umityanの日記
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2013年03月30日(土) 猫騒動。最近、気になっていること。

三月三十日。土曜日。快晴。外はうっすらと明るい。僕はまだ夢うつつの中にいた。午前六時に防犯ベルが鳴る。その音に気がつき、僕は2階の寝室に置いている木刀を携えて階下へ。電気をつけ、施錠してある数カ所の出入り口を確認。外部からの侵入はなかった。内部の施錠箇所を見ると、一カ所、数十僉扉が開いていた。昨夜、施錠することを忘れたに違いない。しかし、なぜ、一体誰が開けたのか?。

しばらく考え、思わず笑った事よ。犯人が分かったのだ。山の神がたいそうかわいがっている猫の仕業だ。猫はいつも階下の居間で寝ている。決まったように朝の六時頃になると、階段を上ってきて、「ニャーニャー」と泣くのだ。起こしに来たのだろう。目覚まし時計代わりになるので、山の神は重宝しているが、僕にとっては、はなはだ迷惑。放っておくと、あきらめたように、階下へ降りていく。

僕は犬は大好きだが、猫は好きではない。自分の都合のいい時のみに、猫なで声で、おねだりするからだ。犬ちゃんを見たまえ。じっと我慢の子で、ご主人様にこびへつらうことがない。僕が夜遅く帰ると、寂しかったのだろう。「クンクン」と泣いて、僕のほっぺをなめ回したものだ。愛しいこと限りなし。猫にはそんな芸当は出来まい。

とはいえ、猫もさるものひっかく者だ。部屋を移動しようと思ったのか、偶然、施錠のない部屋の扉を前足でスライドさせたのだ。いや、意識的だったかも知れない。僕が階下へ降りた時は、居間で何事もなかったかのように寝そべっていた。ちゃっかりしたものよ。山の神が階段を降りてくると、「パッ」と飛び起きて、「ニャーニャーー」といいながら足下へまとわりついた。「外へ出してくれ」という催促なのだろう。用を足したいのなら居間にもその道具が設置してあるのに。ドアを開くと駆け足で外へ飛び出した。僕に言わないで山の神に言う。こういう態度も猫が嫌いな一つの理由だ。猫も「わたしを、あまりかわいがってくれない人」と知っているようだ。

犬もそうかも知れないが、猫も人の言葉を聞き分ける能力があるようだ。また、泣き声の変化で、何を欲しているかを、飼い主に知らせることも出来るようだ。コミュニケーションとはたいしたものよ。猫騒動はこれくらいでいいか。

最近、気になっている事がある。きな臭い世界情勢もそうだが、今一つは何か不祥事があると、決まって「第三者機関」に判断を委ねることだ。「第三者機関」という言葉は今年の流行語大賞にノミネートしてもいいくらいだ。確かに、判断を利害関係のない人達に委ねることも必要かも知れないが、組織は自浄作用を徹底する能力がなければ、信頼されうる組織とは言えないだろう。第三者機関に任せるというのは、ある意味では責任逃れの姑息な手段と言えないでもない。

今、世界情勢がきな臭い。なぜ、人類は多額の資金を軍備費に投入するのか?。確かに、有史以来、人類の歴史は民族間の生存競争の歴史でもある。人間の遺伝子の中には、闘争本能が刻み込まれているのだろう。でなければ、人類がこれほど争うこともない。食料の確保と民族の生存、発展。どの民族も、このことが最大の目的である。かくして人類は高度な脳を持った生命体に進化した。今や、多額の金を使い、大量殺戮兵器、核爆弾を所有するようになった。大義名分は民族を守るためである。

地球上の覇者となった人類が忘れていることがある。「宇宙に終わりがあるか?地球に終わりがあるか?」という事である。答えは限りなく「イエス」に近い。人間だって、せいぜい100年も生きない。100年経つと、世界の人間はすべて入れ替わっているだろう。それでは悲しすぎる。神は救いの手をさしのべた。遺伝子の承継だ。脈々と遺伝子は後生に受け継がれていく。そのことは幸いである。

だが、しかし、ばっと、それも地球や、銀河や、宇宙が存在していればの話。遠い未来のことを考えても仕方がないと思うかも知れないが、いつ、何時、宇宙や銀河や地球に異変が起きるかも知れない。「もうすでにその兆候が始まっている」と言っている学者もいる。

