| 2003年06月28日(土) |
チェッカーズという本。(ちらりネタばれ有り) |
チェッカーズの高杢禎彦氏が癌という大病を患い、手術していたということが わかったのは2〜3日前。
知ったとき、私は、自分でも思った以上に動揺した。結構皆そうなのかとも 思うが、あの7人の誰かが近いうちにいなくなってしまう可能性があるなんて、 今まで考えたことがなかったからだ。 そんなことは、遠い遠い未来のことだと思っていたからだ。
聞いた日の夜、生きててくれてよかった。と、思った。 そして兄や享氏が、無事でよかった。と、回復を祈る。と書いていることに 救われたような気持ちになったりしていた。
その後、会見の映像をネットで観て、ものすごくなつかしい人に久し振りに 会った気がして、その内容とも関連して思わず泣きそうになり、でもいくら チェッカーズのときのタカモクの歌も曲も結構好きだったとは言え、ずっと ファンだったわけではない、今もタカモクという人のことを考えると微妙に 複雑感がある私が、ここでこの会見を見て泣いたりしたら反則だろう。と 思って、泣くのを我慢しながら見た。
覚悟している。と思った。 そしてどんな風に言われても、家族のこととこれからのことを一番に考えて 本を出そうと思ったんじゃないかって思った。 その闘病のことと、チェッカーズのことを書いた、“チェッカーズ” というタイトルの本が、27日に発売されたのだ。
それを買って、今日、読んだ。
最初、読む前は、なんだかんだ言ってても私、読み終わったら怒り狂って泣く かな。と思っていた。 フミヤとの確執。ということが新聞記事の前面に出されている。 それはファンならまったく知らないことではないと思う。 何かあったな。くらいは。実際何があったかなんていうことは、あの7人しか 知らないことだけど。 そして、私はどうしてもフミヤくんのことを考えるから、そのことを考えて そしてチェッカーズのことを考えて、怒り狂って泣くようなことになるかな。と。 そんな風にも思っていた。
でもそんなことはなかった。 書いてあることがどうあれ、読み終わった今でも、私は、生きててくれて よかった。と思う気持ちに変わりない。
いろんなBBSとかで書いたけど、これがタカモクという人の中での真実なんだ と思う。そしてあの人たちには7人7様の真実があって、ファンにはファンの 真実があって、それは一つなんかじゃ絶対ないと私は思う。 チェッカーズというものに対する愛の形が違ったのだと。 綺麗事だとか美しく考えすぎてるとか、もし言われるとしても、私はそう 考えるしそう思いたい。
読みながら、ああ、こういう人だよなあこの人。と、何度も思った。 それは良い意味でも悪い意味でも。 私がこう考えるのはおかしいかもしれないが、私の知ってる人だ。という感覚 に近い。私はPATI-PATIという雑誌でのチェッカーズ7人のパーソナルインタ ビューは全員の分を10年に渡って読んでいたから(勿論他の記事も読んでいた が)、その中には嘘もあったかもしれないけれど、それも含めてある程度、あの 人たちのことをわかるというか、知っている的な所もあると思う。 勝手なこと言うなよ!と思われるかもしれないが、そんな風に思う。
そしてタカモクという人の、虚勢も見栄も、何が大事かとか、この人の中での愛 みたいなものとかそういうの。 たぶん知ってる部分もあると思う。 そしてそれは、フミヤくんの中の愛みたいなものとは異質のもの。逆のもの。 相容れなくても仕方ないとか思ってしまうくらいの。
そしてフミヤがいなきゃチェッカーズじゃないと言った人たちの気持ちもわかる。 わかると言うか・・・7人じゃなきゃチェッカーズじゃない。と言いたかったん じゃないだろうか? そう考えることは美しく考えすぎているのか私?という気もしなくもないけれど。
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| 2003年06月27日(金) |
チェッカーズという本−2(ちらりネタばれ有り) |
つづきです。
ただ、一つ、後期チェッカーズの曲も人々もとりわけ好きだった私としては、 ここだけは言いたいなあと思った。 ちがうんだよ?と言いたいなあ。と。 それは怒ってるんじゃなくって、ちょっと優しいような気持ちで言いたいなと。 (後からどう考えるかわかんないけど、今はそんな気持ちなのだが。)
ちがうんだよ。って。 チェッカーズが落ち目になって売れなくなって、もしかしてファンも減って、 それでも続けていくことに、あのチェッカーズという、なんて言うか・・・ 井上陽水とか、アルフィーとか、そういう人とまた違う、ある意味、売れない といけない、そういうバンドで続けていくことに、何の意味が? これを書くのはちょっと難しくて、誤解される可能性もあると思うけど。
私は解散の話を聞いた当時、最初はフミヤくんに怒ってた人間だから、単に フミヤくんがチェッカーズっていう枠(と言ったら語弊があるが)みたいな ものから自由になりたかっただけじゃん!って思ってた所があるから、多少 客観的なんだろうか? あるいは単に主観的すぎるだけなんだろうか?
オリジナル曲をはじめてから、チェッカーズの良さは開花したんだよ? あのまま、NANAを出さなければその終わりはもっとずっと早く来ただろうことに なんで気付かないの。こんなこと書く私は、あまりにあの人たちを、チェッカーズ というものを信じすぎていて、あまりにも痛いファンだろうか?
でも私はそう思う。 そして、客観性と先を見る目。見て取る力。それはフミヤくんという人の、 天性ともいえるところだと思う。
今更、間違ってたとか間違ってなかったとか、そういう話じゃないとも 思うんだけど、フミヤくんは、その先を見る視点という点で、間違って なかったんじゃないかって。 私は、そんな風に思うのだ。
そして多分ないとは思うけど、兄がこの本のことで落ち込んだり、いろんな 人からとやかく言われて傷ついたり、そういうことがないことを切に祈る。 まあ、それこそ何関係ないこと心配してんだよ!ってことなのかも、しれない けどね。笑
| 2003年06月24日(火) |
DAYDREAM BELIEVER |
最近の、我ながら物凄いひろあきくんモードになってしまう前から、ちょっと 気になっていたことがあった。 それは、ひろあきくんが歌う“DAYDREAM BELIEVER”という歌を、聴いて みたいということだ。
そして、ひょんなことから、それを聴くことが出来た私である。
実は私は、この曲の原曲をきちんと聴いたことがない。 清志郎がタイマーズでうたっていたこの曲のカバーが大好きで、そこから この曲を覚えたのだが。
