日記

2013年06月30日(日) 華麗なるギャツビー

映画“華麗なるギャツビー”を観に行った。
私は昔、高校生の頃、原作本を読もうとして5ページくらいで挫折した
経験があり、結末を知りたかったというのが一つの理由。
そして、主人公の人物像がどんな感じかというのはその時に把握していた
ので、こういう主人公をディカプリオは、きっと他の誰より上手く演じるん
じゃないか、という理由もあって、とても観てみたかったのだ。

最初の1時間くらいは、パーティーシーンなど、“ロミオ+ジュリエット”
(同じくバズ・ラーマン監督作品)と非常に似た感じもあり、(・・・この
監督の映画って、こんな感じだよねー。)と思って観ていたのだが。
後半、1時間半を過ぎた辺りからのたたみ込むようなスピードと迫力のある
展開は、かなり心奪われるものだった。

そして、予想通りと言うべきか(?)、ディカプリオは、本来の彼の持ち味
である、ある種の栄華を極めた人の華やかさとその裏に見え隠れする孤独、
内面に潜む闇、そして言い知れない野蛮さ(それはギャツビーの出自にも
由来する)までも、とても上手くギャツビーという人物に重ねてあらわして
いたように思う。

もう一人の主人公であるニック、その傍観者的な役割を、トビー・マグワイア
がこれも上手く演じていた。
“ロミオ+ジュリエット”を観たときに、バズ・ラーマンはただただこの主役
の二人(ディカプリオとクレア・デインズ)を撮りたかったんだろうなあ、
と思った、ほとんど同じことを、今回はディカプリオとトビー・マグワイア
の二人に重ねて思った。
その才能と、役を読み取りあらわす能力みたいなものを。

そして、トム・ブキャナン役の人が実はものすごく上手く演じていて、
脇を固める重要な役割をこなしていた。

個人的に好きなのは、中盤の色とりどりのシャツを、ギャツビーがデイジー
に向かってバラまく場面。
その二人の、瞬間の幸せと、はかなさとうつくしさ、この時間が止まればいい
のにといった願望、そういったすべての宝石みたいな感情が凝縮されたような
映像だったと、そう思う。


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dona-chan