要するに、先の事は「分からない」というのが真実だろう。しからば、軍事費等に資金を投入するのではなく、今を平和に生き、70億人の人類が皆、食えるように助け合うことが、人類最大の目的でなくてはいけないだろう。「武器よさらば」。最善の道はそこにしかない。



2013年03月27日(水) 喜寿祝いと級友会。

先般、高校時代の同級生からハガキが届いた。恩師の喜寿祝い兼、3年4組の級友会をやろうとの誘いである。確か、恩師の古希祝いもやったような気がする。あれから、7年の歳月が流れたのか?。

恩師のニックネームは「亀ちゃん」。国語の担任である。金八先生ではないが、まさに「3年4組、亀ちゃん先生」といったところだ。本人のいないところでは、「亀ちゃん、亀ちゃん」と呼び捨てにしている。「ぶすーー」としていて、授業中は、亀のように、のっそりのっそりと我々の席の周りを徘徊する、居眠りしていると、いつの間にか背後に忍び寄り、頭にげんこつが下る。僕も痛い一発を浴びた経験者だ。

いつぞや、仲間の「だのみ君」が一番前列の席で「こっくり、こっくり」やっていた時、背後からげんこつが飛んだ。そこまでは良かったが、なんと、彼の眼鏡が机を飛び越へ、コロコロと床に転がった。「およよ」と、彼のあわてふためいた様子が爆笑を誘った。亀ちゃん先生は笑顔一つ見せず、冷静沈着。先生が笑えば、げんこつの威厳もなくなるからなあーー。今でも語りぐさとなっている。「おいら、亀ちゃんは苦手だぜ」と彼は言う。それもそうだろう。眼鏡事件が尾を引いているわけだ。

3年4組の級友達は、皆、仲が良い。卒業以来、事あるごとに、級友会というかクラス会を開いてきた。時には同窓会もあった。それぞれに進んだ道は違っても、「同じ釜の飯を食った。互いに受験にいそしんだ」という思い出が、僕たちを引き寄せるのだろう。幸いなことに、亡くなったという級友はまだいない。

時は5月20日、場所は郷里の、いけす料理店とのこと。今でも親しくしている画家のI君、歯医者のM君、大学教授のK君、先ほど登場した「だのみ君」、それにクラスナンバーワンの美少女だった、マドンナ君も来るだろう。久しぶりの再会となる。楽しからずやである。

級友会にあわせて、母にも会ってきたい。今年になって、まだ一度も会っていない。時折、兄に電話して母の様子を聞くが、元気にしているようだ。随分と苦労をかけてきたことが、今でも、チクチクと胸を射る。それは僕のみではなく、兄も弟も同じだ。父を早くに亡くして、母一人の手で、気丈に兄弟三人を育てた。「そりゃあー並大抵じゃなかったよ」と、母が思い出したように語る。その当時のことを懐かしく思っているようだ。

母の苦労を知っている僕たち兄弟は、それなりに仲は良い。だが、しかし、ばっと、家庭が出来ると兄弟といえども少なからず遠慮が生じる。これは仕方がないことか?。僕は兄嫁とは、どうも波長が合わない。同い年ということもあるが、未だかって、「お姉さん」と呼んだ事がない。会話もない。この辺が、僕の了見の狭いところか。

まあ、それは置いといて、4月、5月は、いろんな行事が目白押しだ。5月中旬になると、やっと、身が解放される。それまでは、馬車馬みたいに、懸命に走るだけだ。ネズミ男君が、よく言っている。「人生とはなんぞや?、愛とはなんぞや?」って。走りながら、僕もそんなことを思うかも知れない。結論は「わかんなーーーい」である。


2013年03月23日(土) 花見。

今日は夕方から、のび太君主催の花見がある。あいにく天気は下り坂。なんとかもちそうだ。メンバーはのび太君の家族やクライアント。恩師。知人達。僕達、とっつちゃん坊や達も数名が参加する。ネズミ男君、夜泣き爺さん、スネ夫君、それに、僕、ジャイアンだ。総勢で20名近くにはなるだろう。