原曲の歌詞の内容は、あまり知らないが。 明るいんだけど、心の底に、寂しい何かがあるような曲。だと思う。 秋の高い空とか澄んだ空気とか、そんなものが心に浮かぶ。 そしてそういう歌だからこそ、ひろあきくんという人が歌ったら異様に合う んじゃないかって。 そんなことを思っていたのだが。
聴いてみたら予想以上で。 不覚にも泣かされた。
木々の葉の緑。 差し込む木漏れ日。そのうつくしさ。 目に映る光に、一瞬だけ、心の不安を消す。 そんな歌。
それを、ひろあきくんの、ソフトなんだけどちょっと乾いた感じのあの声で 歌われたとき。 それは、見えないけれど力強い何かになって、私の心を満たすなあ。と。 いっちゃってると思われても仕方ないけれど、そんな風に思ったのだった。
ずっと前、『音楽の効用』というタイトルで日記を書いたことがある。 その時は確か、尚ちゃんの曲とかYUKIちゃんの曲に心打たれていたと思うのだが。
あまりにも。 うちの会社や仕事について、大嫌いだという気持ちが心の中で渦を巻き、 憎悪と言ってもいいくらい強い気持ちになって、我ながらそれを持て余す。 深くて暗い闇に飲み込まれると言ってもいいくらいで、もう本当にそこまで 考える私はおかしいと思う。
でも。 帰ろう。と会社の外に出て。やっときちんと息ができるような気持ちになり、 一回深呼吸してみる。 そしてMDとかCDウォークマンとかで、その日、朝から聴いてきた音楽を (それは日によって、フミヤくんだったりチェッカーズだったり小沢健二くん、 氣志團、ひろあきくんと、様々に色を変えるけど)、もう一度聴く。夜も聴く。
聴いてるうちに。収まっていくものがある。 収束する。小さくなる。 少しおだやかな気持ちになって、平常心を取り戻す。
時には思わず笑ったり。 泣けたり。 水みたいに心を満たされたり。する。
音楽って本当にすばらしい。なんて思うのはこんなとき。 (ちなみに今日、そう思った曲は、ひろあきくんの“Everything has an end” でした。)
要は何事もバランスじゃないか。 内と外とのバランス、正気と狂気、現実と非現実とか、そういうの。 そんなこと前からわかってるはずなのに、たまに迷って落ち込んだりして バカだなあと我ながら思う。愚かだなあと。 でもそういう風に繰り返し、誰もが何度も深い海の底に落ちていくような 錯覚に陥り、その後浮上する。それは私だけではなくて、多かれ少なかれ 皆にあることなんじゃないかと。 そしてそんなだから人生はおもしろいと。 自分に言い聞かせてるのかもしれないが、そう思う。
| 2003年06月21日(土) |
めぐりあう時間たち(N.キッドマン・M.ストリープ・J.ムーア) |
『めぐりあう時間たち』を観た。 なんていう映画。 一言で感想を言うならばそんな感じだ。
私はメリル・ストリープという女優が、実はそんなに好きではない。(というか、 どちらかと言うと嫌いだと思う。) 二コール・キッドマンも好きじゃない。 でもなぜか観た。何か惹かれるモノがあったのか? そうしたら。 その内容は、はじまって10分でかなり引き込まれちゃうようなものだった。
顔を変えてまでヴァージニア・ウルフという少し精神を病んだ女流作家の役に 挑んだという二コール・キッドマン。 その二コール演じるヴァージニア・ウルフという人に、どうしようもなく 共感する一部分が私の中にある。と思ったのは、私の単純さなのか。ヤバさ なのか? 涙が出るほど共感する部分がある。 そしてあのご主人。 二コールの(というかヴァージニア・ウルフの)。 あんな人にめぐりあったヴァージニア・ウルフの、なんという幸せ! エゴイスティックで。自分のことしか、自分と作品のことしか考えていない。 その幸せ。 他人の不幸など考えない。その幸せ。 そしてあまりの不幸。その、あまりの不幸。という風にも思った。
印象的なラスト近くの駅のシーンで、 「人生から逃げたまま、平和は得られない」 という台詞がある。それもまた真実だろう。と私は思う。
それにしてもメリル・ストリープは、好きとか嫌いとかどうでもよくなる位、 ただ者ではない演技の上手さだといつも思う。相手役のエド・ハリスも然り。 しかしメリルという人は、なんの映画に出てもそれを自分の色に染めてしまう 感じがするのは、それも上手いということなんだろうか?
そして後半に出てくるクレア・デインズのものすごい可愛さときたら無い。 若さと溌剌さ、うつくしさ、ちょっと知的な感じ。あの印象的な眼。 そのフレッシュな感じは、何かフルーツを生で食べるような感じ。とすら 思った。
なかなか見ごたえのある映画でした。 もしかしたらまた観に行くかも?しれません。
| 2003年06月20日(金) |
戦場のガールズライフ? |
いや、再び取り戻したという話。なんですが。
一言言わせて下サイ。我ながら小さいことに囚われていると思うがしかし。 も〜、今週一週間のうちの支社長のあの感じの悪さ、一体なんだったの!!!!1!
仕事ブルーな感じだったのは、そのことにムカついてたからというのもあると思う。 あげく木曜日に至っては、何か早帰りのことで(会社で早く帰りなさい運動みたいなのが あっている)話していて、その時の支社長の言い方に超アタマに来た私、 「でもそれはですね!」・・・などと反論してみた。 そしたら 「・・・ああ、今のは森本さん(←私の本名)に当たっただけ」と来た。 (・・・なんだとう!?) 思わず支社長が出てった後に、後輩S田さんに 私「ちょっと一言言わせてもらっていい!?」 S田「どうぞ」 私「人の上に立つ人があんなんでいいワケ?! もうマジむかつく!」 と、発狂寸前の私でしたが。 あげくS田さんから「まあまあ。笑」となだめられる私・・・。爆
あんまりブルー入っていたので金曜日、S田さんを誘ってカラオケに行く。 そこでかなり発散。 小沢健二くん、たくさん歌えて満足。 だって“流れ星ビバップ”と“さよならなんて云えないよ”と“ぼくらが旅に出る理由”と “ある光”と“戦場のボーイズライフ”が歌いたかったのー!笑 (そして“強い気持ち 強い愛”歌う時間なくてちょっと残念無念!笑)
て言うか仕事、私とかS田さんの今の状況って、まさに戦場のガールズライフ ってかんじ! ムカつくよね!
などと言いつつ、生ビール飲んで2時間歌ってましたが。
でもそこで再び取り戻す。 享氏が前に「遊んでないと俺は死ぬ」って言ってたけれど(カッコいい。) ある程度遊んでないとダメなんだなあ!とか思う。 気をまぎらわせるものがたくさんあっていいね。なんてよく言われたりするけど、 たくさんないとダメなのだ。 そして日々を乗り切っていくのだ。 波間をただよう小舟みたいなモノだ。 人生は航海? 後悔? 山もあれば谷もある。 でも女の子だからがんばるんだよねー。なんて、思ったりもするのだったよ。 これもノリ易さの最たるモノ?だろうか?
