にゃんことごはん
ごはん



 暑い日々 8月葉月も終わりしに 朝夕の風涼しからんや

入院しました。3泊4日で(って旅行かい)。
去年、右手首の関節を粉砕骨折したときに入れたボルトの抜釘のため。

去年の骨折入院の後、今年の1月まで通っていたリハビリを卒業するのと同時に、主治医から「できれば2年以内にボルトを抜いたほうがいい」と指摘されました。
なんでもチタン(ボルトの材料はチタンだそうです)は、今までアレルギーの報告も少ない素材ではあるけれど、医療の現場で採用されてから日も浅く、長期間の使用に伴うアレルギー反応について未知の部分があること、私が70代80代なら抜釘のための手術のリスクのほうが高いけれど、そこまで高齢ではないこと、などを踏まえ、できれば抜釘したほうがいい、という説明でした。
2年を過ぎると、チタンが骨と馴染んでしまうため、手術が難しくなるのだそうです。

私の母は65歳で亡くなっているので、それを考えると私の余命も10年もなく、どうしたものか、と悩みもしたのですが、万が一、長生きしたとき、年取ってから「あの時、ちゃんとケアしていれば」となるのもいやだなぁと思い、夏休みをとるぐらいのつもりで入院することにしたのでした。
で、前の週の主治医の外来で診察してもらって入院前の検査を済ませ、翌週の手術日前日に入院。手術、経過観察を経て、手術の翌々日に退院。都合、3泊4日。

病院の食事は味も薄くて、文字通り味気ないのですが、まあ、それはそれ。もともと薄味を心掛けているので、「ま、こんなものか」と思えば、上げ膳据え膳でこんな楽なことはありません。
それに栄養士さんが、ちゃんとカロリーも栄養も計算してくれているわけで、「ああ、美味しかった」という満足感がないわりに、お腹も空かなくて、やはり空腹とは足りない栄養素を補いたいという本能のなせるわざなのか、と感じ入った次第です。

そんなこんな、入院も2度目なので、勝手知ったるなんとやらで、術後の麻酔が切れたあとから、院内をうろうろ。

その病院には、一般から寄贈された古本を貸し出している図書室があり、家から3冊ほど未読本を持って行ってはいたのですが、そんなものは手術前に読み終えてしまい、あとはひたすら図書室から本を借りて読んでいました。
ちょっと軽めのミステリーの短編集を2冊、SFファンタジーを1冊、警察小説を1冊、クライムノベルを2冊、そのほかに画集というか画家の解説本というか、といった感じの本を2冊。

ひたすら本を読み、合間に体がなまってはいけないので、病室のある6階からコンビニのある1階まで階段を使って往復するというアホみたいなことをしていました。
でも、そのおかげで知ったのですが、医療スタッフは(医師も看護師も)みんな階段を使っているのですね。エレベータは患者とその家族のもの、という感じ。
大学病院ではなく市立病院だから、なのかもしれませんが、ちょっとびっくりでした。

なんというか、それなりに大きくて設備もある病院では、よくドラマにあるように院長先生を頂点としたヒエラルキーが形成されていて患者はその下、そして院長先生の回診が大名行列のようにある、みたいな印象があったのですが(昔、父が脳梗塞で入院した病院では、大名列に遭遇しました)、その病院では、昨年入院したときも、そんなものはありませんでした。
今回、とりわけ注意していたのですが(笑)、確かに午前と午後の2回、医師の回診があり、回診の対象患者は病室に戻ってくださいという放送はありましたが、別に大名行列はなかったです。。
それ以外にも、必要に応じて医師は病室を訪れていましたし、私の担当医などは私が図書室に入り浸っていたために「いつ行っても、いない」と笑っていたそうです(すみません)。