桜は既に満開。「いまや遅し」と我々の登場を待っている。昨年はもっと遅い時期に花見をしたが、今年は異常気象が開花を早めたのだろう。何はともあれ、「花見て一杯」とはしゃれている。古人達のように短歌や俳句の一句でも詠めれば風流だが、我々、とっちゃん坊や達には、その才能なし。ただ、飲んで、だべって、わいわいやるだけが関の山。ま、これも楽しからずや。

場所は、のび太君事務所の裏である。ここには歴史的に有名な人物の像が設置されており、毎年一回は、法要が営まれているようだ。そんな場所で花見とは、罰が当たりそうだが、訪れる人も少なくなった人物像と一緒に、花を愛でるのも良いではないか。当、敷地の所有者も快く、場所を提供してくれた。

昨年をそうだったが、知人が大きな鉄板を持ってくる。野菜やら肉やらを焼いて、酒のつまみにする。会費は2千円。僕、ジャイアンはもらい物の缶ビールと茶菓子がしこたまあるので、それを持参しようと思っている。「ジャイアンは会費はいらないよ」と、のび太君が言ったので、その言葉に甘えることにしよう。

ネズミ男君は自慢のカメラを持参するという。腕は今ひとつだが、自分では一端のカメラマンと思っているようだ。まあ、そういうことにしておこう。僕もちゃちなデジカメを持っていく。花を愛で、人を愛でるのも、頻繁にあることではない。年賀状は出しても、本人に会うのは、この機会だけという人もいる。要は、元気で再会できることが、何よりの幸せである。思い出作りが出来る。

今、テレビでも、あちこちの花見情報を放映している。のどかな風景、幸せな日本を、あまねく映し出しているが、「花見どころではない」という人達も多いだろう。まさに千差万別。震災にあった人達の心は、いかばかりだろうか?。ただ、いかなる状況にあれ、人間は降りかかった火の粉を払いながら生きていかねばならない。悲しくもあり、切なくもある。それでも桜は、どんな人達にも、変わらぬ美を提供してくれる。ほんの一時でも、安らぎを得て欲しいものだ。






2013年03月13日(水) 東北大震災が教えてくれたこと。

 今日は雨。しとしとと降っている。東北大震災で流れた涙にはほど遠いものだ。震災後、丸二年を過ぎた。マスコミも、人も、3・11と言う。記憶にとどめ、風化させないための表現だ。僕はどうも、こういう略した表現は嫌いである。平成23年3月11日に起きた東北大震災。そう、記憶にとどめた。

人類は、地表に足跡を刻んで以来、幾多の天災に遭遇してきた。恐怖におののき、わなわなと震えながら生きてきた。救いを求め神仏にもすがった。時が流れ、人類は次第に高度な文明を築いた。今や天災を、ある程度予知できる所まで科学技術が進展している。だが、完全ではない。そもそも、完全という言葉は、どんな場合にも適用できないだろう。

よく、想定外だったという言葉を聞く。日常生活の中でも、茶化して使われることも多い。予想外という言葉もあるが、想定外という言葉はもっと、重い響きを与える。「これなら大丈夫」と、検討を重ね、線を引く。問題は線の引き方である。天災が予知できたとしても、天災には大丈夫というレッテルは貼れないだろう。従って明確な線引きは出来ない。恐るべきかな天災。

守るべきは、何千万種と言われる生命体の命である。想定外の天災で生命体の命が絶たれることほど、無念な事はない。特に、高度な知性を持ち、喜怒哀楽を表現し、幸と平和を求めている人間。天災によってもたらされた突然の死ほど痛ましく、悲惨なことはない。天災には想定外という言葉を使ってはいけないだろう。天災の予防のためには、「あんた馬鹿か?」と言われようと、蛇足に蛇足を積み重ねることも必要なのではないか?。


最近、「火星には生命体が存在していたという証拠らしきものが見つかった」と報じられていた。古代の火星には生命体がいたのだ。長い年月とともに、火星は死の星に変わった。何が原因だったかはわからない。この美しい地球でさえ、いつ、死の星へ転ずるやも知れぬ。隕石の衝突、地軸の変化、太陽の弱体化、全球凍結、月の消滅・・・・等等。要因はいくつも挙げられるだろう。