| 2003年06月19日(木) |
恋しくて(by小沢健二) |
金曜日にカラオケに行ったとき。(ちなみにこれを書いているのは6月21日だが。) 後輩S田さんが、小沢健二くんの“恋しくて”を歌っていた。 97年の夏前に出た、“BUDDY”というシングルのC/W。 実は、こんな曲があったことすら、忘れていた私である。
聴いてるうちに、全部歌える自分に驚く。 ああ、そうそう。 好きだったんだ、この歌。あんまりかわいくて。なんて思う。
ものすごく久し振りに聴いていて。 なんてかわいく切なく愛しい感じの歌つくるの! と思う。 とてもとても小沢健二くんだなあ。という感じの、そのメロディの流れ。
複雑で。 でも愛らしくて、いとおしい。 空から花びらが降るみたいな。夜空に月の光とか。 4月の桜、5月の木漏れ日、天気雨。 うつくしくて切ないものにちょっと涙するとか。そういうの。
こんなことを書いて、私ってば本当にどうしようもなく夢見ちゃってるのかも しれないとは思う。 思うけど。
佳曲ってこういうものだなあ!と。 そんな風にも思うのだ。
| 2003年06月18日(水) |
RIGHT HERE! RIGHT NOW!(ALBUM by 藤井フミヤ) |
フミヤくんのニューアルバムである。<RIGHT HERE! RIGHT NOW! 氣志團ちゃんモードにつづいて、空前のひろあきくんモードに突入してしまった 私、なんと発売日に気付いたのは3日前。
妹に「ダメじゃん」などと言われるまでもなく、かなりファン失格?という 気もするが。
聴きました。無事、発売日前日にフライングゲットして。
1曲目の“CALLING YOU”から。 ああ、今のフミヤくんの状況のよさがわかるなあ!という感じがする。
幸せな感じ。幸せな感じ。聴いてるだけで、うれしくなっちゃうような感じ。 その、イヤミじゃなく、見え隠れする自信とか。 高木完ちゃん(勝手にちゃん付けしているが)の歌詞の良さとか。 ちょっと愛にあふれたそのかんじ。 大好きだなあと思う。
しかし実は2曲目の甲子園のテーマ曲は、あつすぎる感じが苦手な私。 ライブで観たら好きになるだろうか。
3曲目、“Good day”。 なんてかわいい曲歌うの!なんて思う。 私の中ではちょっと、チェッカーズ曲“Life is comedy-touch”とか、 “もしも明日が・・・”につながるなあ。と思う。 好き好き。って感じ。(どんな感じだ。笑)
そして4曲目、“a song for you”。 タイトルだけ見たときに、いいタイトル! なんて思ったが。 最初、1回目聴きはじめたときは、思いの外イマイチかなあ?なんて思っていた。 しかし聴いてる内に、どんどん引き込まれた。 とくに2番に入るところの転調(?)というか、急に歌がはじまるところ。 そこからラストにかけてが凄い。 どんどんあの人の世界に引きずり込まれる。 理性なんてなくなる。と思う。 そして聴き終わったときには、我を忘れていた自分に気付いて、ハッとしたり するのだ。笑
5曲目。“方舟”。 もう大好き!笑 歌詞の、なんか近未来的怖い感じを見たときから、ああ多分これは私好きだな。 とは思っていたが。 サビ部分、ラップみたいに息をつかせぬ展開で歌いつづけるあの人の、あの歌い方。 フェイクというかシャウトというか、あの声のかんじ。 あんなこと、あの人にしかできない。と思う。 聴いていて、もうどうしようカッコ良すぎ! なんて思う。 思わずニヤリとしてしまう。 心臓つかまれるってこういうことだ。 有無を言わせぬ強い力で持っていかれる。 連れていかれる。 どこに? 夢の世界に? わからないけど。 それが現実逃避の最たるものだとしても、 それでもいいという気になってくる。 それがあの人の凄い所だという風に思うのだ。
そして6曲目、Only oneもかなりいい。 大人の愛の世界をかいま見る。 (いや私も年齢的には、結構イイ大人なんだけど。笑)
ラストの7曲目、アトム曲である“BOY'S HEART”。 シングルとして聴いたときから、出だしの「なぜ♪ なぜ〜♪」というところ、 そのマイナーコード調のフレーズの、あまりに私好みな歌い方に、 「フミヤくん、これ反則・・・(>_<。)」 なんて思っていたが。 このアルバムの流れに乗って、通して聴くと、一層良さが引き立つなあと思う。
ロック色つよいと言われていて。 聴いてみるとたしかに、何か泥っぽいかんじが強いと思う。 歌い方も、キャロルの影響かもしれないが、ちょっと違うような気がする。
でも楽曲的にはかなりクォリティ高く、さすが豪ちゃん!という感じ。 本人たち(兄×豪ちゃん)的にも、さらっとカッコいいもの作ったよ。って 感じなんだろうなあ。
いいアルバムだと思う。 (・・・でも、一つ苦言を呈するならば、あのジャケットはナイと思うのー。)
普段、コンタクト派な私だが。 2〜3日前、電車に乗っていたら目にゴミ(あるいは睫毛)が入り、大きい鏡の 前以外でコンタクトを外すというテクニックを持っていない私、いててて。と 思いながら、30分そのままの状態で家に帰った。ということがあった。
家に帰って、もちろんすぐにコンタクトは外したが。 案の定と言うべきか、外してもかなり目の調子悪く、そのゴミが入った左眼は 1日なんか霞がかかった感じというか、微妙にぼやけた感じであった。
次の日、コンタクト更新期限(1年ごとに変えるプランにしているのだが)が 来ていたこともあり、レンズ交換に行ったところ、その交換手(?)の人から、 「ちょっと左目の黒目に傷が入っちゃってますよ? あとで先生の診察が ありますから、もしかしたらそこで目薬くれるかもしれませんね」と言われ、 そうですか。と言っていたが、結局診察のときには特段何も言われなかった。 (ヤブなのか? 大したことなかったのか?笑)
しかし翌月曜日、1日コンタクトはめてたら、やはり微妙に左眼が調子が悪い。 痛いとかではないのだが、長時間コンタクトをはめていると、少ーし視界が ぼやけるような感じがするのだ。 まあ気のせいかも?と思う程度だが。
でももしかして、失明とかって、こんな風なことの積み重ねでなっちゃったり するかもしれない。 ・・・と、相変わらずノリやすい私!笑
とりあえず2〜3日、メガネ生活を送ることにした。 だって目が見えなくなったりしたら、兄もステ氏も享氏もユーちゃんも翔やんも、 ひろあきくんだって見えなくなっちゃうんだよ!(そんなにいるのかよ!笑)
たとえば、好きな曲の感想とか書くときに。 一人の部屋で、目を閉じてその曲を聴いて、自分の中の深く深く、 より深い所に降りていく(落ちていく?)ようなときがある。
心のひだに触れるような一瞬、集中して、耳を心を傾けて、言葉を探して、 いちばんその時の自分の気持ちに合ったフレーズをさがして、 それがうまく行くときもあるし、ダメダメなときもあるけれど。
ただ、そんな風に「書こう!」と思うときは、その曲や人のことしか 頭にない時なので、すでにヤラれている場合が多いので、後で何ヶ月か 経って読み返したときでも、ちょっと気持ちのいい書き方をしていることが 多い。(もちろん、あ、全然ダメだ〜!というときもあるが。)
そうやって私が書いたものを読んだ人が、ああわかる!とか、そうそう! とか、ちょっと涙するような気持ちになったりしたら、書き手として こんなにうれしいことはないなあ。と。
常々、そんな風に思ったりしている。 きっとそれも、幸せなことなんだろう。という風に思う。
| 2003年06月15日(日) |
風に吹かれてあの丘で |
先日のC8カフェでの、たなかひろあきライブにて。 (まだつづくのかよ! という感じですが、ごめんなさい。 空前のひろあきくんモードに襲われ、抜け出せません・・・。^^;)
