まめごはんつうしん
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おお、4年に一度の2月29日。これは書いておかねば(笑)。 そう、一昨日の日記で「お茶会in高崎」を今年もやりまーす、なんてコトを書いたのですが、実はいつ決行かというと……3月5日(」゜ロ゜)」 。えびなさん、あゆみさん両名と打ち合わせて決定した時点で既に
「ええっ、もう来週の今日なんじゃん!」
……という状態だったわけですねf(^^;) 。何やってるんでしょう(笑)。 でまあ、あゆみさんとは家電&手紙、えびなさんとはメールを駆使してやりとりをするわけですが、昨晩、不意に思いついて、高崎市のホームページから観光ガイドや待ち合わせ場所(駅の市民サービスセンター)の詳細をアウトプット、簡単な資料集を作りました。ついでに、自分の分だけだけど、時刻表とか、6日以降に行きたいところの資料とか。そう、実は話が大きくそれまして、まめだぁのご厚意に甘えて、8日まで母娘のみですが帰省することにしました。月曜日がお休みになるなんて、この先そうそう無いもの! (苦笑) で、つらつら考えていたんですが、私たちの場合、上手いこと役割分担が……自然に成り立って居るんだなぁ、と思ったのでした。あゆみさんが企画と当日の写真撮影担当、私が日程などの調整と資料作成係。えびなさんは……参加回数は少ないものの、当日の進行係、というところでしょうか。彼女が居ると場が楽しくなるんですね。うん。
そういえば数日前、事務所で仕事をしがてら、事務局の重鎮さん(例の、「ごはん食べるの遅い」発言の人f(^^;) )と話をしていて 「ニュースを書いたり、週報を書いたりするのは苦にならないんだけど、オルグが苦手で……」 って、自分で言って初めて気がついた、というノ(´д`) 。そうか、私ってこういうことを苦にしないたちだったのか(笑)。でも、周囲は 「文章書くなんて誰でもできるじゃん、会話でのコミュニケーションが苦手じゃねぇ」 って思っていると考えていたという……そうでもないんだ、とか思ってちょっとほっとしました。 一時、却って気持ちが消化できなくて、書くことから離れた時期があったけれど、楽しんで書けるようになったみたいで……時って薬だなぁ(笑)。いや、たしかにもう詩ではないけれど、ニュースでも、お茶会のしおり類でも、楽しんで書けるのって、幸せだぁ、って。 つい苦手にばかり目がいくけれど、得意なものをもうちょっと前面に出してもいいか、なんて。そう、モノ書くのが苦にならないことで、役に立ててるんだ、私って(自分で言うのもなんですが)。
で、今日、その資料集を郵送しました。あゆみさんトコには「くりくり」のお礼のかごとりんごも送ったので小包にした分、早めに届くかなと思うんですが。 ついでに文房具屋さんと、久しぶりに生協の店舗でお買い物。文房具屋さんでは「クラフトパンチ」を探していたので、それを購入しました。寄せ書き用のシール、なんてのもあったけど、そういうものはあゆみさんが用意してくれるかなぁ……なんて思って、購入を保留。いつだかの東京でのお茶会の時も、寄せ書き用のはがきをこだわりを持って用意してくれたことがあったし。他の人の領域に踏み込まないことを覚えてきたかなぁ(笑)。
2004年02月27日(金) |
一月は「居ぬ」二月は「逃げる」……だっけか? |
ああもう、さっぱり更新できてない(T_T) 。1月から3月までは特に瞬く間に過ぎる……だけのせいではないような気がします。思わず「最近の日記」に何を書いたのか読み返さないと思い出せない状態……だったのは、たしかです。 仕方がないので、このふた月のダイジェスト、ってことで。