人類は、「そんな事は起こらない」と高をくくっているようだが、想定外のことは分からない。明日、明後日がそんな日になるかも知れない。東北大震災は、まさにそんな事を教えてくれた。ただただ、亡くなられた方々の冥福を祈るとともに、被災者の方々の一日も早い復興を祈願したい。




2013年03月10日(日) 生と死

どんよりとした曇り空。本来の曇り空なのか、黄砂の影響か、PM2.5のせいなのか?、よくわからないが空気が濁っている。遠くを見やると、視界がぼやけている。自然現象と人為的現象が相乗効果を演出しているのだろう。ずっと、こんな日々が続くのだろうか?。地球危うしである。

そんな中、今日は、とある家の三回忌法要に呼ばれた。坊さんの懇ろなる読経の後、会食となった。三回忌は亡くなって、丸二年目である。まだ、遺族の悲しみも癒えまい。生も死も、ともに尊いものだ。

中国の儒教では三回忌の事を大祥忌と言うらしい。もう丸二年たったから故人はあちらの世界で幸せに暮らし、安住しているに違いない。「良かった良かった。もう安心だ」という、安堵の気持ちと、さらには、「私たちも元気で暮らしていますよ。安心してください」という感謝の意味もあるそうな。かくして、祝いみたいに法要を営むらしい。要するに吉祥の祝いである。

日本では、なかなか、そういう気持にまではなれないだろう。死は何年たっても、やはり悲しくて、遺族にとっては、つらいものだ。坊さんの読経を聞きながら、祖母、父、叔母のことを思い出していた。つくずく思うが、「もっと、いい子でいたら良かったなあーー」と、悔やみの気持ちが頭をもたげた。今更遅きに過ぎるが、僕が元気でいることが先祖の何よりの願いだろう。

会食では、缶ビール2本、焼酎のお湯割り2杯を飲んだ。昼間のアルコールは、量が少なくても結構きける。すっかり顔を赤らめながら、会話はしどろもどろ。小料理屋やスナックにいるのとは違う。人様の接待となれば、まさに借りてきた猫だ。おとなしく、会話に耳を傾けた。

頃もよく、その場を辞退した。家で酔いを覚ましていると、ドラえもん君がやってきた。彼は、ちょくちょく我が家を訪れる。お腹の袋のみならず、引き出しの多い男で、いろんな情報をもたらしてくれる。

なんでも、彼の義理の父が翌々日、手術をするそうだ。足が腫れているらしく、正座ができない。ドラえもん君の父親には、ずっと、かわいがってもらった。ちと、心配である。ドラえもん君は「大丈夫、大丈夫」と言っているので、今はただ、手術の成功を願うのみ。

話は変わるが、偶然にも友人の母親が今日、一周忌とのこと。昨夜テルが携帯に入っていた。早寝の僕は気がつかなかった。彼は画家をやっている。沖縄にいる歯医者も仲間である。歯医者は5月に母親の一周忌だ。もう、我々も、世代交代の時期になったのだろう。次々と仲間の親たちが亡くなり年忌を迎えている。僕の父は、とうの昔に亡くなったが、母はまだ健在である。今のうちの、「度重なる親不孝をお許しください」と言っておこう

友人の画家は、高校時代は才能のかけらも見せなかった。サラリーマンを経て、何かのきっかけで画家に転じた。今は、絵一筋だ。女房も画家だ。「あんた、女房に食べさせてもらっているんじゃあーないの?」と言ったら、かんかんに怒ったっけ。お互いに喧々がくがくと批評しながら絵を描いている由。うらやましいことだ。

ようやく、アルコールが抜けてきた。今から日記をしたためれば良かったが、既に遅し。駄文となってしまった。




2013年03月06日(水) 変な夢。

今日は5時半に起きた。まだ外は暗い。カーテンを開け、ドアを解錠し、ポットに湯を沸かし、新聞を取り込み、ココアを飲んだ。とりあえず、パソコンのスイッチを入れ、メールを読んだ。毎日来る広告のメールの他に、沖縄にいる友人からのメッセージがあった。

友人は歯科医をやっている。高校時代からの付き合いである。昨年母を亡くして、5月に一周忌をするそうだ。そのこともあり、事前に僕の所へ寄りたいとのこと。久しぶりの再会を期待している旨の返事を出しておいた。「友、遠方より来たる。楽しからずや」である。