後半、“忘れじの丘”という歌を、うたっていた。 最近の曲だ。 私は聴いたことは勿論無くて、タイトルだけは、友達のBBS等で知って いたのだが。 実際に、ライブではじめて聴いてみたら。
とても、きれいなイメージの曲だった。
夕暮れ時の。 空が綺麗に晴れていて、ひろがる透明な空気感。 少したかい所で風に吹かれているような、ちょっと寂しくて、でも気持ちよくて 切なくて、そして少しやさしい気持ちになるみたいな。 色で言うなら、うすいピンクとブルーとグレーと金色、そんな色合いが心に 浮かぶ。 そんなかんじの曲だった。
すごくよかった。
そして、私は普段、フミヤくん位にしか、「なんて声で歌うの」なんて思うこと は無いのだが。 この時、歌うひろあきくんに対して、そういう風に思った。 なんて言うか、泣けるほど。 あの声と曲とが一緒になった感じは、ちょっと忘れられない。
もう本当に、丘の上とかで、気持ちいい風に吹かれながら聴きたいなあ。とか。 そんなことを思っちゃう程だったのだ。
ここに1枚の写真がある。 2年半前、2000年の冬、福岡路上ライブの後に、ひろあきくんと一緒に 撮ってもらったものだ。
そういえば、と思い出し、久し振りに見てみたら。 今見ると。 その時の私、若いなあ!(イヤ、今、年取ったなあと言うか)とか、なんか私 かわいいなこの時(←自分で言うな。)などと思うのと同時に。
何かを取り戻した顔をしている。なんて思う。
そういうのも、バカみたいな思い込みの一種かもしれないとは思う。 でも、私の中ではウソではなくて。
たしかに何かを、取り戻したような気持ちになったのだ。 あのとき。 水をもらった花みたいな。
今見るとその写真、なんと言うか我ながら、すごく目の力がつよいような気が する。キラキラしている、とか、それこそ自分で言うなって感じだが、明らかに 復活している。生き生きしていると言ってもいい程だ。
あのとき、「あ。なんか取り戻した」って我ながら思った。 自分でも、まだ誰かを好きになったりする力が私の中に残ってたなんて 思ってなかった。 あ、なんだ。感動する力がちゃんと残ってたよ私!って。 フミヤくんでさえ救えないよ、どうしよう。って思ってたのに、なんだ。 大丈夫だ。って思って、あんまりそれがうれしくて、たしかその時も、 ひろあきくん宛に熱烈なメールをしたように記憶している。 (まったくハタ迷惑なファンである。)
その上、なんとその頃、ひろあきくんにマフラーまでプレゼントしてしまった 私だったが、それと同時に↑前述の写真まで一緒にひろあきくんに送りつけた 私・・・。爆 もう本当にハタ迷惑なファンこの上ナイって感じ。である。 でも、そういうことしたから、この前会ったときに覚えていてくれたのかなあ? なんてね!笑 自分に都合よく解釈したりも、するのでしたよ。ははははは。^^;
| 2003年06月13日(金) |
心の渇きをうるおすもの? |
それはもう、3年も前の話。
回想すると。 2000年の私って、ちょっとうまくいかないことが仕事でも人間関係でも 多々あって、これは私の思い込みの激しさから来るものかもしれないのだが、 あのときの私ときたら、心がものすごくカラカラに渇いてて、そんなことは どこにも書き込みとかあまりしなかったし、できもしなかったけれど、 実は自分でもどうしたらいいのか、本当にわかんない程だった。 今でも覚えてるくらいだから、本当にそうだったんだろう。と思う。
これがいつもなら、兄ライブを観たら2週間くらいは持ちこたえられる。 でも3日も持たないよ。どうしよう? そんな気持ちのただ中にいた。
そしてそういう時って、周りのちょっとした台詞で、相手はそんなつもりは なくっても、勝手に傷ついたりしてしまう。 まったく悪いクセだが、だれも信じられない病みたいなモノにかかっていた んだと思う。
BBS上でどんなに幸せな書き込みとかしていても。 それも勿論ウソじゃない。 でもそのウラで、そんな風にどうしようもない気持ちが必ずあった。
ところが。 そんな中で12月3日、ひろあきくんの路上ライブを福岡ではじめて見たとき。 おいしい水を、ごくごく飲むみたいな感じがしたんだよね。笑 カラカラに渇いた心に水がしみわたる。みたいな。
それで、自分で本当に驚いた。 こんなに誰かに心を動かされることが、まだあるなんて思ってなかった。 自分の中にそういう力が残っていたことに、本当にびっくりして、だから 本当にうれしかった。 ああ、まだ大丈夫なんだ私!って。枯れてなかったんだ私の心!って。 それが私の、ひろあきくんを最初に見たときの印象だ。
ある意味、恩人なのかも? なーんて、思ったりして。笑
ふと思い出した。 たしかC8でのライブ中だったと思うのだが。
「時間はもとに戻せません」 MCか何かでひろあきくんが、ふと、そう言った。 それを聴いた私は思わず、 「戻せないよね〜〜・・・」 としみじみ呟いた。
続けて私はこう言った。ほとんど独り言のようだったが。 「でも、だから今をがんばる」と。
・・・後から思い出して、思わず笑っちゃうような恥ずかしい台詞だ。 我ながら、全然頑張れてないじゃん私。なんて思う。 私はそのとき、自分を勇気づけようとしていただろうか? それもあるなあ。 いつか、その言葉に見合う自分になりたいな!なんて。
後からちょっと思い出し、そんな風にも思ったのでしたよ。
会社で、正しくてキツイことを言われて、自分の出来なさを思い知る。 本当ーに暗い気持ちになる。 喉とか押さえて。深呼吸して。だけど息苦しいような気持ちになって。 もうだめだ〜とか。心の中で繰り返す。 どんなに他の人から、やめるのもったいないとか言ってもらった所で、駄目な ものは駄目なのだ。 このことに関しては、いくらやっても、自信なんて持てないのだ。 その苦手意識は逃げの一種なのか? とも思うけれど。
でも、あとちょっとの辛抱だ。なんて思う。 がんばろう。がんばろう。 明るい未来はきっとある。 抜け出せる日はきっと来る。
・・・本当は。 人の心配なんてしてる場合じゃないのだ。本当は。 余裕がないってこういうことだ。 自分のできることなんて限られていて、その範囲でしか出来ないって知ってる。 私にできることなんて少ししかない。仕事でも。人生レベルでも。
だけど、好きな人には、好きな子には、元気でいてほしい。笑っててほしい。 って、心から思うよ。 それは、人生、そんなことばっかりじゃないってわかってるから。なんだけど。 私の言うことや書くことで、ちょっと笑ったりしてくれたら、そんなうれしい ことはないと思う。
どうか幸せでいて! なんて。 思う私は勝手だろうか? そういうのって、傲慢さの裏返しだろうか。 言われた方はいい迷惑かもしれないとか。思ってしまうのは、私の心の弱い 部分だなあと思う。
本当は、たすけてよ。なーんて思ってるのは私の方で。
ひろあきくんが、C8で私に3回くらい、仕事がんばってる?と聞いてきた。 私はそんなに仕事ツライって言ってたかなと考えて、ああそうだ。と思い出す。 去年、私がひろあきくんに、2〜3回だけ送った(比較的)短いメール、 短くはあったけど、仕事のことに触れないときはなかったかもしれない。 とも思う。
彼は、そのことを覚えていてくれたんだろうか? だから私にそう聞いてきた? そんな風に思っちゃうのは、まったく私の自惚れだとも思うけど。
かくすのはプライドで。 カッコわるいなんて思って冗談にしてみる。 だって笑えるうちは、たぶん大丈夫だから。 これが笑うことさえできなくなったらもうおしまいだ。 そうならないように、笑えなくなるような日が来ることがないように、無意識に 全力投球を避けている部分も、私の中にはあるだろうか? それとも、そんな風に思うのは、できないのに本気でやったらもうちょっと できるんじゃないかと思う、自惚れというかプライドの高さのあらわれだろうか?
