気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2007年09月03日(月) 北海道より南は全て内地という名の本州として括られているらしい

生まれてから中学一年の途中までしか、私は札幌には住んでいなかったし、札幌市内にしか住んでなかったし、
その間、改めて北海道内の観光地など広く巡ったりはしなかったので、
実際、旅行者よりも北海道を知らない。そんなとこあるの?って。けど、
〜ポロ とか 〜ベツ とか 〜ャロ とか 〜タン とか 〜カップ とかの、アイヌ語由来の地名たちが、その語感が、なんとなく懐かしい。

旅行会社のパックツアーで、「ポケモンジェットで北海道(2泊3日)」ってのがあって、
しかしもう、ウチの子らはポケモンの絵がついた飛行機に乗りたいわけじゃなく、
夫の休みなどのタイミング&たまには関東じゃないところに行きたい&北海道には一度子供を連れて行ってみたい&飛行機が懐かしい、
の理由で。
もう新学期直前なので、「宿題がほとんど終わらないと連れて行かない」と子供らに連呼する日々の後、8月26〜28日、
最高気温35度最低気温28度の日常から、最高気温27度最低気温18度の世界へ避難する3日間へ。

行きはポケモンジェットじゃなかった。チラシをよく見れば、行きか帰りかどちらかがポケモンって小さく記載。
タイトルも「ポケモンジェットで」とはあるが「ジェットで行く」とは書いてないし。でも別にいい。
やはり飛行機は、子供には新鮮、私には懐かしかった。
あんまり物心がついてない頃の、母に連れられて盆暮れの里帰りで往復した千歳羽田間の、
雪景色に別れを告げて転校していった千歳発羽田行きの、
そして初めて親元を離れて親戚の家に住んだあの年以来の夏に里帰りで往復した千歳羽田間の、主な思い出は、
鼓膜が痛くなるころに素敵な制服のお姉さんが配ってくれる色とりどりのキャンディとか
はるか下方に遠ざかる、やたら青緑の風景を見ながら機内で配られたハスカップ入りのお菓子を味わったとか、

つまり今、コスト削減なのか、機内でタダでもらえるのは飲み物一杯だけってのが寂しいってこと。
それだって昔は何も言わなくてもお代わりを勧めに来たのに、まあしかたないけど。アタシは飴とハスカップお菓子がタダで食べたかったよホントは。

千歳、いや今は新千歳、を降りて添乗員さんやバスガイドさんたちと合流して
(地元ガイドさんは「北海道なのに暑いでしょう」と言ってたけど、どこが暑い?ウチのエアコンの設定温度29度よりもはるかに涼しいし、湿度がない。)始まった道央バスツアー。

今回の旅行、ビューポイントの間の、バス移動&トイレ休憩が実際の所要時間のほとんどだ。旅館にいられる時間もちょっと少なくなっちゃう。
夕方6時に着いてすぐ食事、終わったらお風呂。
でもその間に元気な人はオマケのミニイベントに参加するが、翌朝8時にバスが出発するのに、我が家はゆっくりしたいから結局オマケはパスした。
私と娘にとっては、旅で重要なのは、せかされない食事と食休みと、せかされないお風呂だもん。

貸切バスの総移動距離も800キロを超える。
北海道はバスや車の他に移動手段があまりないんだから仕方ないが、私は本当はバスツアーは苦手だ。
だって子供たちや自分のトイレの心配で脳内の半分以上を占領されるから。特に、コンビニ一軒見えない、なーんにもない、ただ森や山や畑しかみえないまっすぐな道を延々90分近く走行してるときなんて、自然にうっとりするより「今、急に子供にお腹が痛いとかって言われたら怖いよ」なんて考えちゃうのだ。携帯トイレもストッパも持ってるけども。
自分や子供の気が向いたときや緊急事態のときに、いつでもトイレに行ける状態が確保されていない空間には、やや恐怖症。このバス内の子連れ家族たちは(ポケモン飛行機ツアーだから子供がおおいのだ)そういうこと心配じゃないのかなあ。
だからトイレ休憩では、何も出なくても必ず子供もつれてキチンキチンと通った。しかし女子トイレってなんであんなにいつも混んでいるのだろう。
停車時間のメインはトイレ、そのついでにお土産コーナーを見るっていう。
お土産は私は勿論、わかさいも(詳細後述)を買った。息子は夕張メロンキャラメルや夕張メロンハイチュウ。よほど気に入ったらしい。娘はかわいいストラップ類。あまり北海道ぽくない。友達には何かマリモのマスコットを買っていた。そういえば、お土産屋にマリモ羊羹を見かけて「まだあるんだ」と思った。まるいゴムに包まれた緑色の羊羹、たしか抹茶味?子供の頃からあるんだけど、パッケージが今風になっていた。