彼とは妙な思い出がある。いつぞや、我が家へ来て、夜、一献傾けた。場所は、行きつけの「小料理屋、梓」。ママさん、おっと、今は「ひろこさん」と呼んでいたっけ。ひろこさんが、なんと、彼に「よだれかけ」とおぼしき、エプロンをプレゼントしたのだ。歯医者が、治療中の粉塵と言うべきか、飛び散る粉を防御するエプロン。何にも知らない僕は笑った事よ。

どういういきさつで、プレゼントされたのか、覚えていない。バレンタインだったかもしれない。彼はいたく気に入っていたようだ。今、使っているかどうかは知らないが、来た時に聞いてみようと思う。

時計を見た。午前6時。ぼんやりと薄明かりが射してきた。外は人、一人っ子いない。田んぼをはさんで通りの向こうにある、老人施設の明かりがともっている。皆さん、起床が早いようだ。

「何をしようか」と、刹那、思案した。思いついた結論は二度寝だ。山の神は鼻提灯を膨らませて高いびき。やんなっちゃうぜ。僕は毛糸の帽子を耳まで引っ張り、寝に着いた。ほんの一時間ばかりの睡眠だったか?。夢を見た。変な夢だった。

僕と、4〜5人の人達が、何かのゲームをやっていたような。ゲームと言っても、机上でするゲームではない。とある場所に閉じ込められ、そこから脱出するようなゲームだ。仲間には、おばあちゃんもいた。僕を先頭に、あちこち仕掛けられた罠をクリアし、最後の門の前まで来た。扉を開けると、そこは絶壁。飛び降りれそうにない。「わしやーもうだめばい」と、おばあちゃんが言う。僕は「大丈夫、大丈夫」と言って、絶壁の凹凸に、手と足をかけ、おそるおそる降り始めた。中間くらいまで来ると、もう手と足の置き場がない。「エイヤー」と、思い切って飛び降りた。怪我なし。体も無事だった。

その後、ロープを上へ投げ固定するように言い、「おばあちゃん、ロープに摑まって、降りんしゃい。後は僕が受け止めるから」と言うと、こわごわと降り始めた。すぐ手を離したが、ちゃんと僕が受け止めた。他の者も無事に、クリアーだ。

ほっとして皆で、喜びあった。周りを見回すと、そこはホテルのロビーだった。一人の男が、「あんたのかぶっている麦わら帽子は他人のばい」と言う。なんと、僕は、いつもかぶっているハットではなく、いつの間にか麦わら帽子をかぶっていたのだ。「エエーッ」と驚き、「ホテルのフロントへ預けよう」と、急いで行くと、何と、フロントのシャッターが閉まるではないか。「ゲームをクリアーしたので、宿泊料金がロハになるのを恐れたのだろうか?」と、変に勘ぐった。

仕方なく、皆の待つところへ行くと、なんと誰もいない。「皆、どこへ行ったの?」と、あたりを見回せど、誰もいない。一体、どうなってんの?。そう、思った時、目が覚めた。なんとも後味の悪い夢だった。僕がヒーローだったことが、せめてもの救いだ。


夢を分析してみた。思い当たることがあると言えば、狐に憑かれた女子高生達の事件を描いたドラマを見た事に起因しているかも知れない。ドラマの記憶が違った形で夢になったのだろう。もう、こんな夢はこりごりだ。という事は、二度寝はやめるに限るか?。




2013年03月05日(火) ちょっと思ったこと。

快晴の朝。やや肌寒い。昼間は暖かくなるだろう。こんな天気とは裏腹に、北海道や北日本では未曾有の豪雪に見舞われている。亡くなくなった人もいる由。痛ましいことだ。

なぜか最近、気象がおかしい。温暖化、温暖化と叫ばれながら、実は寒冷化へ向かっているような気がする。以前、全球凍結という言葉を聞いたことがあった。寒冷化へ向かうなら、全球凍結もあり得る。人類滅亡のシナリオが着々と進行しているようだ。

震災復興も、ままならない中、日本列島は今、大気汚染の問題、外交問題にゆれ、片や、オリンピック誘致のプレゼンテーションに躍起となっている。こんな状況でいいのだろうか?。時々不安に思う。