だけど。 助けてよ。なんて。バカみたいなこと思うけど。 ふと聴いた音楽に救われるような気持ちになったり。 観たライブで力をもらったり。 自分を取り戻したような気持ちになったりする。
そしてそれがある限り、私はきっと大丈夫なんだろう。と思う。
私のパワーの源は、いつもそういう所にあるよ。 だから大丈夫。がんばる。だから君もがんばってね。どうかどうか、幸せで ありますように。と言うか、どうかツラくありませんように! そんなことを、切に祈ると、心から思った日だったよ。
ちょっと前に、ひろあきくんの日記を読んでて思ったこと。
だれもが一人きりの道をひとりで歩いている。って思うこと、あるよね。 そしてそんな風に思ってしまう夜、その闇のなんて果てしない暗さよ! と思う。自分に酔ってんじゃなくて、本当にね。 ・・・と、そんな風に思った。
ただ、ひろあきくんが私を強いと言ったのは、「言い切ることができる強さ」 って所を言ったのだという気がした。なんかわかんないけど、あの悩みが深い 感じ、あんな風に目を伏せて笑ったりする、あの感じ。 今のひろあきくんは言い切ることを怖れてたりしないか? とも思う。 でも私がこんなこと言ってもあの子を傷つけるだけって気もする。 考えすぎかな。 それこそ私が言ってることなんて、思い込み激しい女!って思われても 仕方ない話なのかもしれないんだけどさ。
だけど、あの、私が“飛べない鳥”を好きだと言った後、握手したときの あの手のかんじ。我ながら少女マンガじみてるということを、まったく否定 できないが、あの、乾いてて、ちょっと大きくてしっかりしてて、なんだか 優しいあの手の感じは、ちょっと忘れ難い。 手とか。目とか。本当にその人をあらわすと私は思う。 そしてあれでまた、私はひとつ、ひろあきくんを好きになった。という風に 思う。
私の、チェッカーズにおける(イヤ人生における)大好きな人の双璧は、 藤井兄と武内享氏。 そしてチェッカーズの中で、その次にくるのは、ユーちゃんと尚ちゃん。だった。
男の人は、25〜6歳くらいから本当にカッコ良くなる。ということを私に 教えたのは、ユーちゃんだったと言っても過言ではないかもしれない。と思う。 それ程、26歳頃、アルバム『SCREW』くらいからのユーちゃんのカッコ良く なり方ときたらなかったのだ。 SEVEN HEAVEN位だったか、雑誌パチパチの読者投稿欄に、だれかが 「私、チェッカーズの大土井裕二さん以外の人を、男と思えなくなってしまった んです・・・」ということを投稿していたのを覚えてる。 それを見て、「そうよねえ!」なんて思った程、ユーちゃんという人は当時から、 本当ーにカッコいい人だった。
そして、兄キャロルライブのレポの時も書いたが、そのベースの音のカッコよさ。 チェッカーズが解散してしまった後、他の誰のライブに行っても私は、あの頃程 ベースの音に心躍らせるということはなかった。 しいて言うならば兄ライブに『CLUB F』以降参加している山内薫さんの音を 生で聴くまでは。誰もユーちゃん以外にベースという楽器で私を感動させる ことはなかった。と思う。
今ならわかる。ただ、慣れてたとか好きだったとかだけじゃなくって、 ユーちゃんがすごくベースが上手かったんだなあ!ってこと。 それは絶対、私の思い込みなんかじゃないと思う。
C8カフェで、4月の兄キャロル以来で観るユーちゃん、しかも間近で見れて なんて言うか親近感あふれるその感じに、いたく感動していた私だが。 いやもう、本当に、そのカッコよさときたらなかった。(そればっかりかよ! という感じだが。) ライブ中も、その後も。 なんだか友達と一緒に、ユーちゃんと仲良しな感じで喋ったりすることも できて、私なんか、何回も「これは夢かな」なーんて思っていた程だ。 ひろあきくんのライブを観れたことさえ、「夢かな」とか思ってたのに、 更なる夢?笑
そして明け方、友達と話すユーちゃんを、目の前でずっと見て、私も話せたり していたときに。 「なんか、テレビ見てるみたい」なんて思った。笑 なんにも変わらない。 穏やかな話し方とか。声とか。もちろん、姿とか。 15年も前に、夜中にチェッカーズのGOツアーのビデオを、部屋で何度も見てた。 あの頃のあの人たちは、チェッカーズの7人っていうのは、私の憧れで夢の象徴。
その中で喋ったり笑ったりしていたユーちゃんと、同じ人が目の前にいる。 なんて不思議よ!と思う。 そしてなんだか、しあわせをつくづく実感していた私だったのでした。 なんか、夢みたいだったなあって。 それだけなんだけど。笑
しかも、ライブ中にユーちゃんが弾いていたベースが、茶色と黄土色っぽい色の 大きめのベースで、裏側には傷とかもあり、もしかしてチェッカーズ初期から 弾いてたやつでは・・・と思った私、思わずユーちゃんに 「これってチェッカーズの頃から弾いてたやつですか?」と聞いてみた。 そしたらユーちゃん、あっさり 「そうだよ」と。それを聞いた瞬間、 「・・・さささ、触ってもいいですか?」と、かなり挙動不審な私!爆 「いいよ」と言ってもらい、ぱっと触って、そこにいた友達数人から、 「そんなちょっと触ってわかるの〜?」と笑われたのでしたよ。 いいのー。触ったことに意味があるの!笑 と言うか、ユーちゃん、ありがとうでした・・・。触らせていただいて。 もう本当に!
ステ氏主宰の、念願の二子玉川・Pink noiseでのイベントに、なんとか参加 することができた。 今回は開演が午後4時から、ということで、3時半すぎに二子玉に着き、友達 の皆さんと無事合流。 リハーサルが押してるとかで、なんと始まったのは5時頃だったが。
会場に入った瞬間、ステージ右に立っているステ氏が目に入った。 テキーラサンライズなど飲みながら、つくづく思っていたことに。 最近、翔やんの虜になり、その後、前日のひろあきくんのライブではユーちゃん のあまりのステキさにくらくらし、挙句2年半ぶりに会ったひろあきくんに、 か〜なり心つかまれていた私だったが。 ステ氏を見た瞬間、「なんか古巣に戻ってきた感じ・・・」と和んでいる私! (イヤ、それって・・・。−−;)
そして。 一番手、ステ氏がたまにやっているバンドである“二枚舌”のあまりのカッコ 良さに舌を巻く。(←シャレのようだが、本当〜〜にカッコよかった。) コーラスも良ければ、ボーカル兼ギターのアツシさんの、吉井和哉+ケーヤン ÷2みたいなカッコよさ、かなり私のツボであった。 そしてベースのkenkenは衝撃の17歳! 17歳にしては、すごくベース上手いと感じる。RIZEのメンバーの誰かの弟 らしい。 そしてとても10代とは思えない、堂に入ったあの感じ。同世代に友達がいない とか言ってたが。笑 大物になる可能性充分。って感じでしたよ。 そして一番思ったのは、やっぱりスティーヴさんは何か叩いてるときが一番 カッコいいねえ!ということ。 見ていて、思わずにこにこしてしまう程のステキさでしたよ。ドラム缶とか ホイールとか叩いてる時のステ氏。
その後、ステ氏ソロ。 沖縄みやげ、かんのむし、かものはし、もう1つは・・・新作?だったのかな? 今回はデジタルパーカッションが多かったような。あとはドラム缶主体。 連日のハードスケジュールで楽器間に合わなかったのかな〜?とか思ってしまい ましたが、個人的にはジャンベとかコンガ見たかったかなあ。という気持ちも ちょっとあり。 まあまた次回!ですかね。それは。 しかし相変わらず、ドラム缶叩くスティーヴさんのステキさと来たらありません でしたよ(^-^*)。
それから、ミッチーツアーでご一緒していたという、ササキマリさんが 歌謡曲を歌う。山口百恵とか、井上陽水とか。 もともとはキーボーディストな方のようで、人前で歌うのは16歳のとき 以来!とか言われてましたが、これがかなり上手。パフォーマンスもグウだし 何よりかわいい。 薫さんファンなのか? フミヤバンドのベーシスト・山内薫氏が呼ばれて サポートしてました。途中からカースケさんもドラムのサポート入ってました。 それにしても、ササキマリさんも薫さんのこと絶賛でしたが・・・もう、薫ちゃん (思わずちゃん付けしているが)ステキすぎ! 私、ベーシスト好きなのかな〜? などと思わず思ったくらい、カッコよかった。もうカッコいい人ばっかり!笑 ラストの“飾りじゃないのよ涙は”なんて、大盛り上がり! やっぱり世代だろうか。とも思ったけど、良かったのでした。
