の織りなす風景は、なんともほほえましい。と同時に、生存競争の厳しさを物語っているようだ。生存競争という面では、人間社会も同じか。

僕は今日一日、のんびりと過ごした。来客と言えば、通販の品が届き、代金引換に応じるだけ。山の神は母の日の贈り物を買いに外出中。僕は本来、じっとしているのが嫌いな質。何をしようかと迷ったあげく、最近、調子が悪く動かなくなっていたシュレッダーを点検、清掃することにした。買い換えるにはまだ忍びない。

歯の部分を見ると、いやはや、紙が幾重にも詰まっていて、歯の回転を遮断していた。錐のようなもので、詰まっている紙片を掻き出した。あたり一面に紙片が飛び散る。お構いなしだ。後は掃除機で一網打尽にすれば良い。1時間の格闘の後、電源を入れてみた。成功だ。試し切りは上々。日頃の手入れが大事だと痛感。

そうこうしている時に、頼んでいた通販の品が届いた。これは山の神に内緒の品だ。実はつい先日、買い物に行った時、山の神が急須に取り付ける「茶こし」を2個、買ってきていた。なんと、サイズが小さすぎて合わない。いかにも悔しそうだったので、僕はネットで、そく調べて、内緒で大を2個注文していたのだ。その品が届いたわけである。

帰ってきた山の神に、そのことを話すと、「あんた、勝手なことをしないで」と、怒られる始末。「まあ、取り付けてみて」と言って、品物を渡すと、なんと、ぴったしカンカン。些細なことだが、僕としては鼻高々。ただ、過去には何回も失敗した事例があるので、偉そうなことは言えないが・・・。

その後は、明日雨になりそうなので、例によって、たまったゴミの焼却と、生ゴミを捨てに裏庭へ行く。ぶらぶらと、そこで過ごした。いつの間にか、この仕事は僕の役目になってしまった。嫌いではない。何事もただひたすらだ。料理を作るまでには至らなかったが、今日一日は、あれこれと主婦ならぬ主夫に徹した。社交で外出の多い僕としては、日頃の罪滅ぼしという意味もある。さあ、明日は仕事が待っている。


2013年05月08日(水) 身辺整理。

ここ10日ばかり雨も降らず、好天が続いている。五月の空と風、緑の木々達は、身も心もいやしてくれる。連休も既に終わった。世の中が少し落ち着いた感じだ。僕は魔のような仕事からやっと解放されて、今日、明日と自由な時間が持てそうだ。

そこで、今日は昼から、梅の実をちぎった。昨年はちぎるのが遅すぎたのか、熟れてしまっていた。その反省から今年は早めにと、まだカリカリの状態の実をむしり取った。完全防備の状態で作業をしないと、体のあちこちがかゆくなる。てなわけで、長靴に、軍手に、サングラス、帽子をかぶり、服は頭にフードがついて、すっぽり体を隠せるナイロン製上着。万全の態勢で臨んだ。

とりあえず、大きいものだけをちぎって、バケツ一杯の収穫。我が家には、もう何年も前から、つけた梅酒や、梅干しの瓶がごろごろしている。誰あーーれも、飲まず食わずだ。もったいないが、仕方がない。時折、人にあげたりしている。

そうそう、昨年はニックネーム「金魚ちゃん」へ一袋、梅をあげたっけ。梅酒を作ったらしく、そろそろ飲み頃とのこと。近々、ご相伴に預かろうと思っている。「今年も、梅いりますか?」と尋ねたら欲しいとのこと。行き先が決まって僕も一安心だ。

話は変わるが、最近、「断捨離」という言葉をよく目にする。昨夜、のりちゃん先生と、小料理屋「梓」を訪れた時、ひろこママに、「この言葉知っている?」と聞いてみたが、知らないと言う。のりちゃん先生も知らなかったようだ。僕も知ったのは最近だ。ネットで調べると、大概のことは分かる。

ヨガの断業、捨業、離業と言う考えを応用した生活術らしい。断ーー入ってくる要らない物を断つ。捨ーー家にある入らない物を捨てる。離ーー物への執着から離れる。また、何でも物を捨てたがる人のことを「捨て魔」というらしい。これには笑った。「捨て魔」ねえーー。僕は「拾い魔」か?。

「断捨離」という言葉には仏教的な香りが、プンプンする。要するに、「小欲たれ、必要以上に物事に執着するな」と言うことか。確かにその方が生活もしやすいだろう。

僕の身の回りを見てみると、あるある。わんさとある。もう二度と見ることもない本達、二度と着ることもない衣類、山のようにある文具類。他にも不必要なものが、あちこちに散在している。貧乏性の僕には、いろんな物に思い出があり、それらを処分できないのだ。まさか、墓まで持っていくわけにも行くまい。元気な内に処分しとくべきか?。

のりちゃん先生が、いみじくも言った。「あんた、物よりも人間関係の身辺整理が第一じゃないの?」と。うんんん、確かにそうかもしれない。今まで幾多の人達を、良しにつけ悪しきにつけ傷つけてきた。まずは我が身と心を清めることが先決か。