大気汚染の問題。これは全世界が足並みをそろえて対処しなくては、一国の力では、いかんともし難い。昔、日本も公害に苦しんだ。その見返りが工業、経済発展の原動力になったとも言える。今、発展途上にある国に対して、「大気汚染物質をまき散らすな」と、面と向かっては言えないだろう。なすべき事は、高い技術力を持った日本や他の国々が、もっと積極的に地球環境保全のために、手をさしのべることだろう。

外交問題にせよ、「目には目を、歯には歯を。我田引水」ではなく、協調し
相和してこそ、世界平和につながるというもの。皆、そう思っているが、これがなかなか出来ない。有史以来、世界は、幾多の戦争を繰り返してきた。領土を拡大し食料を確保すること。いろんな種族にとっては、それが生きるための方策だった。それに追い打ちをかけるのが 宗教と人間の欲望。厄介である。

いろんな思惑が交錯して今日の社会を構築している。よくよく考えてみると、人間は賢いようで、愚かな存在なのかも知れない。「分かっちゃいるけど、止められない」。早く、この悪循環を断ち切らねば地球の未来はないだろう。

オリンピック誘致の問題。確かにオリンピックは人類に夢と希望、平和をもたらす最善のイベントに違いない。と、同時に開催国にとっては莫大な経済効果をもたらす。誘致に躍起になるのも頷ける。出来れば成功して欲しいと思うが、問題は設備の充実や利便性だけではなく、防災の充実こそが最大の問題だろう。いつ何時、巨大地震が日本を襲うかも知れない。特に関東地方はその危険性が指摘されている。なにも、首都、東京を開催地にしなくても、比較的安全と言われる地方の都市を開催地にしても良いかも知れない。

首都、東京はいざ知らず、地方の都市のすばらしさに、外国人も驚嘆するに違いない。ただ、誘致にも費用がかかる。そこを何とかするのが、国の役目である。

今日は偉そうに、ちょっと吠えてみたが、まずは自己改革が先決の問題だ。









2013年03月02日(土) 沈丁花。

 三月二日。晴天。風やや強し。寒くなった。天気が刻一刻と変化してい。「暑さ寒さも彼岸まで」と言うから、もう少し辛抱すれば、のどかな春が訪れるだろう。

部屋の窓を開けた。大きく成長した沈丁花のつぼみが、今や遅しと開花を待っている。良い香りがあたり一面に漂う。訪れる人達、皆が皆「香りがいいですね」と褒めてくれる。「バラにバラの花が咲く。何の不思議はなけれども」。そんな言葉もあるが、自然の営みは、やはり不思議に満ちている。驚嘆し、畏敬の念を禁じ得ない。愛情を注げば注ぐほど、彼らは決して期待を裏切らない。人間とはちと、出来が違うようだ。

沈丁花は、ばあさんが植えた。部屋の目隠しになるとの気遣いからだ。今やまさに、もってこいの目隠しを演じている。感謝、感謝である。そんな、ばあさんも90歳で亡くなった。心地よい香りが、すばらしい置き土産となった。

ばあさん健在の頃は、「早く水をやんさい」と、口すっぱく言われたものよ。沈丁花だけではなく、いろんな草花に水をやるのが僕の日課だった。その当時は「五月蠅い、ばあさんだぜ」と思っていたが、今にして思うと、草花を愛し、いつくしんできた気持ちが理解できる。

本来、僕には草花を育てる能力も趣味もない。せいぜい、昔から好きだった朝顔の種を植えるくらいが関の山だ。まあ、これも朝の清涼感を味わうことと、目隠しの為にやってきたことだ。

草花を愛でることも良いが、僕のお気に入りの仕事は、もっぱら雑草刈り。雑草の生命とて尊いものかもしれないが、放置しておけば、あばら屋の幽霊屋敷に早変わり。「これでは、あばかんでー」ということで、雑草刈りに専念するわけだ。もうそろそろ雑草君が、「早く刈ってえーー」と僕の登場を待っている。

世の中は ようしたものよ。汗だくだくで労働している僕の姿に同情してか?、なんと、ネズミ男君が「おいらも手伝うぜ」と言ってくれた。嬉しくて涙がちょちょ切れるぜ−。二人で作業をすれば数日で済む。