1、支笏湖  水中遊覧船の船内から、湖の底&サカナを見る。ちょっと酔いそうになったけど&船室満員だったけど、それなり。昔、小学校の修学旅行で来た。
2、洞爺湖(泊) 「わかさいも」のふるさとだ。(詳細後述) 湖の風景が美しかった。夕食のバイキングがおいしい。温泉が熱すぎなくて良かった。
3、昭和新山くま牧場 くまってあれほどヒトに愛想をふりまくものとは知らなかった。餌を投げてやるとキャッチしようとする。
4、積丹(シャコタン)半島&神威(カムイ)岬  海が綺麗に見える。「女人禁制」の門(今はもちろん男女とも通れる)から先の神威岬には、私と娘は体力に自信がなかったので(バスの集合時間までそんなに時間ないから)パパと息子が汗だくで行って帰ってきた。絶景としかいいようがなかったらしい。息子の撮った携帯電話の写真でも素晴らしい眺めだ。
(この子は携帯で各所撮影しすぎて最終日には電池切れになってしまっていた)
5、余市宇宙館 宇宙飛行士毛利衛さんのふるさと。3−D映画とか惑星に関する10のクイズとか揺れるアトラクションとか。宇宙食(枝豆のフリーズドライ)、子供がもらったものだけど親もけっこう食べた。
6、小樽北一ガラスのまち 私はもっと運河を眺めていられるかと思ったが、運河は写真をとるだけの停車で、あとは北一ガラス周辺。ルタオでの紅茶チョコの試食が嬉しかった。
ガラス工房を見学&かわいい風鈴とかオルゴールとかクリスタルの置物とかみて、ローソンではご当地限定キャラメルやチョコを買う。
7、キロロリゾート・ホテルピアノ(泊) 着いたとき娘が少しバスに酔っていたのと、レストランが混んでいたので、オマケの暗闇探検をパスして、時間を気にせず予約を入れたフレスコっていうお店の席から、エレクトーンの生演奏が聴けたのはラッキーだった。
翌朝の気球搭乗体験は、風が強くて中止になってがっかりしたけど。
でも、夜、ホテルから月や星を眺めた。娘はこのためにわざわざ望遠鏡を持ってきていたのだ。結局その荷物はパパが持つハメになった。肉眼で見たほうがむしろいい。夏の大三角形がはっきり分かった。
8、高速に乗って旭川へ 途中、札幌市内を通過。道内に降りて以来、初めて高架の道路、そして意外に街らしい街の風景に、息子が感心してたけど、私は市内に至るまでの、道路沿いの畳まれた防雪壁や、ここから道ですよと示す頭上の矢印や、点在する住宅の佇まいが、ただ昔を思い出させて懐かしかった。三角やドーム型のトタン屋根に煙突、二重サッシ、ガラスで囲まれた玄関、庭に設置してある石油タンク、そうだ、これだよ。
9、旭山動物園 ここがこれほど人気スポットになるとは数年前まで考えられなかったらしい。ガイドさんも昔は、近くを通っても一言「ここに動物園があります」で済ませて通過していた場所。
子育て中のおサルさんの一家が微笑ましく、人間っぽく遊ぶ子ザルもウチの子らの昔を思い出させる。ペンギンの妙な動きも良く見えて良かった。
が、シロクマ館は混みすぎだし、並んだ割には暑くて隅っこで涼んでいる白い熊の背中がチラっと見えただけだし、アザラシ館は長蛇の列を見て、集合時間を考えると諦めざるをえなかった。
でもこれでも平日だし、道内の小学校はすでに二学期の授業に入っていたので、あと一週間早い&土日なら、もっと混雑していたに違いない。
10、美瑛〜富良野の富田ファーム ラベンダーの時期が終わっているのは知っていたので、花畑の縞模様の中に紫の帯を見たときは「おっ!?」と思ったけれど、それは紫サルビアだった。ラベンダーはハウスの中に植えられていた。かすかな香り。
グッズコーナーでは娘の興味を引くものがたくさんあった。ラベンダーソフトクリームは、我が家で喜んで食べていたのは私だけだったのがやや寂しい。
そこから新千歳に戻り、夜の羽田便に乗る前に、札幌ラーメンを食べた。この空港の特製味噌バターコーンは、塩っぱすぎずに美味しかった。ちゃんと、コーンをすくうための穴あきレンゲもついていた。帰宅したら夜中。片付けてお風呂に入ったら日付も変わった。