そして、テッセイ・ナギ・昭ちゃん・ステ氏による、テクノユニット。 黒いハイネックのセーター?(Tシャツ?)を着て、パソコン見ながら 音を出す人々・・・。未来的? なぜかステ氏だけ半袖の黒のTシャツを着て、別のテーブルで仲間ハズレ風に していて、なぜかと思ったらその日、ステ氏は皆とおそろいのTシャツを家に 忘れてきたらしい。笑 そんで、その日着ていた黒いTシャツを裏返して衣装としたらしい。爆 それで仲間ハズレにされてるそうでした。ははは。 しかし、テクノというものが、私個人的には向いていないと痛感。
その後、ヤッチ・薫さん・カースケさんによるロックバンド(?)通称“練乳” の演奏。 ヤッチってやっぱり、最高おもしろい人だよね・・・。 そしてあの人たち、やっぱり上手いなあ!と思った。音、かなり良かったと思う。 2曲目だったかでやった“憎いあの娘”にかなり心つかまれる。 そして後半、ヤッチが歌う“恋の気圧”聴いてたら、なんか無性に切〜なく なっちゃって、思わず涙ぐむかと思った私!爆 なんでだ。もう年なのか。 いや、理由はあるのです。 あらためて、ものすごく久し振りに聴いた“恋の気圧”に、今聴いてみると その歌詞に、99年当時のフミヤくんの迷いとか辛さとかがものすごく反映 されてる感じがして、そこに一番来ちゃったんだよね。 うわ、フミヤくん! 改めて聴いたらこの歌詞、ツライ〜!とかって。笑
そしてラストに、昭ちゃんがたまに参加している(と思われる)バンド、BIFF。 ドラマーのコウメイさんという人は、私は昨年の2月にこのニコタマイベントに 参加できたときに一回見た人ではあったのだが、二度目に見て、「なるほど この人は、やってることはめちゃめちゃなように見えるが、才能のある人 なんだな〜」となぜか思った。「カッコいい人なんだな」という風に。 思わずコウメイさんばっかり見ちゃう感じでしたが。 ・・・しかし。 たしか、前もそうだったと思うのだが、コウメイさんファンの物凄さに押され、 途中で私は思わず後ろに退却。 一番後ろに行ってみたら友人数名発見。 と同時に遊びに来ていたユーちゃんも発見。 なんか贅沢だなあと思いながら、斜め後からユーちゃんも気にしつつBIFF鑑賞。 って感じでした。
そして結構めちゃくちゃな感じだった(爆)BIFFも終わり。 最後のご挨拶にステージに上がったステ氏、上がるなりステージ上の全員に 「ばあーか!」と・・・。爆 挙句、遊びに来ていた弟のレオさんが、宣伝のためにステージに上がったとき にも「ばあーか!」と。爆 レオさんはかなり大ウケしていた。(と言うかレオさんかわいかったよー。 なんだか。)
というわけで、長いような短いようなニコタマイベント、10時過ぎにあっさり 終了。 なんか物足りないような・・・?なんて思っちゃったのは、きっと夜を徹して あった訳じゃなかったからだろうか。とも思う。 ステ氏も、たしかヤッチか薫さんに、「夜中にやってないとなんか変な感じ」 みたいなことを仰っていた。
でも楽しかった(というかちょっと正気に戻った)イベントでした。 スティーヴさん、そして出演者の皆さん、客席の皆さん、お疲れでした♪
| 2003年06月07日(土) |
たなかひろあきライブ@C8カフェ |
今回の東京行きは、私の中でのメインはステ氏の二子玉イベントのはずだった。 だったのだが。 その前日の6月7日、折しもクロベエの誕生日、幸せなことに、ひろあきくんが ユーちゃんと一緒にほぼ毎月、東京・上野毛にあるC8カフェでやっている ライブに行けることになった。
なんと、気付けば2年半ぶりのひろあきくんのライブ。である。 終わった今となっては、一体どっちがメインだったのかちっともわかんない! って位、とても良い時間を過ごしていた。
OPEN7:00、START8:00にも関わらず、会場に着いたのはなんと 午後5時。(はえーよ!笑) ほとんど入り待ちのような状態である。爆 5時半過ぎだったかやって来たユーちゃんに、「なんでこんな早いの?」と 笑って声かけられる人々・・・。 「イヤちょっと事情が!」てなモノである。(どんな事情だ。) (しかしその時間、すでに20人くらい並んでいた。皆がんばるなあ。と 思ったが。) でもそこで、2年半ぶりに会った(いや見たというべき?)ひろあきくんが。 私は反射的に「ひろあきくーん」と思わず手なんか振っちゃったのだが。 「あ、ドナちゃん」って言ったよね? ・・・と思った。 思い込み大王であることも否定できないが(イヤまちがいなく思い込みだろう ・・・という声が聞こえてきそうだが)、気付いたよね? ドナちゃんって 言ってちょっと笑わなかった?今? なーんて。 思ってしまったわ。笑 ごめんひろあきくん! ちがってたら!笑 (て言うかごめーん相変わらず思い込み激しくて!て感じ?かしらね。笑)
そしてライブ開始前にラーメン食べに行ったりしつつ(上野毛に美味しい 味噌ラーメン屋さんがありました。)、OPENのPM7:00になり。 ライブがはじまる前に私はなんとコロナビール1本、さらっと空けたり しつつ、ライブ開始。
長くなっちゃったので前日分に続きます。過去をクリックしてくだサイー。 ↓
| 2003年06月06日(金) |
たなかひろあきライブ@C8カフェ。その2 |
つづきです。
ライブがはじまってすぐ。1曲目の“飛人”から。 (うまくなった。) ・・・と思った。 歌、すごくうまくなってた。ひろあきくん。 私はまったく個人的に“飛人”という歌が、そう大好きということでもなくて、 それにはちょっと理由があって、その曲を聴く度に、特にメロディに乗せた その2番の歌詞を聴くたびに、ひろあきくんという人に対して 「大丈夫よう!」 って言いたくなっちゃうから。なんだけど。 なんて言うか。 思い通りに生きてはいけないなんてわかってるんだけど、っていうことを歌って いる。 そこを聴く度に私は思う。 うん。わかるよ。言いたいことわかる。 私もライブとか遠征とかの度に、仕事やめたいって思うのにやめられなかった 過去とか、その度に、そういう風に思うことはある。 思い通りになんて絶対ならない人生!!って思うことのなんという多さよ!って。 だけどさ。ひろあきくん。わかるけど。 思い通りに生きていいんだよ? ・・・って。 我ながら言ってることが矛盾してると思うけど、そんな風に思って、 大丈夫だよ。大丈夫大丈夫。って。 ひろあきくんに、ものすごーく言いたくなっちゃうから。 そんなことを、その“飛人”という曲を聴くたびに、あまりにも強く思っちゃう から、ちょっと苦手な曲だったはずなんだけど。 その、好きだけど聴いてる内に胸が痛むような気がして、そんなに大好きという ことではなかったはずの“飛人”という曲から、すごく胸つかまれていた。 それこそ、ヤラれた!とか思う程。 その良さときたら、聴きながら、「参ったなあ」とか呟いてしまう程だった。
3曲目の“Tell me why〜♪”って歌う英語のカバー曲もめちゃめちゃ良かった。 つづく、“彼女の幸せ”なんて、ギターソロ駄目だったとか本人もユーちゃんも 言っていたけれど、その声の響く感じときたら、凄いと言ってもいいくらいで、 途中、私は本気で泣くかと思った程だ。 そして“Clippled Inside”(スペル合ってる?)という、確かジョン・レノン のカバー曲も。 ひろあきくん、上手くなった。って。 つくづく、そんな風に思っていた。何度も。
中盤、1時間くらい、お誕生日おめでとうコーナー(その月に生まれた人を ひろあきくんとユーちゃんがハッピーバースデイを歌ってお祝いしてあげると いうコーナー)を挟んで、後半へ。
