にゃんことごはん
ごはん



 今日はお彼岸の中日 代々の猫に刺身ふるまう

自己満足です、供養と言うのは基本、自己満足だと思っています
生きている自分にとっての供養だと

お彼岸なんで、猫たちには刺身を(生きている仔がいるときにはできなかった)
父母には父の好きな洋酒と、母の好きなご飯と辛いもの
両親はカトリックだったし、私は無宗教なので作法にのっとっているわけではありません、ただの、気持ち

もちろん、お下がりは私が美味しくいただきます

しかし、ずらりと並んだ猫たちの骨壺の前に鎮座する刺身の珍妙なことよ
笑えます、が、まあ私は大真面目なので

最後まで、猫のための生活をしてきたよ、と歴代の猫たちへの報告のようなものです
もっともっと一緒にいたかった猫もいます
でも、最後に練ちゃんが私との生活に満足してくれていたのなら、それでいいと思って
と思っています

大好きだった猫たちを、順繰り見送りました
それは飼い主としての責務でもありますが、それが幸せなことなのだとも思います
見送れることの幸い、とでもいえばいいのでしょうか

さて、猫のいない生活、私はどうしましょうか





2021年03月20日(土)



 最後の猫の旅立ちに、春が早くも訪れぬ

年末、今年の日付での日記登録ができなくて、そのまま放置していたのですが、その理由のひとつが、練ちゃんの体調悪化でした。

悪化というか、老衰というか。

食べる量が減り、少し食べ、少し飲み、段々と枯れていく、そんな感じ。

1月はまだ、こまめに好きなご飯を用意してさえいれば食べていたのが、だんたんと量が減ってきます。
ああ、いよいよかもしれない、そりゃそうだ、20歳なんだものな、と思いつつ、でも、私が在宅しているときは、こまめにご飯をあげていました。

2月になって、自力で食べる量が目に見えて減ってきて、強制給餌に切り替えました。ただ、昼間仕事をしているので、なかなか十分な量を食べさせることができません。

在宅しているときには、とにかくこまめに、給餌していました・
不思議なことに、練ちゃんはシリンジでの給餌を嫌がりませんでした。
それは、果たして強制給餌と言えるのだろうか、とリュウが笑ったものです。

3月に入って、とうとう、シリンジを拒むようになりました。

お別れが近づいているのだと、思いました。
でも、せめて、今日一日は、という思いで、日々を過ごしていました。

3月4日
それが練ちゃんの永眠の日でした。

くしくも、私の誕生日の一週間前、絶対タイミングはかっていたよね、とリュウは言います。そうだね、だれよりも、ママにかまってほしくて、そばにいたくて仕方のなかった仔でしたから。

週の終わりに火葬に伏し、とうとう猫のいる生活が終わりました。

いまだに、猫が自由に行き来できるようにと、部屋と言う部屋のドアを開けたままだったり、トイレも新し砂をいれたまま、まだ処分できずにいるのが、我ながら笑えるのですが。

20数年にわたる、猫との生活は、こうして終わりました。

2021年03月16日(火)
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