<仕事のこと> 日々の大半がこれに費やされる、という生活はいつぞも書いたようにまるっと6年振り、だったんですが……はい。正月休み明けから、某市民団体の事務局に、半専従の事務局員として迎えられて、ふた月が経過いたしました。週に数日の「試用期間」を経ず、いきなり週に3日半働く、という怖いものナシというか無謀だそれは状態だったんですが、最初ひと月はなんの疑問も感じず……いや、その隙もないほど疾走してました。その分充実はしてたんですかね(笑)。 でも、そう順風満帆にコトが運ぶわけが無く……普通の新卒さんが5月病になるように、ドツボにはまったのが2月中旬。その週のはじめに、この時期恒例の、事務局主催(?)での子育て関連のイベントがあったんですが、最後になるし必要もあるしでまめ子を連れていったら、ものすごい困難なことになってしまって……ただでさえ人前で喋るのが苦手なこともあって、本来なら私が進行しなくてはいけなかったところが何もできず、かなりぼろぼろな状態に(T_T) 。しかもその日を境に
「お母さんに甘えられない」
と思ったらしいまめ子が「下の子もいないのにかなり強い赤ちゃん返り」状態になり……おしっこがトイレでできなくなったり(ちなみに彼女は4歳半。やはり普通の状態じゃなかったってコトだよねぇ……)。で、とどめが、その週の週末の地域の子育てサークルでの援助(こっちの用語(?)で「オルグ」っていうんですけど)。子どもの入園で年度末で抜けるメンバーも多いので、残る人でなんとか立て直せないかという話し合いに持っていかなくちゃいけなかったんですが……ほっとんど用をなせなかったんでした。で、事務所にへとへとになって帰ってきた状態の私が居るウチにその地域の常任委員さんから電話があったんですが、電話の内容(怖くて訊けなかった)から察するに
「もううちにはまめももさんをオルグによこすな」
という内容の電話だ……と勝手に解釈し(バカ)、週末は寝込むほど落ち込みました。もうね、だったらなんで私を事務局に担ぎ上げた、っていう。一昨年の末から一年間、単発でオルグに通わせて、地域班からの反応だって聞いてたでしょうに(はっきり言って私は人見知りが激しいので、初めて行くところに馴染むのに人の何倍もの時間がかかるのだ。威張るコトじゃないけど……)。それでもこういうことを任せてもらえたんだから、とりあえず1年は頑張ってみようって自分には言い聞かせてた。もしかしたら、20年以上かけても乗り越えられなかったことを、乗り越える機会を与えられたのかも……とか思っていて(思い込み?)。なのに……って。だいたいその週は、仕事も子育てもどっちも落第、という自己嫌悪感に押しつぶされて、泣きっぱなしだったんだった(おい)。そんなだったので、普段私の言動にはあまり動じないまめだぁまでが
「オマエもう、1週間事務所に行くな! それでも落ち着かなかったら生活のために働いてるわけではないんだから辞めろ」
と言い出すという……まめ子の不安定さも私の不確かさから来てたんだから、それはもう言われても仕方が無かった訳ですがρ(。。)。 でもまぁ、投げ出すにも残務整理……というわけで、翌週の火曜日、会議がありました。提案者が私なので、つらくても働かないわけにはいかず。でも、話しているうちに……はい、勝手な解釈だということがわかりました(°°;)\(- -;)。うちで実は週末、そういう騒ぎになったという話をしたら呆れられました(爆)。
私達の世代は、リーダーになりたがらない、とか、育児サークルなどでまとめ役を任されただけで辞めちゃう、とか、(幼稚園の)PTAを引き受けたくなくて逃げるために働こうと思っているという口実を作る、とか、当番がまわってくるひと月前から憂鬱になる……とか、いろいろな「困ったこと」が、その会議の中で指摘されました。だから自主運営系は嫌がられちゃうんだよね。実際、今人気がある「子どもと一緒に参加できるもの」って、「子どものことは指導してくれる人にお任せ」で、「早期教育系」のもの。ホントはそれっておかしい、と思うんだけど。 でも、私は早期教育については真っ向から否定するけど(シュタイナー信奉者だしf(^^;) )、子どもをお任せしたい気持ちは時にはわかるし、人前で話をしたりまとめ役をやったり、なんてホントはすごく苦手。だからすごく耳が痛い、そういう話になると。実際フォローしてもらわないと何もできない、と自分でも思うときがあって、そういうときはものすごーく凹む。いや、凹んだから寝込んだんだけど(爆)。 