後半の5〜6曲も、こう書くと手抜きかと思われそうな気がしてちょっと嫌 だけど、もう本当にどの曲も良くて、ああ、いいなあ! やっぱりひろあき くんはイイよ!って、そんな風に思っていた。 勿論、このいいって言うのはどうでもいいじゃなくって、すごく良いって 意味で言ってるのだが。 お酒飲んでやったら駄目だね!って、ユーちゃんもひろあきくん本人も言って いたけど、そんなことなかったと思ったよ。
そして最後に、“飛べない鳥”という曲が。 私はこの曲を、ちゃんと聴いたのは実は初めてだったんだけど。 とても好きな感じの曲だった。 ひろあきくんのファンではない友達が、この曲は好きだと言っていて、 そうなのか。と思っていたが、聴いてみたら、私も好きだった。 それこそ、ひろあきくん本人に、帰り際、 「あのね、ひろあきくん。私“飛べない鳥”って今日初めてちゃんと聴いたん だけど・・・あれ、好き」 なんて、告白しちゃったほどだった。笑 そして、そう私が言ったら本人がとてもうれしそうな顔をしたので、それも 良かった。と思った。 Aメロ、Bメロと来て、その先。Cメロと通常言うところ? そこが特に、すごく好きだった。
そして最後に、お別れの曲。とか言って、ビートルズの“Let it be”を 歌ってた。 これがもうねえ。 あとから本人にも言ったけど、私、ビートルズの原曲よりか、ひろあきくんの 方が好きだな。って。 ファン心理抜きにしても、そう思うなあ。って。 そんな風に思った。
誉め誉め攻撃って感じの日記になってしまったが。 本人的には反省点とかも色々あるかもしれないけれど、歌は。もう本当に 良かったな。と思う。 観れてよかった。幸せでした。
そしてもう1つ、前日分にも書いてますので、過去をクリックしてくだサイ。 ↓
6月7日に東京・上野毛のC8カフェに、ひろあきくんを観に行っていた時に。 ライブ後はオールナイトで飲んだり、ユーちゃんやひろあきくんと喋ったり できるということになっているのだが、夜中に友人二人がケーキを食べていて、 そのケーキを持ったまま、ひろあきくんと話そうと思って傍に行ったら、 たぶんケーキを置く場所を作ろうとしたC8カフェのマスター(たぶん)が ビールをテーブルに倒しちゃって、ビールが零れちゃった、という一幕があった。 そこで、テーブル拭いたりしていたときに、 友人が「私がこのテーブルのところに来なかったら零れなかったねー」と 気にして言うのを聞いて、たしか、ひろあきくんも 「そんなことない」 って言ってたと思うんだけど。 私も即座に(お酒入ってたから多少つよい口調だったかもしれないが)、 すぱんと 「そういうことは気にしなくていいの! mちゃん全然わるくないんだから!」 と言った瞬間、ひろあきくんが、 「ああ、ドナちゃんってそういう所つよいよね」 と言ったのだ。 瞬間、 「なんでこの子私のことわかるの」なんて思ってしまった私!笑 だって、ほんの数回しか会っていない。 それも2年半も前にちらっとだ。 メールも、そのときは結構頻繁に出していたけど、最近はてんでご無沙汰だった のに。 ひろあきくんって。 本当に変な子。 不思議な子。 人の痛みがわかる子なんじゃないかって気は、前々からしてたけど。 なんでそんな、私がうれしくなっちゃう言葉を知ってんの。 そういうことって、よくあるようで実は少ないよね。なんて。 そんなことを言われて、なんだかうれしくなったのと同時に、そんな風に思った のだったよ。 まあ、本人はけして誉めてた訳ではなかったのかもしれないが。 裏を返せばそれは、自己肯定のつよさというか、自分を正当化しちゃう傾向に あるってことかとも、思わなくもないけれど。 わかんないけど、良い点として言ってくれてたんだったら嬉しいな。なんてね。 ちょっとそんなことを思っていた、乙女な私!だったのでした。ははは。
すばらしいものを観た。 世界でも指折りのバレリーナであるシルヴィ・ギエムの日本公園、“三人姉妹” と、“マルグリットとアルマン(椿姫)”。 同時に、東京バレエ団の首藤康之と斎藤友佳里の“カルメン”もあり、私は 首藤康之という人もかなり気になっていたはずなのに、あまりのギエムの凄さに 圧倒されて、“カルメン”の印象がほとんど残っていない程だ。
とくに“三人姉妹”が良かった。 チェーホフ原作の戯曲を、バレエ化している。 曲のすべてにチャイコフスキーを使ってあり、クラシックの中でチャイコフ スキーが一番好きな私の好みにばっちり合っていたというのも確かにあるが。
何より、シルヴィ・ギエムという屈指のバレリーナの存在が、すばらしかった。 何人かと一緒に踊っていても、一人だけ全然違うと思わせる。
ひとり、別の場所にいる。 そんな感じがものすごくするのだ。
そのスタイルの完璧さ。 軽さ。テクニック。演技力。 身体のやわらかさとは裏腹に、たたえるムードは硬質で怜悧。 ・・・その、比類の無いうつくしさ。そして優雅さ。
他のだれとも比較できない位置にいる。・・・そんな言葉が、頭に浮かんだ。
昔、兄が、スターとは、運と才能と実力を兼ね備えた人のこと。と言っていた けれど。 本当にそうだと実感した。
私は5年くらい前に、20世紀を代表するプリマであるマイヤ・プリセツカヤ さんの、70歳を超えて踊る“瀕死の白鳥”を生で観ることが出来たとき、 その手の動きのすばらしさに感動してしまい、思わず涙したことがあるのだが。 ギエムも、その指先の動きの美しさから、他者の追随を許さない所に立っている。 と思った。 指先まで死んでいない。 それどころか、あふれる情感。っていう感じすらしたのだ。
バレエを観るとき、私は全体の構成も同時に楽しみたいので、基本的に2階席 から観るのが好きなのだが、今回ばかりは近くで観たいと思わせた。 そして、もう一度観たいと思わせた。
世界ってこういうものなのか。こんなにもすばらしいものがこの世にあるのか。 なんて。大袈裟だと言われるかもしれないけれど、そんな風に思って、思わず 息をつめて見つめてしまう。そんな感じだった。
もう本当にすばらしいものを観た。 観れて良かった。って、それだけ。
| 2003年06月03日(火) |
トラッシュ。(弱音?) |
ゴミ箱みたいなモノです。今日の日記は。どうしようもない、愚痴みたいな。 弱音吐くんじゃねーよ!みたいな。ーー; 読んでくれる人、嫌な気持ちになったらごめん。(ちなみにこれ書いてるのは 6月18日。遡って書いています。)
会社にて。 来月新しい支店長が来るということで、なぜか再来月あたり、支店長が職員 全員、一人一人個別の面接をするらしい。 それについて、自己プロフィール表なるものを出してください。とメールが 来て、それを作っていて、ふと思った。
自己PRとか仕事への目標とか、日々やる気のない私にしてみれば、本当に 書くのがむずかしい。 特に今、これ以上できない。なーんて思ってるから、「困難ですが、頑張って いるつもりです」なんていうコメントしか出なくて、自分でも笑っちゃう。
こんなこと書いても誰にもわからないと思うが、会社のシステムとか仕組みが おかしいんじゃないかとか、社内規定が厳しくなりすぎていて、それは本当に 体裁ばっかり整えようとしているからで、上の人たちは会社の言うことしか 聞かないから、結局締め付けがいちばん来るのは末端で、しわ寄せもそこに 来て。仕事がいちばん降りてくるのも、末端の営業店で。
でも皆、そういうこと言っても仕方ないから言わないって知ってる。 言っても仕方ないから、今できる範囲でできることを完璧にやろうとしている。 その、完璧にということができない私にも問題があるのだが。
そして結局、そんなのバカみたいと思うけど、誰も助けてくれない。なんて 気持ちになる。 優しいだけじゃダメで自分でやっちゃダメで指導しなきゃダメだなんて、 昔から言われてることで、でもそれができないならどうすれば? 会社は優しい人なんて求めていない。と思う。 厳しくできる人を求めている。 じゃあ厳しくできない私なんか要らないんじゃないか。 指導できない私なんて要らないんじゃないか。 こんなにできない人、こんなに会社のこと大っきらいな人を雇いつづけてる 会社ってどうなの。とも思う。
自分に酔ってるだけかな。そういうの。 私に単に協調性がないだけだっていうことは、嫌という位知ってる。
なんのために?