如何せん、回る観光スポットが多いツアーで、そこに移動するのも時間かかるので、一箇所に停車していられる時間も限られている。
私としては、もう2〜3箇所削ってでも、神威岬と宇宙館と運河と動物園にはあと30分ずつは居たいー、とか、宿にはもう二時間多く居たかったとか、言い出したらキリがないが、ゆっくりするのと色々見るのとを両立するのは難しいのだろう。

他に懐かしかったもの
1、わかさいも 子供の頃から馴染みの、あの、焼き芋の形と味を再現した和菓子。ちょっと焦げた醤油味の皮が美味しい。イモっぽい餡に入った昆布が、筋っぽくて塩けがアクセント。今回改めて、あの餡は、洞爺湖近辺の特産「大福(おおふく)豆」を使用したものだと知った。
2、前述したように、住宅の造り 積雪や寒さに耐えられるように作ってある。あのきっちり寒さから守られた家の中で育つと、もし「内地(ナイチ)」に引っ越したとき、冬の室内の隙間風の意外な寒さに驚くことになろう。
3、旅館の従業員の人々がお風呂でしゃべっている会話、イントネーションと語尾 ナゲル(捨てる)とか、〜かい?とか、 〜しょ?とかの、メジャーな方言は何度も聞いたけど、それ以外にも何だか懐かしいことをしゃべっていた気がする。
4、ガイドさんの話すジンギスカン(料理)の話 そういえば子供の頃は何か集まればジンギスカンだった。学校の炊事遠足にもジンギスカンはよくあるメニューだった。(後で夫がいうには、東京育ちの彼の感覚だと、羊の肉は食べちゃいけないような気がするという。はあー!?って思わず私は叫んでしまった。あんなに、あったりまえによく食べた、美味しいものなのに。でも考えてみたらそうなのかも。そういえばあまりスーパーにマトンとかラムとか置いてないね)
5、ツアーの終わりの車中でガイドさんがやってくれたジャンケン大会での掛け声「ジャンケンショ」 ショで終わるのが無性に懐かしかった。
このガイドさんは、お客たちと別れるときに、感涙していたんだけど、私はそのときに単純に名残を惜しんでくれてるのだと思っていた。
が、夫の視点はちょっと違った。「あのひと、小学生のお子さんをディズニーランドにいつか連れて行きたいって言ってたでしょ。きっとこのツアーの子供たちを見て、自分のお子さんのこと考えて、涙出てしまったんだよ」という。そう考えてしまうと、何だかガイドさんに申し訳ないような気がする。私と同い歳の主婦なんだ。でも楽しいおしゃべりで道中のトリビアを教えてくれてた。

帰宅してからは、31日の、全校児童による「通学路清掃&親子お楽しみ会」(校外委員主催のイベント)の準備と実施で頭は埋め尽くされ、天候によってはそれが中止になるので、連絡網の発信元としては旅行前よりも天気予報から目が離せない状態となった。
そのイベントも無事終了し、子供も登校し、今日やっと日記への記録ができて、ほっとしている。


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