その会議のあと、別の事務局員さん(もと中学校の美術の先生で、退職してここの事務局にいる)といろいろ話をしたんですが、私は本当はそういうことを言われると耳が痛いんだけど、逃げずに挑んでいる分自分を誉めてあげても良いのかもしれない……というようなことを言ったら 「まめももさんは逃げてるうちに入らないわよ」 って。それで復活する私もかなり単純だ(;^o^) \(ToT )あんたほんとにそれでいいの←違 たしかに、お給料はとんでもなく安いんだけど……そのお給料でも、私がもらうのは相応しいことなのか、という悩み方を長いことしていたんだけど、どんなに私が沈んでも、私そのものを否定されてるわけじゃないということが理解できたことで、ものすごく救われたんだと思う。うん、そうやって気持ちを上手く持っていける仕事場なんて、そうそうないよ。きっと。って、多分前出の常任委員さんには信用されていない部分もあるなぁ……と、肌で感じる部分もあるんだけど、それでも嫌だなぁとはあまり思わないっていうか。四六時中「乗り越える気持ちを持とう」というのは、私にはすごくエネルギーの要ることでかなり無理f(^^;) なんだけど、それでも働きながら自分探しをしているのかもしれません。それを許してもらえる部分も……ある、かな。人と人とのつながり、がお仕事の重要なファクターになっているところもあるし。ノルマ、じゃなくて。 あと、いろいろな人に、気にかけていてもらえるんだなぁって。地域班にいたときに(って、私の所属はまだ事情があって地域班なんですが)お世話になっていた方(ちなみに市議さんだったりする……ここにいると市議さんの知り合いも増えるらしいf(^^;) )が、事務局長さんに 「まめももさん、どうしてる?」 って声をかけてくださったそうなんですが、その場に居合わせた事務局の重鎮(笑)の方が
「まめももちゃんはごはんを食べるのはやたら遅いんだけど(←ヾヾヾ(´▽`;)ゝゝゝ)、仕事はてきぱきやってて早いよー」
というフォローをしたらしい……(苦笑)。そしたら彼女が 「まめももさんはうちの地域から泣く泣く事務局に出したんだから、大事にしなかったら承知しませんよー」 って言ったんだそうな……ああなんて申し訳ないf(^_^; 。でももっと申し訳なかったのは事務局長さんが
「まさか「毎日泣いてます」とは言えなかった」
って言ってたことか\( . . ) ハンセイ←ホントにしろよ自分。 その地域班の人たちとも、先日打ち合わせの時に 「アンタが居なくなるってコトになってどれほどイタイかもう」 「事務局でとんでもない使い方をしたら地域班に連れ戻すんだから」
……私、ね。昔……って、とんでもない大昔(高校生の時だな、多分)に
どこに行っても 私の椅子が ひとつだけ足りない
なんて詩(かよ!)を書いたことがあるんですが、30半ばになりつつある今でも、そういう感覚は気持ちの片隅にいつもあって。どうせ便利屋さん、みたいな気持ちが地域班にいたときはいつも抜けなかった(いや、実際そうなのかもしれないけど)んだけど……なんていうんだろう、ことばの端々の暖かさに触れて、送りだしてもらったことに対する感謝は、忘れちゃいけないんだな、と思いました。 そして私は、今日もできる範囲で頑張っています。一年後には、ちょっとは人として進歩した、って言えるといいんですが。うん、ニュース類を書くのが苦にならない、というだけでも、あの事務局に居る価値はあるのかもしれないし(おい)。
でもIさーん、「ごはん食べるのやたら遅い」って(−−;)。 年齢ひとけた台の時に言われたことを30半ばになっても言われる私って……人は簡単に進歩できないってコト?? うわーん。
<手仕事のこと> 事務所で拘束される時間が増えた分、手作りをする時間、というのは、自分の中で核になっている、というか、必要な時間になっているような気がします。ただ
「まめももさんといえばビーズ」
とか
「まめももさんといえば(エコクラフトの)バスケット」
という固定ができるとちょっと悔しい……という天の邪鬼は相変わらずなので(おい)、いろいろ手を出してます。どれほどモノになっているかは疑問ですが。 今は、まめ子の耳当てと、プレゼント用のエコバッグを作ってます。手縫いなので時間がかかりそうだけど……耳当ては大変そうだ。テディベア(作ったことない)の生地(モヘア、っていうの?)で作るのでf(^^;) 。