そして猫たち。入院前、とにかくにゃんには「しばらく留守にするからね」と言い聞かせました。昨年、あわただしく入院してしまったために、にゃんへの挨拶を忘れ、そのせいでにゃんが大騒ぎしたという経緯がありましたから。
ところが、退院の日、迎えに来たリュウが「にゃんちゃんや、ほかの仔は変わりないんだけど、きらちゃんが夕べ、ご飯を食べてから引きこもってる」とのこと。
そもそも、夜ごはんもろくに食べなかったらしく、夜中にリュウが気づくとキラがご飯を待っていたので、ウェットフードをあげたら、ガツガツと食べ、その後、どこかにいなくなり、朝方、毛玉を吐いて、またいなくなった、ということでした。

帰宅してキラを探すと、すぐにどこからともなく表れ、でも、どこか警戒している風で気にはなったものの、見た感じ、どこか具合が悪そうなわけでもないようだったので、そのまま仕事に出ました。
その夜、帰宅すると、ほかの仔がご飯を食べ終わるころに、ようやく表れたキラでしたが、まあ、甘えること甘えること。撫でろ、おやつ、撫でろ、おやつ、という感じで、ひとしきり、甘え倒して、ようやく落ち着いたようで、居間の本棚の隙間に落ち着きました。
もしかしたら、にゃんだけでなく、キラにもちゃんと留守にする挨拶をしなければならなかったのかしら。

まあ、もう入院はしたくないので、そんな事態を想定しても意味がないのですが、次に、ちょっと家を空けるときは、にゃんだけでなくキラちゃんにも、そして、変わりがないように見えるほかのみんなにも、ちゃんと挨拶しなければ、と思った次第です。

2015年08月23日(日)



 横浜は熱帯雨林か、蒸し暑く、涼を求めて涼はいずこよ

毎年、「夏ってこんなに蒸し暑かった?」と記憶を掘り起こしている、ここ数年。
今年も、雨が降っても湿度が増すだけで、夕立後のさっぱりとした涼気を感じられないのが、理不尽に思えるほど。「夏って、こんなだったけ?」

さて、せっかく空調を入れても、空調の効いていない部屋でごろごろしている猫たち。
茶々は歯が治っても、すっかりウェットフードに甘やかされて、ドライに混ぜているウェットだけ舐めとって、ごちそうさま、なんてやっています。
キラは、あの病院通いはなんだったのだろう? なほど元気な毎日。
ニャンは最高齢なのに、ともすると一番食欲もあり、元気もあり……もしかして、尻尾が二つに分かれるまで長生きしそうな勢いです。

が、やってくれたのが、練太郎。

先週の土曜日、四苦八苦しながら網戸を張替えた昼間の疲れで早々に眠りについた深夜、ぼんやり目覚めると、なんか湿った感触が足に。あ、だれか布団に吐いたか、と思いつつ、完全には覚醒できずにいたのですが、次の瞬間、飛び起きました。何故というに、においが違ったから。
起きて呆然です。布団の至るところに、排泄物が……。

とりあえず、汚れた肌がけ2枚をざっと水洗い。替えの肌がけを出してから、少し迷って洗濯機を回しました。
深夜なので水は流せませんが、洗うだけでも洗おうかと。
戻ってみると、先ほど出したばかりの肌がけの上に、また排泄物、と、別の場所に力んでいる練々の姿が。
どうやら下痢をしているらしく、出しても出しても出し切れていないような下痢の感覚に翻弄されている模様。

出したばかりの肌がけを抱えて、また洗濯機へ。そして戻ったら、今度は敷き布団に……。
汚れた箇所だけ洗って布団は干し、シーツは洗濯機に放り込んで、さて、私はどうしましょうか。

とりあえず、毛布を3つ折にして敷きパットを重ね、敷き布団代わりにしました。ちょうど、私の身長と身幅が治まる程度のサイズです。
目覚めたのが3時ごろ、どたばたの挙句、寝たのは4時半ぐらいになっていたでしょうか。

翌日、朝一で病院に。下痢は収まっているようでしたが、念のため整腸剤をもらい、帰宅。
以後、とりあえず、落ち着いています。

で、私。
簡易敷き布団がなぜか、非常に涼しく快適で、せっかく干した敷き布団は、そのまま押入れにしまわれてしまったのでした。

2015年08月12日(水)
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