彼の行為に甘えたは良かったが、日当は五千円。田舎のネズミは、ちゃっかりしているぜ。要は、「その金で焼酎を一杯やろうぜ」と言うことらしい。彼の提案に、いささかの異論もなし。それも楽しみの一つだ。

なぜ、僕は雑草刈りが好きなのか?。美化はもちろんのこと、本命は運動の為である。ランボーみたいに、草刈り機械を振り回し、腰を回転させる。おかげで、腰回りが引き締まり細くなった。汗は老廃物を排出する。労働後の水やアルコールは気分を爽快にさせる。一石三鳥もいいとこだ。

ネズミ男君は、体重が数キロ減少し、ツイスト混じりのカラオケに拍車がかかるというものだ。今、「早く刈りたい」とおねだりされているが、まだ、時期尚早か。毎年の事だが、そろそろ僕の春作業が始まる。とは言うものの、仕事もせねば、おまんまの食い上げだ。





2013年03月01日(金) 旅 の 反 省 会。

去る2月16日(土曜日)、旅の反省会を催した。場所は、のび太君設定の「さかな屋」。参加人員は7名だ。とっちゃん坊や達が4名(のび太君、夜泣き爺さん、ネズミ男君、ジャイアン)と、同行者の3名の女性達が参加した。まだ、名前は知らない。残念ながら、ドラえもん君は家庭の諸事情で不参加。引率者とも言うべき2名の男性も欠席した。

定刻に皆、集合。まず、ビールやらノンアルコールの飲み物で乾杯した。その後、のび太君持参のノートパソコンで、写真鑑賞会だ。のび太君300枚程度。ネズミ男君、100数十枚、ジャイアンは100枚以下。それぞれに、写真の出来、不出来を笑いながら批判しあった。女性達は「ほおーーー、ほおーーー」と目を丸くして感動している様子。体調を悪くした2人の女性には、気の毒な旅となったが、写真を見て、まさに行った気分を味わった事だろう。

料理が、どんどん運ばれてきた。皆、腹が空いていたようで、むさぼり食った。男性諸氏はビールの後に焼酎だ。いつもと違い、5対5のお湯割りだったので、瞬く間に酩酊。女性諸氏は、最終電車で帰途につくため、軽いアルコールに終始したようだ。

何はともあれ、旅は良い。ただ、いつも感じることだが、幾多の苦難を乗り越え発展してきた、いや、今も発展し続けている国は活気がある。皆、労働に精出している。目も輝いている。そんな姿は美しい。日本もかってはそうだった。ただ、経済は発展しても、置き去りになっていることがある。もっと、環境に優しくあって欲しいものだ。環境汚染はいずれ、地球を滅ぼすだろう。旅をして、ふと、そんな思いが脳裏を駆けた。日本も偉そうなことは言えないが、いまや、まさに、日本が環境保全に対して世界の見本となるべく努力しなければいけないだろう。

話が飛んでしまった。旅の反省会も佳境に入ったとき、僕、ジャイアンは、おもむろに、手提げバックの中から、分厚く製本された「とっちゃん坊や5人衆」の旅日記を皆に一冊ずつ配布した。女性達3人は、あっと驚き、いたく喜んでくれた。内容は陳腐だが写真入りで、制作に10日ばかり費やした。「経費もかかっているぜ」と言うと、なんと、ネズミ男君が「おいらは過去の旅日記を全部、金庫の中にしまっているぜ」と言う。そこまでしてくれるとは、書き冥利につきるというものだ。棺桶とともに思い出を葬って欲しいのだろう。泣けるぜーーー。

二次会、三次会と駒を進めた。残念ながら女性達は参加しなかったが、再会を約して別れた。お土産に買ってきた万華鏡ペンライトを照らし、カラオケに興じたことは言うまでもない。ただ、残念なことに、怪しく天井や壁に輝く万華鏡も、カラオケ機械には判断できない。要は歌い手の気分次第。かえって、歌が崩れ、低得点に甘んじた。笑いを誘って、酔いが覚めた点は評価に値するだろう。

旅の反省会は皆が健康で再会できたこと。そのことが一番の収穫だったと言えよう。


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