4月だというのに2月並みの寒さ。 春物のスーツを切り裂くような風が舞う。 それが心地いいような、痛いような都心の朝。
仕事を済ませて、駅構内の本屋に立ち寄った。 最近は書籍も雑誌もあまり手に取らなくなった。 自分の中に何にもないから興味がわかないのだろう。
分析しても何も始まらないから、目に付いた本を手に取ってみる。 車の雑誌。写真だけ眺めて閉じる。 バイクの雑誌。写真だけ眺めて閉じる。 パソコンの雑誌。表紙だけ見て戻す。 文庫本。背表紙をただ眺めてみただけ。
病気の本。久しぶりに手にとってみる。 読むといろいろ思い出すから、あまり読まないようにしていた。 思い当たることがいろいろと書いてあって、 「代償を払わないと生きてこられなかった」ことが記憶に蘇る。
どうしても「こうあらなければいけない」自分に手錠を掛けられて 感情、すなわち自分を殺し続けてきたから何もなくなってしまったのだと。 だから感情の中では他人を“殺して”もいいのだと。
そういうものかもしれない。
思えば、“許さない”感情は自分の中に蓄積されつづけて 際限なく自分を痛めつけるが、 “○○死ね!”という感情は外に飛んでいくだけで 自分を傷つけることはないような気がする。
防御と反撃なら、反撃のほうがよいということだろうな。
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