2013年05月05日(日) 「ため息」一つ。

5月5日、こどもの日。今日も空が高く青空が広がっている。晴天好日だ。小さな子供を持った親は大変だろう。遊園地、動物園?、はたまた故郷のじいさん、ばあさんの所へ孫の顔を見せに馳せ参じるか?。正月や、盆と同じく、家族が一同に集まる。家族団らんの場が生まれる。こういう風習っていいものだ。

ひと頃、僕もそういう時期があったが、今ではとんと、そういううこともなくなった。小さな子供もいないし、兄弟も、遠隔地にいてばらばらだ。皆、我が生計を立てるのに精一杯。これが偽わざる現状。

それでも、今月の12日は母の日。母も80歳を過ぎたが元気でいるようだ。一番遠隔地にいる弟から電話があった。「幾ばくかの金子を僕の所へ送るから、兄さんと一緒に母に何か買って欲しい」という。弟が一番、母思いである。母もよく言っていた。「遠くにいる者が、一番親孝行だね」と。まさにしかりだ。となると、僕は2番目と言うことになるか?。

まあ、順番はどうでも良いが、僕は即、了承。今、何を送ろうかと思案している。ただ、今月の20日に故郷で級友会があるので、その時、会うことは出来る。楽しみではあるが、老いていく母の姿を見るのはつらい。

悲しくなる話は止めよう。また、連休の話も止めよう。何となれば、今日も明日も僕には労働がある。そういえば、何か、映画の題名であったっけなあ?ーー。「今日も明日も」。いや、違ったかな?。「明日もあさっても」だったかなあーー?。忘れてしまった。「今日もコロッケ、明日もコロッケ」なら覚えている。

コペルニクス的転回で話を180度、変えよう。最近宇宙が面白い。なんでも、宇宙の年齢が137億年から、138億年へ変わった。1億年、長くなった訳だ。これにどんな意味があるかは知らない。宇宙時間で言えば、1億年なんて、刹那にも等しいだろう。又、宇宙を構成している物質はわずか5%しかない。残りの27%がダークマター、68%がダークエネルギーということらしい。、

個人的には、この「ダーク」という言葉が嫌いである。意味するところは、暗い、暗黒を表すのだろうが、いかにも、「暗黒の帝王」といった感じで、宇宙の支配者だ。この支配者の権力によって、我々の友とも言うべき、銀河がどんどん離れていく。しまいには、孤独な銀河が「ぽつん」と存在するだけ。いや、その存在さえ、帝王の力によって、滅ぼされてしまう運命にあるらしい。あな、恐ろしやである。暗黒の帝王を打ち負かすゴッド(神)はいないのか?。

銀河鉄道999のメーテルに聞いても、その答えは出ないだろう。彼女はきっと、こう言うだろう。「鉄郎よ、それが宇宙の運命なんだよ。だから今を懸命に生きなくちゃいけないのよ。」って。「そ、そ、そうなの」と、鉄郎は言って、人生を力強く生き抜く決意をする。いやああ、泣かせる話だ。

僕は今、新たな疑問を持っている。宇宙がビッグバンによって始まったのなら、「ビッグバンを起こした粒子達は、一体どこからやって来たのか」って。ネズミ男君なら、「わかんなあーーーーい」と言うだろう。正解だ。僕の考える一番簡単な答えは、「もともと、あったんだ」。そうとしか言いようがない。まさに宇宙は不思議に満ちている。早く、この答えと暗黒の帝王を打ち負かす手立てが発見されて欲しいものだ。

この好天の好日に、僕もよくよく暇な男のようだ。アニメの見過ぎか?。おっと、労働の時間がまもなくやってくる。準備をしよう。力強く生きるにも、おまんまを稼がなくちゃ、明日がない。「ああーーーーつ、」と、ため息が出た。



2013年05月03日(金) 人が人を呼ぶ。

5月3日、憲法記念日か。すこぶる良い天気だ。今日は午後1時から仕事だ。先ほどまで、外の清掃をした。風が舞ったのだろう。葉っぱ達が数カ所に吹きためられている。僕はちりとりと箒をもって、数カ所に、たまっている葉っぱ達を一網打尽だ。手間がかからなくて大助かり。

ところで、昨夜は、のりちゃん先生と久しぶりに一献傾けた。行きつけの小料理屋「梓」へTEL.をいれると、予約客で満杯のこと。一昨日もそうだった。その前もそうだった。三回連続での満杯。一体どうなってんの?。いまだかって、こんな事はなかった。

想像するに、ママの同級生達の集まり、はたまた連休を利用して帰省した人達の寄り合い場所として、「梓」に予約が入っていたのだろう。暖簾をくぐれなかった僕たちは行き場所を失った。あれこれ思案したあげく、以前、のび太くんが紹介してくれた小料理屋を思い出した。そこへ行くことにした。青森から当地に嫁いできたママさんが経営している店だ。梶井芽衣子風で色白の美人ママがいた。