いちばん考えるのはそこだけだ。 自分のことしか考えてないと、言われても仕方ないのだが。 お金のため、と思ってやってきた部分もある。 流されて、やっぱり世の中はどうしてもお金だから、自分にできる内は やらなきゃダメなんじゃないか。って。 でもそこで、また戻る。 これ以上がんばれないとも思う。 アタマおかしいのでは?なんて思いながら、なんでやらなきゃいけないの。 なんて思うのは私の子供の部分だろうか。 それは逃げてるだけだろうか。
そして私は、あんまり仕事できないと思ってるから、だれか現実に人を好きに なったら、仕事が手につかなくなっちゃったら困るし。って。 仕事上、ものすごい悪いことが起こるんじゃないかと思って、気持ちを止めて いる部分がないとは言い切れない。 それって、我ながらバカだとしか言いようがない。
それも言い訳かな。 人のせいにしているだけか。 結局は自分でやるしかないのに、ぐだぐだ言っちゃう、どうしようもない私の 一部分だと思う。 そして、そんなこと思ってる人が誰かから好きになられる資格なんてない。 と、思ってしまうのだ。 それこそどうしようもない、バカみたいな思い込みだなんて、アタマでは 充分わかっていても。
| 2003年06月02日(月) |
客観的じゃないけどさ。 |
まあ会社帰りの夜遅くなんて疲れちゃってて、笑顔のカケラもないことが ほとんどである。
ところが。 ここ最近の通勤BGMである、氣志團の1st.アルバム『1/6 LONELY NIGHT』の ラスト2曲、“黒い太陽”から、“國道127号線の白き稲妻”。
帰り道で聴いてて、なんか自然に顔が笑っちゃう、弱冠ヤバイ人な私!笑 いや、まあ、冗談はともかくとしても。(イヤ冗談じゃないのか・・・。 夜9時頃ウォークマン聴きながら道歩いててニヤニヤしてるなんて、やっぱ ちょっとヤバイのかもしれないが。)
夜、笑えない位の疲労度の高さだったはずなのに、ふと気付くと楽しいような 切ないような、泣けるような、幸せな気持ちになっている。 それこそ“黒い太陽”とか、“國道127号線の白き稲妻”のエンディング、 1・2・7♪ってコーラスが入るところとか、その後の手拍子のところとか 聴いてるときに。
そういうとき。 すごいな。なんなんだろうコレ。って思うのだ。
自伝インタビュー集『瞬きもせずに』の中で翔やんは、自分がやってる程度の ことは中学生くらいの男の子だったら結構誰でも考えつくようなことで、 子供達が自分を見たらきっと、 「なんだアイツ。あのくらいのことだったら俺だって考えつくぜ」って 思うと思う。と言っている。
そして、自分たちでもGIGを見てくれた人から、「元気出たよ。日々を乗り 切るちょっとした糧みたいなのになったよ」って手紙とかもらうことがあるけど、 俺たちがバカなことやってるのを見て、こんなバカなことやってるヤツらも いるからがんばろう、とか、そういうんでもいいと思う。というようなことを 言っている。
でもねえ、私、こういう風に誰かを元気づけたりすることは、そう簡単には できないんじゃないかと思うんだよね!
並大抵のことじゃあないと思う。 まあそれが、今や氣志團ちゃんがかなりの若者たちに支持されてる理由なのかも しれないのだが。
まあ、私は今、まさに恋に落ちちゃってるからね!笑 冷静で客観的な意見なんて、言えないんだけどさ。笑
ものすごく久し振りに部屋の片づけをしていたら、どんどん昔ハマっていた マンガが出てきて、思わず片付けも忘れて読み続けてしまった私である。 (その後、ウチの父上から何度も注意されたが。ちょっとヤバかった。31にも なって、もう怒られる寸前である。笑)
そんなにまでしてハマって読んでしまったのは、『ハイテンション根性ERS』。 95〜97年頃に別冊少女コミックで連載されていた、中村かなこという人の マンガである。
どんなマンガかを説明すると。 “根性ERS”と書いて“コンジャラーズ”と読むお笑い芸人の二人・木戸と順平 と、その二人と一緒に番組をやることになった、やこちゃんという女の子の 恋愛・成長・友情モノ。といった感じだろうか。
この若手売り出し中のお笑い芸人として描かれる木戸と順平という二人が、 やたらめったら人間的な味があってカッコいいところも、このマンガの魅力の ひとつだが。脇を固める人々が、どの人も憎めない人だというのも良さだと 思うが。
何より、主役であるところの、やこちゃんという女の子が。 元気で、気合いが入ってて、時には弱くもなるし迷ったりキレたり、わあわあ 泣いてしまったりもするけれど。 もう本当に前向きで明るくて、いい女として描かれている。
それがもう、とてもいいなと思うのだ。
普段、どんなに前向きに行こうと思っていたり、明るくいこうと思っていても、 私という人間は、結局どこか暗かったり後ろ向きだったりネガティブだったり する部分を持っている。まったくその辺り、このマンガに出てくる順平くんと いう人に、共感してやまないのだが。(順平くんも、そういう暗い部分を持った 人として描かれているので。)
やこちゃんみたいに天然に前向きで、明るくて、泣くことがあっても、その次 には笑って、物事に立ち向かう強さを持ってる子。 そういう人に憧れてやまないなあ!と思う。
そして、立ち向かうということや、がんばるっていうことは、男の人だけじゃ なくって、女の子にとっても大事なことだったよなあ。と。 何年か前まで、私は確実にそう信じて、そう思って人生というモノ(とか言うと 大袈裟だけど)を乗り切っていたよなあ。 なんだか流されて、ツライだとか思って、そんなことすっかり忘れていたな。 人生にとって、とても大切なことなのに!なんて。
そのマンガを読んでいて、つくづく思い出したのだった。
そしてこれからでも、そういうことを考えながら日々を送っていくことはとても 大事なことで、遅いということはきっとない。と、そう思う。
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