で、先日。 あゆみさんが……彼女は自分の大好きな杉浦さやかさんのふたり展に行ってきた報告、のつもりだったんだけど、その時に「くりくり」という雑誌があるのを教えてくれたんでした。これ、もしかしたらツボかも! と思って探したんだけど、福島にはないことが判明(ノ_<。)うっうっうっ。結局、あゆみさんにお願いして買って送ってもらってしまいました……いつもいつも申し訳ありません <(_ _)>。 うん、やっぱりツボだった。仙台に行けば扱いのある本屋さん&雑貨屋さんはあるみたいなんだけど、結局定期購読を申し込みました…… 仕事を始めてから、着るモノや趣味がだんだん少女趣味(ったっておとなしいもんかもしれないけど)方向に振れてくる自分がやや怖い……(笑)。でもいいか。いい意味で「おばちゃん」になるのは良いんだけど(で、やはり事務局で働いてるとそうなる必要もでてくる……)、かわいらしいは捨てたくないな、とちょっと思ったりしてるのかもしれません。
でも、福島にはくりくり系の雑貨屋さんって、無いのかー。 なんて書くとあゆみさんに「だからー、雑貨アーティストになろうよ!」なんて言われそうですが(苦笑)。 そういえば、今年に入ってから、地域班で頼まれてバスケット作りのお教室(っていうにはささやかだけど)を一度だけしましたが、その時に一緒にやってた友達が
「まめももさん、一坪ショップ開いたらいいのにー」 「うんうん、まめももさんが事務局に行ってる間、私たちで店番するよー」
……それって、なんか違うような…… (; _ _ )/ (笑)
あと、「暮らしの手帖」に載ってた市川実日子さんのインタビューに、すごく惹かれるものがありました。 手作りの時間は、何度考えても、私にとっては「核」、みたいです。 若い頃は「書くこと」で消化しようとしてしきれなくて結構苦しんでたけれど、こっちに置き換えてからちょっと、いきいきという感じになったような気がします。 だからといって仕事に……ゆくゆくはしたいのかって言われると、今はそこまでは思いつかない、です。
<それでも大事なのは友達> ……前回の日記(っていうしかないよねもはや(−−;)。)で
「古いつきあいが復活しつつあって、それを大事にしたい。もうちょっとまめになりたい」
というようなことを書いてますが……実際は日々の営みに追われてなかなかままならないところもあります(-_-)ゞ。 そんな中、先日、水方良子さんが東北に来たついでに……ということで、ものすごく久しぶりに再会しました! 何年ぶりだったかなぁ? 福島に来て6年になるけど、それ以上だよねぇ……うっかりすると7年とか8年? うひゃー。 彼女は、相変わらず、好きなことを自分のペースでやっていて、すてきでした。私はもう、あの時分とは全然違う方を向いている……気がする、んだけど、それでも「会おうよ」って声をかけてもらえるひとりに入れてもらえていることが、とても嬉しかったです。うん、あの頃のように卑下するでもなく、ただ、素直に。あと、自分では絶対持てない(笑)黒一色で、レースをあしらったバスケットを作れたのも嬉しかったです(大笑)。 いつか、また会おうね。私が名古屋に行くのはかなり難しそうですが(苦笑)。
そしてそしてそして! 今年も実現することになりましたー、お茶会in高崎! たった今えびなさんからFaxが来て、あゆみさんと家電(彼女の家には家電しかないのだ)で打ち合わせをしていたという…… でも今回は何かのついででなく、ただ高崎に行くんだよね。しかもまめ子同行……大丈夫かなぁ。経済的にも、まめ子の気分的にも。でも遊べるときに遊ぶのだ。しかもなるたけ土曜日が……とか言っておきながら、あゆみさんと話しているうちに結局金曜日に決定! どうせ私がオルグに入ったって状況進展しないし(自棄)。 ああ……えびなさん、ごめんなさい。でももう1週間後かー。
そういえば、去年のin高崎は結局まだアップできてない……ううう。
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