見た感じはこじんまりした和風の店だが、奥には20人程度、座れそうな座敷があった。なんと、その座敷も予約されているようで、次から次へと客が奥へ消えていく。僕たちはかろうじて、カウンターに陣取ることが出来た。やれやれだ。

なんと、そこには、のりちゃん先生の講義を受けたという留学生の男がアルバイトをしていた。彼は、のりちゃん先生に気付いていたようだが、のりちゃんは全く気付かず。それもそうだろう。200人の受講者の顔を、いちいち覚えているわけもない。「のりちゃん先生から、良い評価をもらったか?」と僕が尋ねると、「先生は厳しかったです」という返事が返ってきた。のりちゃん先生は笑いながら、「今度、受講すれば良い評価をあげるよ」と言ったが既に遅しだ。

僕たちは久しぶりに酒を飲み、後はワインに切り替えた。二人で1本空にした。すっかり酩酊。どうやら、のりちゃん先生も、この店が気に入ったようだ。「梓」を閉め出された時は、この店に来ることになるだろう。

それはそうと、連休の谷間ながら、昨夜は珍しくネオン街がごった返していた。老若男女の群れが、大声で話しながら闊歩していた。淋しさのゆえ、人が人を呼んでいるのだろうか。かたや、アベノミクスの経済効果が浸透しつつあるのか?。日本はなんて平和な国なんだろう。結構なことだが、世界へ目を向けると、貧困と餓えで、毎日、多くの幼い子供達が亡くなっている。この現状を忘れてはいけないだろう。

神は人類を不平等に創造したのだろうか?。そう考えると、なんともやるせない気持ちになるが、日本だって、いつ、何時、没落の道をたどるか分からない。まさに不確定性の時代である。まずは宇宙から与えられた命を、すべからく生きるしかない。

おっと、仕事の時間が迫っている。準備にとりかかろう。


2013年05月01日(水) ヤモリと雀。

いよいよ五月の声を聞いた。五月は好きな月である。空高く緑がまぶしい。自然が生き生きとしている。最近、毎夜、窓ガラスにヤモリが貼り付いている。明かりの中で見ると足の指が観察できる。吸盤が発達しているのだろう。面白い形をしている。窓を揺らすと、ちょこちょこと短距離を移動する。その様が滑稽だ。毎年、同じ窓にやってくる。よほど、そこが気に入っているのだろう。

気に入っていると言えば、雨蛙の子供も、あじさいや沈丁花の葉っぱに、しがみついている。かわいいものだ。彼らは去年やって来たものと一緒なのかどうかは分からない。恐らく繁殖した子孫だろう。いずれも僕にとってはかわいいペットである。

ところで、今年も雀君が我が家の下駄箱の上に巣を作り出した。下駄箱の上には、空の靴箱を数個、置いている。靴箱と靴箱の間に隙間がある。そこに、せっせとわらを運び、卵を産み、ふ化させるわけだ。自然の営みは何とすばらしいのだろう。僕は、じっと、その様子を観察する。これも楽しみの一つだ。昨年は見事に小雀が成長し、飛び立っていった。今年も忘れずに、同じ場所に巣を作るわけだ。外の如何なる場所よりも、この靴箱の隙間が安全だと知っているのだろう。又、僕というご主人様が、危害を加えない人間だと知っているかのようだ。そこまで信用されれば、嬉しいこと限りなし。

ただ、我が家の猫が虎視眈々と下駄箱の下から、靴箱のある方角をにらんでいる。そこで僕は考えた。猫が上へ上がれないように工夫を凝らした。上がろうとしても垂直の壁板を施してあるので、どうあがいても滑り落ちる仕掛けだ。

そうは言うものの、先日、猫が雀を口にくわえて、家の中に持ち込んだ。恐らく地面にいた雀に飛びかかり捕獲したのだろう。飼い主である御主人様の前で、口から雀を放した。猫の心境は如何に?。「いい子、いい子」と頭を撫でられて、褒めてもらいたいのか?。僕は、怒りたい気持ちはあっても、褒める気にはなれない。獲物を捕獲するのは、動物の本能だから、しかっても仕方がないだろう。

まだ、雀は生きていた。早々に鳥かごへ移し、水とえさを与えて様子を見ることにした。翌朝、鳥かごを覗くと、雀は死んでいた。痛ましいことだ。丁重に葬ってやった。今は、新たな雀の誕生を楽しみに待っている。昨年は、生まれて間もない子雀を、そっと巣に手を入れ、雀を抱き、また巣に戻してやった。このスキンシップが功を奏したのか?、恐怖を与えた?のかは分からない。いずれにせよ、再び巣を作るということは、信頼が揺らいでいないという証拠である。愛情を注げば注ぐほど、自然界の生き物たちは、期待を裏切らない。期待を裏切るのは人間だけか?。人間界は住みにくいぜ。

今日は風強し。一昨日の行事の後始末がまだ終わっていない。ゴミを燃やそうと、風が治まるのを待っているが、まだのようだ。昨夜は講演をしてくれた友人と一献傾けたので、今日はおとなしくしていよう。早く、風よ、やんでほしいぜ。


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